読み物作家たちのベスト3(その3)

目次

佐々木 穣   佐藤 愛子   佐藤 紅緑   佐野 洋   重松 清   獅子 文六
篠田 節子   柴田よしき   志水 辰夫   清水 義範   東海林さだお   城山 三郎
真保 裕一   新野 剛志   瀬尾まいこ   宗田 理   園生 義人    

佐々木譲の3冊

1.エトロフ発緊急電
2.
疾駆する夢
3.
ステージドアに踏み出せば

 佐々木譲といえば、まず第二次世界大戦を背景にしたサスペンス小説と北海道を舞台にした作品の作家というイメージが強いのですが、実際は、結構幅の広い作家です。私もいろいろな方向性の作品を読みました。佐々木のホームページ見ると、自分の作品群を5つに分けています。すなわち、
・ 歴史・時代小説/『武揚伝』『くろふね』『天下城』他
・ 第二次大戦史素材の小説/『ベルリン飛行指令』『昭南島に蘭ありや』他
・ 社会的テーマの同時代小説/『ユニット』『うたう警官』他
・ 経済(産業)小説/『ハロウィンに消えた』『
疾駆する夢』他
・ ノンフィクション/『冒険者カストロ』他
です。今回は、佐々木の幅の広さを示すことを目的に、第二次大戦史素材の小説をひとつ、経済(産業)小説をひとつ、そして、ジュブナイルをひとつ取り上げました。

 「第二次大戦史素材」から1冊を選ぶとすれば、結局エトロフ発緊急電に止めを刺します。勿論、第二次大戦三部作はどれも傑作であり、第3作の「ストックホルムの密使」も相当好きな作品ですが、山本周五郎賞、推理作家協会賞、日本冒険小説協会大賞を総なめにしたエトロフ発緊急電を無視するわけにはいきません。太平洋戦争の真珠湾攻撃を背景にしたスパイ小説ですが、主人公のスパイである斉藤賢一郎の造型が好ましく、また、本線がひとつですが、さまざまなエピソードが重層的に重なり、物語の奥行きを深めているのも好ましいところです。

 疾駆する夢は、架空の自動車会社を舞台にした産業小説。「国産の自動車を作りたい」という夢を抱き、終戦間もない横浜に小さな自動車会社を興した多門大作。友情、裏切り、陰謀などの波乱に見舞われながらも、あくまで夢を追い続け、会社を大きくしていく様子を描いた作品でほとんど「プロジェクトX」です。舞台の自動車会社は架空ですが、相当ホンダを意識しているな、と思います。また、業容拡大に伴うさまざまなエピソードは、日本の自動車業界が戦後に直面した問題を上手く捕らえています。オート三輪から始まり、乗用車生産の実現、レースへの挑戦、イタリア人デザイナーの採用、独自技術の新エンジン開発、米国進出、これらは実際に日本の自動車業界が戦後経験したことがらでした。作品の味わいや奥行きは、「第二次大戦史素材」系の諸作に比べると一歩譲りますが、読み応えのある作品です。

 ステージドアに踏み出せばは、舞台のオーデションを受験する女優の卵4人の受験物語。エトロフ発緊急電だの疾駆する夢だのを読んでいると、佐々木がこんなある意味では小洒落た作品を書く人とは思えないのですが、実際は、結構軽めの青春小説も書かれています。その代表作がステージドアに踏み出せばかどうかは分かりませんが、それなりに読ませる作品です。

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佐藤愛子の3冊

1.血脈
2.
まんなか娘
3.
娘と私の時間

 佐藤愛子は、戦争に翻弄された世代の代表的な女流作家です。本来の結婚相手となるべき男性の多くが戦争で亡くなっている訳ですから。一方で、佐藤愛子自身は、戦前の講談社文化を担った作家である佐藤紅緑の娘であり、佐藤紅緑が家庭的には無頼の人間で、家庭が複雑であったため、唯のいいとこのお嬢さんではすまなかったというところがあります。時代と血、という二つの要素が絡み合って、佐藤愛子の文学が成立したのでしょう。

 彼女の主流となる作品群は、自分の周囲に題材をとったもの。ある意味私小説と呼んでもよいかもしれません。処女作の『愛子』、父親の佐藤紅緑を題材にした『花はくれない』、母親を題材にした『女優真理子』、自分の離婚を題材にした直木賞受賞作『戦いすんで日が暮れて』など多数あります。そのなかから一作挙げるとすれば、この父・紅緑に始まり、兄・サトウハチローを経て、自分も含む異母兄弟などその子孫へ到る、佐藤家の荒ぶる魂を描いた長編小説、血脈を挙げるのが一番よいような気がします。

 紅緑が少年倶楽部を代表する作家であったことと関係するのかもしれませんが、愛子もジュニア向けのよみもの小説を沢山書いています。もう完全に読まれることはなくなっていると思いますが、一時期は、NHKの少年ドラマシリーズにとり上げられるなど一世を風靡しました。私も中高生の頃、いくつか読んでいます。そのなかからまんなか娘を挙げましょう。5人兄弟の三人目という上からも下からも突き上げられる高校二年生を主人公にしたこの作品は、佐藤らしいユーモアに満ちた佳作です。

