人生の年輪

さわりの紹介

「馬鹿だな、お前は」
「何故ですか?」
「日記を十五冊も麗々しく本箱に並べて置けば、お前の為人を知りたがっている新婦が、食いつくようにして読むのは知れきった話だ」
「もう二三年分或は四五年分読んでいるのだろうと思います」
「血の巡りが悪いね。もう、中学校まで遡っている」
「何うしてわかりますか?」
「お前の親父の四十九日の法事中に地震が揺って坊さんがお経を読みながら逃げ出したことがある。婆さんはあれを葬式の時と思い違えて話したら、鹿の子さんはそれは四十九日でしょうと訂正した。婆さんは、覚えが好い積りだから、強情を張った。鹿の子さんも負け嫌いだ。家へ帰ったと思ったら、間もなく引き返して来て、叔母さん,あれは矢張り四十九日に相違ございませんと言ったそうだ。お前の出勤中だったから、訊く筈はない。何を調べて来たのだろうって、婆さん、不思議がっていた」
「これは溜まりませんな」
「今更仕方がないよ」
「もう駄目でしょうか?」
「うむ。それで御人格が分りますと言って諢っているくらいだから、鹿の子さんの方が役者が一枚上だろう。諦めるが宜い」
「読まれるままにして置くんですか?」
「もう読んでしまったんだよ。何うも仕様がないから、それはそのままにして置いて、今後の利用厚生を考えなさい」
「何うするんですか?」
「この通り」
 叔父は机を叩いた上に、鍵を翳して見せた。
「鍵をかって置くんですか?」
「うむ」
「しかし今更匿し立てをすれば、益々人格を疑われるでしょう」
「いや、俺は原則として俺丈けの話をするから、お前はそれを自分の立場に適用するが宜い。科学的経営法ってものはこういうところにもあるかと思うと、俺は自分ながら鼻が高い。この鍵一つで何れ丈け助かっているか知れないんだ。俺がこうやって鍵をかけて置くのは日記を婆さんに匿す為めでなくて、却って、読ませる為だ」
「ははあ。変ですね。読ませる為なら鍵をかけないで置く方が宜いでしょうに」
「そこが女の心理を活用している。鍵をかって置くと、特別に見たがる。女は必ず合鍵を拵える」
「それは、拵え兼ねないと思います」
「読ませるために匿すんだ。例えば、俺は一人で温泉へいってゆっくり頭を休めたいと思うことがある。口うるさい婆さんと一緒じゃ実のところ保養にも何にもならない。しかし長四郎、こんなことを婆さんにも鹿の子にも喋るなよ」
「大丈夫です」
「そういう折からは、こういう風に日記を書く。A温泉に赴き、序に付近の製紙工場二三ヵ所の能率調査を果したし。しかし妻が同伴を申出ずる虞あり。厭うところにあらざれど、A温泉は血圧の高きものには好適ならず。妻の健康気遣わる。今回は単独にて赴き、次回に妻をB温泉へ伴わんか? B温泉は妻の為に安全なり。云々」
「すると?」
「婆さんは早速読むよ。次回に温泉へつれて行って貰えると思うから、此方から一寸A温泉の話をすると、『あなた、行ってらっしゃい。私、お留守番を致しますから』と急き立てる」
「成程」
「夫婦喧嘩をしても、この方法であやまらせる。怒鳴りつけた後、日記に書く。『口先では厳しく戒めても、妻の立場も考えてやらざるべからず。三十何年この我侭者につれ添いて、貞順天の使の如し。云々』婆さんは俺の寝た後、あの爺め何を書きおったろうと思って、必ず合鍵を利用する。罵倒を期待していたら、天の使の如しと褒められている~、気持が和らぐ。翌朝先方から和解を申出る」
「豪いですな、叔父さんは」
「何しろ口やかましい婆さんだから、尋常一様の手段では敵わない」
「矢っ張り叔父さんでも持て余すんですか」
「うむ。俺もしゃべ六だけれど、あれは一言大姉って奴だ」
「ハッハッハ」
「何が可笑しい?」
「ハッハッハ」
 中根の叔父さんは一言居士という綽名がついているのを知らないのらしい。自分を棚へ上げて、叔母のことを一言大姉もないものだ。そう思うと可笑しくなって、腹を抱えて笑っていたら、
「長四郎さん、御機嫌ですね」
 と言って、一言大姉が現れた。僕は又笑った。叔父も苦笑いをしていた。

