大番頭小番頭

さわりの紹介

 翌朝父親が会社の地位を利用して調査したところによると、田丸商店は天保時代からの老舗で地所を沢山持っている。財産の二百万円というのは正にそれだった。
「余程固い家だね。地所と現金ばかりで株は一切持っていない。二百万円は正味だ。この不景気にちっとも値下がりを食っていない」
「ははあ」
「主人は若い。番頭が五人、小僧が二十人、女中が三人いる」
「随分詳しくお調べになりましたな」
「お前の縁談の積りだから一生懸命だ」
「ハッハハハ」
「見合をしっかりやっておくれ」
「これは責任が重くなってきましたよ」
「個人商店でも志願者は多いんだろう?」
「いや、八人あります」
「初めから分っているのかい?」
「はあ」
「兎に角、好い口だよ。先方でも学校出を採用するからには相応考えがあるんだろう」
「何か改革でもやるんでしょう。採用されれば有望な地位に相違ありません」
 と原野君は会社の面会を待つ時と同じ心持になった。
 それから二日たって、学校から通知が来た。

 粛啓、先般申上候件につき明後十五日(日曜日)午前六時に日本橋区矢ノ倉田丸商店へ御出頭被下度、此段申進候
 敬具

 とあった。午前六時に圏点をつけて注意を呼んでいる。それも日曜の午前六時だから驚いた。これで日曜を休まないことも分った。精一兄貴はこの通知を見て、
「人を馬鹿にしていやがる」
 と憤慨した。元来休日に関する正義の観念が頗る強い。
「日曜も休まないと見えます」
「それだからさ」
「個人商店だから仕方ありますまい」
 と原野君は進んでいる口だから弁解の態度を取った。
「幾ら個人商店だって、朝の六時から働かせる法はないよ」
「これは面会丈けでしょう」
「面会をやるには係りの店員が働かなければなるまい」
「それは然うですな」
「無茶だよ。初めからこんな風じゃお前には勤まらないかもしれない」
「何あに」
「いや。小僧や小僧上りばかりを使っているから、学校出ってものを理解していないんだ」
 と兄貴は急に不安を感じたようだった。

薀蓄

 「大番頭小番頭」は、昭和6年1月から7年6月まで18回にわたって「朝日」に連載された作品である。

 昭和戦前期の大衆文化の担い手は講談社であった。講談社はキングを初めとする数多くの雑誌を発行することで、大衆の支持を集めた。一方で明治からの老舗の出版社である博文館は、次第に落ち目になって来た。博文館では講談社の「キング」に対抗できる幅広い読者を想定した雑誌を創刊した。それが「朝日」である。佐々木邦は、講談社の大衆文化を支えた代表的作家であるが、ライバルの「朝日」にも執筆した。これが「大番頭小番頭」である。

 作品が発表された昭和6年は、「大学は出たけれども」の就職難の時代。ひどい不景気である。世相は暗くなり始めていた。ちなみに5.15事件は、昭和7年のことである。
 この時代、決して優秀とは言えない成績で○○大学を卒業した原野正二郎君は、当然の如く就職口は無く、下駄問屋の田丸商店に就職する。
 田丸商店は天保の時代から続く老舗で、商売は大番頭の神崎さんが全面を取り仕切っている。神崎さんは先先代のとき小僧として勤めてから、先代、当主と三代にわたって忠勤を励んだ老支配人である。その経営は堅実そのもので、神崎さんのいる限り、田丸商店の屋台骨はびくともしないだろうと思われている。その分、若い番頭や主人にもお小言が多く、皆に煙たがられているが、マグロのステーキで晩酌をするのが楽しみと云う、神のような善人である。
 主人は、原野君より2つ年上で、美人だが大層ヤキモチ焼きの奥さんと、3歳になる昭くんとの3人家族。この主人は、考えが開明的で、古い下駄屋から新しい商売に切り替えたいと思っているのだが、何せムラっ気でお坊っちゃん。本業にあまり身が入らない。その上、芸者の駒吉を贔屓にして、夜な夜な飲み歩く。
 原野君は、主人、奥さん、神崎さんの三人に仕えなければならない。原野君は自分からこの商売に飛び込んだものの、古いしきたりが残り、休みもほとんど無く、絣の着物に前垂れがけで勤めるこの商売を、住みこみで、誠実にひたむきに勤めていく。主人からは秘書扱いされ、待合につれていかれ、浮気のアリバイ役を頼まれ、奥さんには、主人の浮気のスパイ役を頼まれるが、いやがりながらも何とか勤めていく。
 そうしていると、今度は、ひょんな事から、奥さんの妹の絹子さんが、お店に住むことになる。若くて美人の絹子さんと原野君はどんどん接近していく。

 当時の日本の常識では、お店の主人の家族と使用人との恋愛はタブーであった。でも、佐々木邦は、主人の田丸さんにこう言わせる。

 「天地間のひとりの若い男が天地間のひとりの若い女を認めて、それに思いをかけるのは当たり前のことだ。それがいけないと言えば、結婚ってことがいけなくなる」

 こう言わせることで、昭和初期の青年たちに、進歩的な考えと、夢を与えようとしたのであろう。

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