 愛子にとってもう一つ重要なのは、エッセイの分野です。私も一番多く読んでいるのはこのジャンルです。戦後の世相を厳しくかつユーモラスに批評するところ、自らを「憤怒の作家」と称して見せるところなど、軽妙な面白みがあります。『坊主の花かんざし』、『男の学校』、『愛子の日めくり総まくり』など多数ありますが、娘・響子さんとの生活を題材にしたエッセイ「娘と私」シリーズから、第1作の娘と私の時間を挙げます。

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佐藤紅緑の3冊

1.ああ玉杯に花受けて
2.
少年賛歌
3.
少年連盟

 実を申せば、私が読んだことのある佐藤紅緑の作品は都合4冊。私が佐藤紅緑に興味を持ったころ、彼の作品はほとんど絶版になっていて、ああ玉杯に花受けての名前のみが有名でした。そのころたまに行っていた図書館に昭和42年に講談社から刊行された佐藤紅緑少年小説全集が置いてあったのですが、貸し出してくれず、なにか一編だけを読んだ覚えがあります。でもタイトルが思い出せません。結局名前を覚えているのが上記3冊。結局上記3冊も昭和50年ごろ講談社から出版された少年倶楽部文庫で読んだのでした。

 その3冊の中で、やっぱり一番良いのはああ玉杯に花受けてだと思います。友情と師弟愛と義侠心をテーマにしたいかにも臭い作品で、最後は登場人物の主なものがみな一高に入学するという終り方も考えてみればいかにも安易です。でも、その臭さがいいのですよね。作者は直ぐ「読者諸君」と呼びかけますし、純情素朴な少年たちは大いに心を鼓舞されたに違いありません。私はいつも臭いと思いながらも楽しみながら読んでしまいます。

 少年賛歌ああ玉杯に花受けて、「紅顔美談」に次いで書かれた少年小説で、やはり友情とか勇気といったことをテーマにした作品。悪くいえば同巧異曲ですが、同じテーマで少年たちに道徳を説く、というのがよろしいのではないかと思います。

 少年連盟は「十五少年漂流記」の翻案です。というよりも主人公を日本人に設定した他は、全く「十五少年漂流記」そのものです。他にもっと色々読んでいればベスト3に入ってこないのでしょうが、ほかを知らないのだから仕方がありません。今度、図書館で佐藤紅緑少年小説全集を探し出してみましょう。

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佐野洋の3冊

1.二人で殺人を
2.
姻族関係終了届
3.
かわいい目撃者

 佐野洋の代表作は何か?実はよく分りません。それが分かっていれば、代表作を中心に選ぶ方法と、それを敢えて外して選ぶ方法とがあるわけですが、代表作というと、「これは」という作品がないのではという気がするのです。第18回日本推理作家協会賞を受賞した「華麗なる醜聞」などは確かに面白いですけど、佐野の本質的な特色を良く表わしているか、という点になるとそうではないのではないかという気がします。

 佐野洋の一つの特徴は、「ソフティフィケートされた都会的な洒落た雰囲気」にあると思うのですが、その人工的味わいが絶妙なバランスで現れた傑作がこの二人で殺人をであると思っております。警察で失恋による自殺と判定された若い女性デザイナーの死。これがどうも殺人事件らしい。しかし、死亡したデザイナーの周りの人間関係はもつれにもつれており、果して誰が本当のことを言っているのかよく判らない。調査をおこなうのが休職中の新聞記者と「二人で殺人を」という推理小説を書こうとしている女性弁護士。本格推理ながら、洒落た雰囲気に満ちています。

 佐野洋は自らも短編型の作家であると言っているし、確かに面白い作品が多いです。それで残りの2冊は短編集を取り上げました。彼は連作短編集を幾つか持っているのですが、「同一主人公のシリーズ」よりも「テーマによるシリーズ」に魅力を感じているようです。姻族関係終了届もその一例で、「姻族関係終了届」、「死亡届」、「被害届」、「認知届」、「養子離縁届」、「欠勤届」、「弁護人選任届」の7枚の届出用紙に隠されたつの犯罪と意外な結末。短編推理作家の面目躍如と申し上げましょう。

 かわいい目撃者は、「同一主人公のシリーズ」の連作短編集。しかし、舞台を小学校に設定したため、「事件の目撃者が小学生」というテーマ性も持たせてしまったところが佐野らしい所です。こういうユニークな設定をお粉ってて、洗練された語り口でスマートに話を運ぶスタイルは佐野独特のものでしょう。

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重松清の3冊

1.定年ゴジラ
2.
熱球
3.
日曜日の夕刊

 重松清の作品を読んでいると、まず今の彼のポジションに軸足があるな、と思います。別な言い方をすれば、彼が経験してきた足跡を発展させて作品を書いている。従って、そこの主題が「いじめ」に遭っている子供であったり、世代間の断絶を感じているお父さんであったりするのは、子育て世代作家で、中年に両足を突っ込んだ作家であれば当然なのでしょう。もともと雑誌編集者やフリーライターで週刊誌に無署名記事などを書いていたそうですから、ジャーナリスティックな視点での見方もあるのですが、それ以上に今の時代の「家族」、「子供」、「世代」の本質に興味があるに違いありません。筆力もあり、テーマもいいということもあって、1999年「ナイフ」で坪田譲治賞、同年「エイジ」で山本周五郎賞、2000年「ビタミンF」で直木賞を受賞しました。