作品の楽しみ

 「人生の年輪」は、昭和12年10月に創刊された『ユーモアクラブ』に創刊号から昭和14年1月まで16回にわたって連載された長編小説です。『ユーモアクラブ』は、ユーモア作家倶楽部の機関誌として、春陽堂から出版されましたが、実質の編集責任者が佐々木邦でした。そのため、邦は、この雑誌の発展に力を注ぎ、昭和10年代の彼の長編作品の発表の場としていきました。「人生の年輪」は、この雑誌の創刊号からの連載ですから、邦にとっても相当力を入れた作品であると思われます。

 本篇が発表された昭和12-14年といえば、日中戦争の時代であり、戦時色が濃厚になりつつある時代です。邦のそれまでの主たる発表の場であった講談社の雑誌も、佐々木邦の様な作風の作品を掲載しにくくなった、ということが一方であるかも知れません。逆にいえば、この「人生の年輪」は従来の佐々木邦の路線をそのまま踏襲し、世相に流されていないところが大きな特徴であるともいえます。

 タイトルの「人生の年輪」については、中根の叔父が作品中で説明しています。

「木には木目がある。この板の間を見ても分る。これは年輪というものだ。この年輪をお前達夫婦の生活に当て嵌めて考えてみなさい。月給が昇るとか子供が生まれるとかと、毎年何か好いことがあって、それが木の年輪のように、家庭の伸びてゆく目安になって欲しいものだ」

 即ちこの作品は、結婚によって新たな家庭を開いた小堀長四郎君・鹿の子さん夫婦の「人生の年輪」を結婚から六年間に渡って記した作品です。主人公の小堀長四郎君は兄3人、姉1人の五人兄弟の末っ子として生まれましたが、両親が早くなくなったため、中根の叔父夫妻に養育されて育ちます。長兄の長太郎は判事、次兄の長二郎は株屋、三兄の長三郎は養子に行き、姉の純子さんは日本橋の商家に嫁いでいます。

 本篇は、長四郎君と鹿の子さんとの結婚式からはじまりますが、結婚後も、いまでいう経営コンサルタントでお金持の叔父さんの家作に住みます。正式な約束はありませんが、長四郎夫妻は、子供のない中根の叔父の家を将来継ぐことになると考えています。そういう暗黙の了解があるものですから、長四郎夫妻は何かと叔父夫妻の指導を仰いでいます。一方、兄弟では、長兄・次兄夫妻が彼らとの関係が深いです。長太郎と長二郎は職業でも堅い判事と、いい加減な商売の代表と当時は目されていた株屋と対照的であるだけではなく、生活の様子、性格、気質もお互い対照的です。長兄の夫人富士子さんは、名家の出で、気位も高い。一方次兄の夫人お桂さんは、カフェの女給上がりで、正式な結婚もしていません。そのため、長兄と次兄とはとことん対立します。その二人にはさまれた長四郎君は何かがある度に、夫婦生活に波乱が巻き起こされます。

 その意味で、これは新婚生活のスケッチを書いた作品と言うよりも、兄弟間の葛藤をそれぞれの家庭を対照させながら描いた作品です。長太郎と長二郎、長四郎の三人の兄弟も、それぞれの夫人も、なかなか癖はありますが、本質的に善人です。それでも、それぞれが家を構えると、お互いに微妙な反発心が生じます。殊に、長二郎君は、株屋としての勘があまり鋭くなく、兄弟からお金を借りては相場を張り、負けてばかりいますので、他の兄弟からの反発も大きい。しかし、六年間の遍歴の中で、長二郎君も成功し、お互いも理解し合い、仲好い兄弟に戻っていくのでした。

 しかし、本篇は、単純な予定調和的明朗小説ではありません。兄弟仲が回復するのに合わせて、叔父さんの再婚話が始まります。そこに登場する良子女史。この方は性格が貪欲で、長四郎君夫妻は長年住みなれた、借家から出ていく事になります。佐々木邦は決して、極端なことを作品に登場させることをしなかった人ですが、その心の奥底にアナーキーでシニカルなものを常に持っていた人でした。結局長四郎君夫妻の甘い期待を打ち砕く所などで、この作品もその特徴がはっきりと出ていると思います。

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