赤ちゃん

さわりの紹介

 天上天下唯我独尊。お釈迦様は生れたばかりの赤ちゃんの時に、天地を指さしてそう仰有ったそうです。キリストは旅先の厩の中で生れましたが、その降誕を祝する星が中天に現われていたと申します。豪い使命を持って生れて来る赤ちゃんがあります。世界の歴史に足跡を残している人達も、その反対に同胞に迷惑をかけている悪人共も、皆初めは赤ちゃんだったのです。赤ちゃんのポテンシャリチー(可能性)は大きいとボクが言ったのはこの意味です。

 ボクはどんなポテンシャリチーを持っているか分りませんが、少なくとも同胞に迷惑をかける組には入りたくないと思っています。丈夫に育って当たり前の人になれば満足です。分というものを考えなければなりません。聖賢や偉人と違って、生れ方が至って平凡です。ただ泣いてばかりですから、大きな期待をかけて戴いては困ります。

 しかしボクは赤ちゃんとして特別に恵まれていますから、及ばずながら心掛けるつもりです。親一人子一人なぞというところがあるのに、兄弟姉妹以外のあらゆる身内を持っています。そうしてその悉くがボクのファンです。第一はパパとママです。これは当然ですけれど、おじいさんとおばあさんが揃っています。パパの弟は叔父さん、妹は叔母さんです。ママの方にも同じ関係の叔父さんと叔母さんがいます。

 これだけの近親がボクの生れたのを祝して、幸あれと祈っているのです。有難いと思います。ボクたるもの、奮発しなければなりません。同時にボクは皆の立場を裏から考えてみて、一種の得意を感じることがあります。

 パパといい、ママといい、おじいさんといい、おばあさんといい、皆ボクが生れてからの話です。ボクが生れなかったら、おじいさんは単に老父、おばあさんは老母でしょう。パパも息子、ママはお嫁さんです。して見ると、皆ボクから新しい称号を授与されたことになります。
 「洋ちゃん、こら、俺をおじいちゃんにしてしまって」
 とおじいさんが苦情のように仰有ったのは、全てボクのお陰だという告白でしょう。

 パパの弟は大学生です。卒業しても就職がナカナカ出来ない世の中ですから、マダマダ海のものとも山のものともつきません。ママの弟に至っては、まだ受験生で、どこの大学にも入っていません。仕様がないわね、とママにいわれています。こういうのをボクが叔父の座へ引き上げたのですから、ボクも大したものでしょう。

作品紹介

 「赤ちゃん」は、1957年5月号から翌58年7月号まで15回に渡り、「主婦の友」に連載された長編小説で、佐々木邦の完成した長編小説としては最後の作品でした。佐々木邦のメジャーデビューが1920年の「珍太郎日記」の「主婦之友」への連載であったことを考えると、この符合は、偶然でしょうが一寸面白く思います。

 この「赤ちゃん」は唐取洋一という赤ちゃんの誕生から三歳(数え)の間の周囲の出来事を、この赤ちゃんの目で書いたものです。赤ちゃんの目で書かれているところから、登場人物は家族と隣人です。唐取家は文学博士のおじいさん、会社員のパパ、おばあさんとママ、パパの弟である大学生の純平叔父さん、お手伝いの春ちゃんからなります。お隣はアメリカ人のミラーさん一家で、6人の子供があります。その長女がマーガレットさんです。ミラーさんは長いこと唐取家の隣に住んでいて、親日家です。

 ボクと書かれる赤ちゃんは、還暦を過ぎても気の若いおじいさんやおばあさんパパやママといった家族のアイドルとして健やかに育ちます。その成長ぶりと、その目を通した家族や、隣人のミラー家の人達の生活と心理が語られます。この両家の付き合いは、非常に親密で、戦前に少年倶楽部に連載した「トム君、サム君」を彷彿とさせるものがあります。一言居士のおじいさんとミラーさんとは時として意見が対立することもありますが、互いに良識人で、大きな騒動に発展することはありません。

 ストーリーの一つの核は、純平叔父さんとマーガレットさんとの恋愛です。英文学を専攻し、大学に残りたいと考えている純平さんと米国人のマーガレットさんが交際しているのは、純平さんの勉強のためとカムフラージュされていますが、周囲に分ることになり、幼馴染で子どものころから親しくしているとはいえ、国籍の異なる二人が恋愛することは、ママには一寸気になります。しかし、人間的にも素晴らしく、真面目に交際している二人にほだされ、その恋愛は両家が認めるものとなります。

 こういうエピソードの中で、ボクは目覚しく成長して行きます。初めて笑い、身体を動かし、ハイハイをし、立ち、歩き、言葉を話すといった当たり前ではあるが、いかにも生命のみずみずしさを覚えるところです。大人の行動に対する作者の目も、赤ちゃんに対する目と同様に、淡々としているけれども暖かさがあります。

 しかし、その行間から現れて来る考え方は、老境にあっても大正時代のリベラリズムの洗礼を受け、戦時中もその節を曲げることのなかった佐々木邦のモラル意識に裏打ちされており、その骨太の一貫した考え方こそが、本篇を上品で且つ充実した内容に仕上た原動力のように思われます。佐々木邦の数多い作品の中でも、その晩年の境地がよく現われた傑作だと思います。

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