 重松は、大きな意味での現代の庶民を書いている作家ですが、作品の味わいは「とぼけた」系と「シリアス」系とがあります。定年ゴジラは、「とぼけた」系です。くぬぎ台という東京郊外のニュータウンに住む、定年になったばかりの山崎さん。散歩しかすることがなく、毎日退屈で仕方がない。その散歩途中に、同じ定年仲間、そして先輩方に出会い、交流を深めていく。そのようなお話が、連作短編形式で描かれていきます。定年になったサラリーマンの人生が背景にあり、家族の問題も勿論かかれます。書かれている内容は決して軽いものではないのですが、しかしその味わいは「とぼけた」ものです。そこがいい。

 とぼけた系に対してストレート系も1冊ほしい。でもシリアスすぎるのは一寸な、と思って選んだのが熱球です。失業した三十八歳の男が、小学五年の娘とともに故郷へもどり、新しい生活をはじめる物語。主人公の清水洋司は、高校時代、野球部のエースで、県大会で決勝戦まで進みながら、甲子園の夢があっけなく消えたという過去がありました。彼は、母校の野球部のコーチをしながら、東京に戻るべきかそれとも故郷での暮らしを続けていくべきか、悩みます。かつての野球部仲間たちとの再会。昔同様の付き合いをしても分かり合えない気持ち。そこがそれぞれの人生の違いなのでしょう。

 で、もう一冊ですが、短編集にします。日曜日の夕刊。いろいろなお話がありますが、どれも重松清らしい作品。重松「見本帳」と申し上げても良いのではないか、と思い選ぶことにしました。具体的には書きませんが、長編小説のモチーフになっている作品もいくつもあります。それを考えるのもまた楽し、です。

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獅子文六の3冊

1.胡椒息子
2.
信子
3.
バナナ

 本名岩田豊雄。劇作家、演出家として大正・昭和初期の演劇活動の中心人物の一人。文学座の創設者の一人でもある。小説家としては、文豪のうえを行くと言うことから文六と名乗り、苗字は四四十六のもじりで獅子。フランス風のウィットとユーモアに富んだ作品を多数発表した。
 主要作品に、「悦ちゃん」、「達磨町七番地」、「南の風」、「てんやわんや」、「自由学校」、「大番」、「娘と私」、「父の乳」などがある。
 私の3冊もこの中から選ぶのが妥当でしょう。だから当初は、「悦ちゃん」、「てんやわんや」、「大番」で行こうか、それとも、「自由学校」、「大番」、「娘と私」で行こうかなどと迷いました。でも結局は、そのような代表作を避けて、上記3作にすることにしました。代表作に隠れたものばかりですが、それぞれそれなりに楽しめます。

 胡椒息子は「主婦之友」に昭和12年から13年にかけて連載された。東京のお金持ち牟礼家の次男昌次郎くん12歳が主人公。昌次郎君はお父さんが妾に産ませた子であるが、正妻が認知して本家に入れている。けれどもそれ以来両親の間は冷戦状態。昌次郎君には母親の違う兄姉がいるが折り合いはよくない。味方は婆やのお民さんだけ。元気で正義感あふるる昌次郎くんであるが、姉に言い寄る不良からきた手紙を姉に渡さずに自分で持っていたことが分かって喧嘩となり、投げたインクスタンドでお兄さんが怪我をする。その事件が元で感化院に入れられる。感化院でのあだ名が「息子」。でも、感化院の餓鬼大将「ゴンズイ」と対等に喧嘩して、胡椒息子と呼ばれる。感化院でお民婆やが病気のことを知り、脱走。生みの母も分かるが、お民婆やと暮らすことを選んで大団円。昭和初期のブルジョワ家庭の俗物性に対する批判が示されていて快調です。

 信子胡椒息子の後、「主婦之友」に昭和13年から15年にかけて連載された。内容は端的に言えば女性版「坊ちゃん」。漱石の「坊ちゃん」と異なるのは、「坊ちゃん」が東京から松山の中学教師となる話であるのに対し、信子は九州から出てきて東京の女学校の教師となる話。周りの先生のあだ名は、校長が「宇垣さん」、教頭が「ニヤリスト」普通の先生方は「欣々女史」、「餡蜜」、「アナ・ベラ」、「資本家」。信子の勤める大都女学校は、創立30年となるが、規模は小さく建物も古びている。これを郊外に移転して新しい学校にしようとする校主/教頭派と移転せずにいこうとする校長派との対立が背景にある.一方信子は、細川頴子を中心とする生徒の反抗に頭を悩ませる。しかし、細川頴子のいたずらの現場を押さえようとして、寄宿舎に入った泥棒を捕まえてから形勢が逆転。生徒の人気を得るようになる。学校の移転問題は校主側の攻勢で本決まりとなり、校長や信子は辞職しようとする。生徒たちは移転に反対し、細川頴子は自殺未遂事件を起こす。我が子の事件の原因を知った実力者の父は、校長側につき、大団円となる。まさに「坊ちゃん」のパロディです。

 バナナは「読売新聞」に昭和34年に連載された連載小説。東京在住の台湾人、呉天童と日本人の妻、紀伊子、それに息子の龍馬の三人家族を中心に親戚や友人たちの織り成す模様。バナナのタイトルは、天童の弟、神戸に住む呉天源が甥の龍馬に台湾バナナの輸入権を与え、それで儲けたお金を競輪でする、という話が大きなエピソードであることから。獅子文六の特徴は、時代の風俗をよく表すという点であるが、本書も昭和30年代初期のお金持ちとその妻子の生活の特徴をよく示している。この本のもうひとつの大きな特徴は「食」である。主人公の呉天童は美味しいものを食べることが人生最大の楽しみという人で、食べる話に事欠かない。和食、中華、洋食それぞれに薀蓄が示される。「食味歳時記」や「飲み・食い・書く」といった著書のある、獅子文六の面目躍如。

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篠田節子の3冊

1.女たちのジハード
2.
第4の神話
3.
コンタクト・ゾーン

 最近活躍している女流はストーリーテーラーが多いわけですが、篠田節子もその一人、篠田の場合、ホラーやサスペンス、パニック小説などに面白い作品が多いのではないかと思います。印象深い作品には例えば「夏の災厄」、「斎藤家の核弾頭」、「百年の恋」などたくさんあります。しかし、篠田の本領は、彼女の大学を出たあと市役所の一地方公務員として勤め、鬱屈しながら作家の道を目指した、という経歴を知っているせいか、女たちの生き方や生活を書いた作品から選びたい。そう思ったら、上記の3冊になりました。

 女たちのジハードは、第117回直木賞受賞作品。中堅損保会社に勤める5人のOLたちの生活を連作形式で描きますが、一番の魅力は、この5人のOLがある程度の誇張はあるにせよ、基本的にはどこにでもいそうな人として描かれていることだと思います。そして、彼女たちの持つ不安定感は本質的に女性にしか分からないものでしょう。OL経験の長い篠田だからこそ書けた作品のような気もします。篠田の代表作と言って過言でないでしょう。

 篠田節子が女性を描くと、篠田の底意地の悪い視点が垣間見られることがあります。それが彼女の魅力の一つであり、男性作家には書けないところです。第4の神話も、そう思わせる作品です。もうすぐ40歳のフリーライター小山田万智子が、5年前若くして癌死したバブルの女流作家夏木柚香の神話を剥いで行きます。夏木柚香の秘密を明らかにするという点で、この作品はミステリーですが、そのミステリー的な魅力に併せて、不安定なライターの不安感、生活臭を描いたところにこの作品の魅力があります。なお、第4の神話というタイトルからも分かるように、夏木柚香の秘密の解明は新たな神話の創出に繋がります。偶像を破壊するより、それを展開して新たな経済的価値につなげようとする出版社の意図に、一ライターがかなうはずがありません。

 コンタクト・ゾーンは、サバイバル小説ですが、主人公が買い物漁りとリゾラバ目当ての30代すぎの未婚女性3人というのが篠田節子的です。その彼女たちが、まもなく起きた反政府暴動に巻き込まれ山奥部に逃げ込みサバイバルを余儀なくされる、という破天荒な設定を作るところもストーリーテーラー篠田節子の面目躍如です。結局彼女たちは、危機管理能力が完全に欠如していて、国際関係も、自国の歴史にも無関心ですが、生き延びるとなるとどんどんたくましくなります。その成長の仕方はある意味「裏」女たちのジハードかもしれません。

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柴田よしきの3冊

1.朝顔はまだ咲かない
2.
ワーキングガール・ウォーズ
3.
フォー・ディア・ライフ

 柴田よしきはとても器用な作家だと思います。広義のミステリーの領域のみで活躍している女流ですが、ミステリーとしては、バロックロマンのような作品、ハードボイルド、警察小説、安楽椅子探偵もの、SF、本当にいろいろなタイプの作品を発表しています。ただ、柴田の作品の弱さは、どこかで読んだような気がする作品が多いこと、更に申し上げれば、別の作家の亜流のような作品が多いことかもしれません。しかし、柴田は器用なので、特定の作家の亜流にはならない、いろいろな作家の特徴を見かけます。そういうところが柴田の面白さなのかもしれません。

 朝顔はまだ咲かないは引きこもりの19歳の女の子を主人公にした連作の安楽椅子探偵もの。但し起きる事件は、日常の謎であり、感覚的には加納朋子の作風に近いものがあります。しかし、主人公の鏡田小夏と小夏を気遣いつつも青春を謳歌する親友・宮前秋の会話は、完全に今風であり、この現代感覚は柴田よしきの特性なのだろうと思います。連作短編集ながら、少しずつ小夏が成長させていく手腕は、柴田の味わいだと思います。

 ワーキングガール・ウォーズは、ライト版「女たちのジハード」です。柴田よしきは篠田節子ほどあけすけになれないところがあるようで、そこがこの作品の味わいに繋がっているように思います。主人公は37歳のお局社員、墨田翔子。大手音楽企画会社で企画部係長を務めるバリバリのキャリアウーマンで、仕事はできるが、部下や上司には煙たがられる存在。この翔子の周囲に流れるそこはかとない悪意。いかにもお局OLが出会いそうなシーンです。そこを翔子は凛とした態度で解決していきます。要するにOLへの応援歌です。後味がシャキッとしているところが気に入っています。

 フォー・ディア・ライフは、無認可保育所の園長にして、危険な仕事ばかり持ちこまれる私立探偵・花咲慎一郎が主人公のハード・ボイルドシリーズの第1作です。新宿で働く私立探偵というのはジャパニーズ・ハードボイルドにはよくある設定ですが、「無認可保育所の園長」兼任というのが、柴田の設定の新しさのようです。考えてみると、典型的なハードボイルド・ミステリーを書いている女流は、ほかに思いつきません。それだけに希少価値、ベスト3の一角を占めるに適当です。

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志水辰夫の3冊

1.飢えて狼
2.
裂けて海峡
3.
あっちが上海

 シミタツのシミタツらしさを味わうならば、例えば、「あした蜉蝣の旅」、「滅びしものへ」、「ラストドリーム」などという選択はどうだろう。そういえば、短編も良い。「いまひとたびの」、「きのうの空」なんて忘れられない作品集です。そんなことをこの一週間ばかり考えていたのですが、結局処女作以来の三長編をあげることにしました。この三作は、ある意味で、シミタツの全てが含まれているような気がするからです。

 飢えて狼は、先日再読しましたが、あまりの傑作ぶりにまた感心しました。味付けハードボイルド。心に傷を負って引退したアルピニストが巻き込まれるスパイ事件。しかし、その本質は冒険小説というべきでしょう。描写の細やかさも魅力的です。国後の逃避行の描写などは手に汗握るものです。その細やかな描写の割にテンポは速く息を接がせない面白さがあります。今思えば、現在のシミタツ節と比べると余裕のない部分もありますし、主人公があまりにもかっこよすぎるところなど、不満もないわけではないのですが、傑作中の傑作冒険小説と申し上げましょう。

 裂けて海峡は、第2回日本冒険小説協会優秀賞受賞作ということですが、飢えて狼が純粋冒険小説とすれば、随分色物的色彩の強い作品です。小説としてのまとまりも飢えて狼ほどではありません。しかし、この作品が素晴らしいと思うのは、主人公が堕落した人間であるということ。それだけ人間的です。主人公・長尾知巳は、国際的な陰謀に巻き込まれながらも何とか生き延びる手立てを考える。しかし、それは許されない。だから、どんどん包囲網が狭まってくるときの反発が切実です。長尾こそ、志水のその後の小説の主人公のプロトタイプであると思うのです。

 あっちが上海は、どたばた作品です。船を沈没させては保険金をだまし取るプロのサギ師・岩内亮は、偶然にアメリカ軍の最新兵器を手に入れた。それを目がけて怪しげな人物が、彼のまわりをウロウロしはじめる。そういうシチュエーションのコメディです。飢えて狼、裂けて海峡あっちが上海背景に米ソの冷戦とスパイ活動がありますが、その切り口が三作ともに異なっているのが面白いです。また、登場人物の人格像が、その後のシミタツ作品に影響しているような気がします。

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清水義範の3冊

1.面白くても理科
2.
12皿の特別料理
3.
新築物語-または泥江龍彦はいかにして借地に家を建て替えたか

 清水義範は、「国語入試問題必勝法」であるとか「永遠のジャック&ベティ」などのパスティーシュ小説で有名になり、文体模倣で数多くの作品を書いているのですが、もともとはSF指向の人で、私が中高生の頃は、朝日ソノラマ文庫にジュニア向けのSF小説を書いていました。売れっ子になってからの作品は、パスティーシュ作品も文体の模倣から作品のスタイルの模倣に変わって行き、その後は非常に毒が覆われた形の作品が多くなっていると思います。

 彼は、愛知教育大学出身で、教員にならずに小説家になった人ですが、彼の作品を読んでいると、彼は根のところで、学校の先生なのだな、と思うことがしばしばあります。彼のその資質をよく現したのが、面白くても理科、「もっと面白くても理科」、「どうころんでも社会科」、「もっとどうころんでも社会科」、「いやでも楽しめる算数」とくるシリーズです。このシリーズは、学問的精緻さはありませんが、そのテーマのつぼを直感的に示していて、専門家ではない人が、そのテーマのポイントを大づかみにするのにはとても好い本です。実は、素人向けに、専門分野の学問の内容を平たく説明して、正しく理解してもらうことは非常に難しいことです。書き手が内容を理解して、更にそれを分り易く組みなおすわけですから。職業としてそれを一番やっているのが、小中学校の先生です。清水が、このような作品を書けるということは、彼の資質の中に、学校の先生の部分が隠されている、と思わずにはいられないのです。

 12皿の特別料理は、12種類の料理のメニューを題材に12の人間模様を書いています。清水義範の作風は、対象を細かく細かく観察するけれども、その内面には踏みこまない、という所があります。それが彼の強みでもあり弱みでもあると思うのですが、「料理」、という実に明確な対象の一群を前にするとき、清水シェフの腕は冴えます。「ぶり大根」という作品があるのですが、新婚夫婦の夫が、休みの日に、「たまには僕が料理しよう」と言って、ぶり大根を作る。その技は、妻とレベルが違う上手さなのですね。それを見て、料理に自身のない妻が泣いてしまう。清水シェフはそういうことは新婚時代にはままあることである。勝手にやってなさいと言うしかないだろう、と切ってしまいます。そこでの妻の心理描写は類型的ですが、ぶり大根の作り方の説明と、献立の組み立てのし方は、写真が一つもないにも拘らず、下手な料理の本よりわかり易い。一粒で二度美味しいのです。

 考えてみると、私は、彼の「How to」作品に心惹かれるようです。新築物語-または泥江龍彦はいかにして借地に家を建て替えたかは、彼が自分の自宅を建てなおしたときの経験を題材にして書いた作品ですが、そこに描かれる事務的な作業の煩雑さを割と正確に書いているので、彼の経験のおかしさはさておいても、実際に家を建てようと思っている人にとっては、非常にわかり易いシミュレーション本になっています。パスティーシュは、対象をよく観察して、その特徴をつかんでデフォルメしなければ成立しません。この三冊はどれもパスティーシュではないのですが、彼のパスティーシュでつかんだ手法を楽しむのにはうってつけだと思っています。

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東海林さだおの3冊

1.あれも食いたい、これも食いたい
2.
ショージ君のニッポン発見
3.ショージ君の青春記

 東海林さだおの特徴を一言で申し上げるならば、マラソンランナーです。彼の本職は漫画家ですが、その代表作である毎日新聞連載の「アサッテ君」は、2003年に10,000回を越え、あと1年もすれば12000回になります。彼のもうひとつのテリトリーである食物に関するエッセイなどの文章の活動も、週刊朝日連載の「あれも食いたい、これも食いたい」は1000回を越え、タイトルは変わっているものの、オール読物誌に連載されているエッセイは36年続いているそうです。これだけ続けられるのは、東海林の才能の凄さと、読者の支持の厚みを感じます。

 そういう東海林の文章で3つ挙げるとすれば、まずは週刊朝日連載のあれも食いたい、これも食いたいになるのは当然でしょう。20年以上にわたって、食べ物に関するエッセイを書き続けること自身が大変ですが、いろいろな切り口でまとめていき、飽きを来させない工夫は流石の手腕と申し上げるしかありません。とにかくその技量、大したものです。

 そういう手だれの芸は、最近ますます冴え渡っているのですが、残りの2冊は、まだぎこちなさの残る、初期のエッセイにします。まず最初は、最初のエッセイ集ショージ君のニッポン発見が良いでしょう。30代のショージ君は、若いきれいな女性にもてたい、若くかっこよく見られたい、という心情がまず根底にあって、そのためにいろいろなことにチャレンジしてみます。勿論、東海林さだお自身は本気でそんなことを考えているわけではなく、そういうポーズをとりながら、実際は客観的に物事を観察しています。文章はこの当時から十分軽妙で、「論理の飛躍」や「たたみかけ」などのテンポの良いスタイルを上手く使いながらユーモアあふれるエッセイに仕上げていることに注目すべきでしょう。

 東海林さだおの文章を突き詰めていけば、食味エッセイと体験記系エッセイに集約されてしまいます。夫々の代表作をひとつずつ選んだので、あとは何を選ぶか難しいのですが、自伝的エッセイのショージ君の青春記良いでしょう。東海林さだおの高校時代の初恋の話からはじまって、早稲田大学へ入学し、漫画研究会を創立して大学を中退し、プロの漫画家として自立するまでを描いた作品です。東海林のユーモアは勿論ありますが、その陰の青春のほろ苦さが何ともいえない味わいがあって結構です。どうでもいいことですが、どくたーTは、大久保のかつて東海林が下宿していたアパートの前が通勤路でかつては毎日歩いておりました。

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城山三郎の3冊

1.落日燃ゆ
2.
官僚たちの夏
3.
男子の本懐

 城山三郎が亡くなった。2007年3月22日、享年79。城山三郎は、日本で経済小説というジャンルを切り開いた方として有名ですが、その本質は伝記作家だったのではないかと思います。経済小説に関しても綿密な取材に基づいて書いた経済人の人物像、というのがまず基本にありました。結局のところ、城山が興味と共感を持てる人物しか、作品にしなかった、ということのように思います。

 と、かっこいいことを書いてみましたが、実は、私は城山の作品をあまり読んではいません。経済小説というと、城山の次の世代である高杉良の作品はずいぶん読んでいるのですが。結局のところ、私にとって城山三郎は伝記作家としての印象が強いです。

 その伝記系作品の一番といえば、落日燃ゆを措いて他には無いと思います。主人公は広田弘毅。広田は、東京裁判で絞首刑となった唯一の文官ですが、その処刑には、数々の疑問が寄せられた、といわれています。広田は外交官・政治家として、戦争回避に努力し、横暴な軍部に抵抗したわけですが、結局戦争推進派としてA級戦犯として起訴され、「自ら計らわぬ」ために一切の自己弁護を拒否して、彼が嫌った軍人と共に処刑されました。落日燃ゆは、その広田という軍部という組織につぶされた個人を、正に感動的に描いています。

 伝記系のもう一冊としては、男子の本懐を挙げたい。これは、昭和5年の金本位制復帰をめぐる浜口雄幸と井上準之助の物語ですが、これは評伝であると共に優れた経済小説でもあって、この二つの分野で成果を収めた城山文学のある頂点であることは疑いないところです。この金本位制への復帰は、財政上絶対に必要だったわけですが、軍事費削減に反発する軍部、行政改革に反発する官界、不況を嫌う財界などの強い反対の中実施されました。政治家たるもの、大局的に見て必要な政治課題を解決するためには、どんな苦難が待ち受けていようとも、不退転の決意で実行する。それをなしたのが浜口雄幸と井上準之助でした。タイトルの男子の本懐とは、浜口が総理に就任したとき、「すでに決死だから、途中、何事か起こって中道で斃れるようなことが合っても、もとより男子として本懐である」によっています。これぐらいかっこいいことを言いたいものです。

 男子の本懐は傑作ですが、その上に来るのは官僚たちの夏でしょう。1960年代の通産省を舞台にしたモデル小説です。主人公の風越信吾は佐橋滋、大臣の九鬼が三木武夫をモデルにしています。日本株式会社が最も輝いていたのは高度成長時代の1960年代であり、その時代の通産官僚こそ、官僚として一番幸せであったのではないかと思います。官僚の志がそのまま国家の動きにつながる。これこそ、「官僚の本懐」です。

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新野剛志の3冊

1.あぽやん
2.

3.
もう君を探さない

 新野剛志は、1999年にデビュー作「八月のマルクス」で第45回江戸川乱歩賞を受賞して一躍有名になった作家です。大学卒業後は旅行会社に就職したものの失踪し、ホームレス生活を送りながらデビュー作を書いたことでも有名です。しかしながらこの作品は、力の入った面白い作品なのですが、プロットの斬新さ、面白さと比較して、小説としての面白さが不十分、別な言い方をすればまだ若書きの感じがします。よく江戸川乱歩賞を受賞できたな、という感じもいたします。だから選外。

 この方はハードボイルド・ミステリーの指向が強い方ですが、彼の本来持っている感性はもっと違った部分に魅力があるのではないかと思っています。その一つの成功例があぽやんでしょう。あぽやんとは要するに旅行会社の社員としては出世街道から外れたと看做されるエアポートで働く職員のことです。30歳直前で成田空港に「飛ばされた」旅行代理店社員・遠藤慶太の成長を、空港でのトラブルシューティングを通して描いた作品です。この作品は元旅行会社員として、当然空港における旅行会社社員の仕事や仕組みを熟知したうえで執筆しているので、仕立ては軽妙なユーモア小説ながら、内容は結構深いものがあります。佳作だと思います。

 ミステリー作品の中でも、まず取り上げるべきは空港を舞台としたでしょう。従妹・朝子を巡るトラブルで父親を殺害してしまい服役した過去を持つ脇坂は、今は成田空港近くのパーキングで働いている。ある日、職場の社長から、ある男の国外逃亡の手助けのため、その日時まで匿い、世話をする、というバイトを持ちかけられる。こういう設定で始まる作品ですが、テンポのよい作品で、謎の見せ方の手際が良く、新野のハードボイルドの中では一番の傑作だろうと思います。

 もう一作はもう君を探さないにします。主人公・高梨龍平が勤める女子高の生徒が家出し、その子を捜索するうちに、かつての教え子で、やくざの幹部になりながらも高梨と奇妙な交流を続けていた本間伸尚が殺されます。やがて生徒の家出とこの殺人の間に奇妙なつながりが見つかり、それを追っていくと、高梨の過去が浮かび上がってきます。そういうサスペンス小説です。江戸川乱歩賞受賞第一作として書かれた作品で、力の入った作品だと思います。小説としての技巧も、「八月のマルクス」よりは上手です。

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真保裕一の3冊

1.奪取
2.
震源
3.
ボーダーライン

 真保裕一は、ストーリーテーリングに定評があり、私も大好きな作家の一人です。この文章を書くために、彼の著作リストを調べてみたのですが、近作を別にすればほとんど読んでいます。そして、私が思うのは、真保は誠実な作家だということです。誠実さを感じる背景には、緻密な取材に基づくリアリティがまずあります。また、エンターティメントの作家でありながら、現在のところ同工異曲を排しているのもそう感じる大きな理由かもしれません。

 彼の作品の中で、私にとって一番面白かったのは奪取です。第50回日本推理作家協会賞、第10回山本周五郎賞受賞作品で世間的にも評価された訳ですが、当然であると思います。偽札作りに挑戦する若者たちのお話ですが、そのディーテイルが実に面白い。主人公たちは、様々な困難に直面しながらも偽札作りの技術をレベルアップしていきます。紙幣、特に日本の紙幣は、あらゆる印刷技術の結晶です。紙も特殊ですし、クリアしなければならない課題は数多いのです。その課題と解決していく様子が実に面白く読みました。スピーディーな展開と軽妙な文章もよく、長さを感じさせない傑作です。

 真保の最初期の作品は小役人シリーズと呼ばれました。「連鎖」、「取引」、震源、この三部作は、エンターティメントとしてのスケールの大きさがあり、どれも読みがいのある作品ですが、小説として一番面白いのは、震源だと思います。地震火山研究官を主人公にしていますが、領有権問題を背景にした国家的陰謀は、ある意味荒唐無稽です。でも、綿密な取材に基づいたリアリティが、小説全体の荒唐無稽さを越えて、読み応えを感じさせます。

 私は、真保の作品で自分の感性と合わない作品があります。例えば「奇跡の人」、最近の「繋がれた明日」もそうかもしれない。ボーダーラインで主人公のサム永岡に追われる安田信吾のような犯罪者の造型も実はしっくり来ません。しかし、この作品は傑作でしょう。なぜならば、全てが計算され尽くして書かれたハード・ボイルドです。あまり救いのない作品ですが、米国を舞台にしたおかげで、和製ハードボイルドの中でも最もリアルな作品になりました。

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瀬尾まいこの3冊

1.戸村飯店青春100連発
2.
温室デイズ
3.
幸福な食卓

 瀬尾まいこはは、1974年大阪生まれ。現在京都の中学校の現役国語教師だそうで、教員生活を綴ったエッセイ「見えない誰かと」及び「ありがとう、さようなら」が上梓されています。ことに後者は、当時の教頭先生から「学級通信そのまま」と言われただけあって、そういう雰囲気が満ち溢れていて、なかなか楽しい一冊です。瀬尾の小説は自分の仕事や体験を題材にした作品は余り多くないのですが、作品の感性の若々しさと、けなげな雰囲気は現役中学校教師という立場が反映しているように思います。

 さて、私は出版されている彼女の作品を全て読んでいると思うのですが、一冊を選ぶならば、戸村飯店青春100連発を採ります。この作品は、これまでの瀬尾まいこの延長線上にありながら、新しい一面を切り開いたという点で優れています。新しい一面というのは、瀬尾が大阪人であることのアイデンティティの発現です。この作品の主人公はコテコテの大阪の下町にある中華料理店・戸村飯店の兄弟ヘイスケとコウスケです。弟コウスケから見た兄ヘイスケは格好よくてモテて、文章を書くのが得意で人の作文の宿題を請け負って金を稼ぐ冷めた男ですが、ヘイスケにとっては、阪神と吉本にどっぷり浸かっている大阪のおっちゃんたちが集う店になじめず、高校を卒業すると東京の専門学校に進学します。東京で感じるのは自分の関西人の血。一方コウスケは、高校を卒業したら、すぐに戸村飯店を継ぐものと決めていたのですが、結局大学に進学する。この兄弟の振れこそが、瀬尾まいこの関西人の血に違いありません。

 2冊目は温室デイズです。中学校の「いじめ」を題材にした作品。いじめの中身は相当シビアで、これが今の中学校の現実だとすればなかなか大変です。しかし中学教師である瀬尾にとって、この作品を書くのは彼女の責任だったのだろうと思います。瀬尾の作品は悲惨な状況をさらっと描かれていることが多いのですが、この作品は直球です。ぼろぼろになりながらも学校に通いつづける「みちる」と、登校拒否を選んだ「優子」の二人の視線で交互に書かれる状況は、非常に重いものを感じます。それでも学校は「温室」という、教師・瀬尾の厳しい見方。難しいです。

 3冊目は幸福な食卓がよいでしょう。この作品こそが、瀬尾まいこワールドの一つの集大成みたいに思えます。中原佐和子という女の子の中学・高校の経験を連作小説にまとめた長編小説。中原家は4人家族ながら皆それぞれ問題を抱えています。父親は、5年前に自殺未遂。今回は突然父親を辞めると宣言したうえに中学校の教師まで退職。一方、母親は家を出て近所に一人住まい。天才児と評判の高かった兄・直ちゃんは、大学進学せず無農薬野菜を作る農業団体で働いているが、恋人が出来てはすぐ振られるということの繰り返し。この問題家族でありながらも主人公の佐和子はけなげに生きていきます。そこには、家族とはいったい何なのか、という瀬尾の問題意識が見えます。

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宗田理の3冊

1.僕らの7日間戦争
2.
ぼくの泥棒日記
3.
ゴッドマザーと子ども軍団

 ジュニア小説、というジャンルがかつてありました。今もあるかもしれません。昔ならば、集英社のコバルト文庫や秋元文庫、朝日ソノラマ文庫で読めるような作品です。この辺を得意とする作家も多く、柳川創造、赤松光夫、若桜木虔、吉田とし、佐伯千秋、名前もするする出てきます。宗田理はこのようなジュニア小説専門の文庫から登場した方ではありませんが、中高校生向けのライトノベルで有名になり、まさに一世を風靡しました。彼は、大人向きの普通のミステリー(「未知海域」などいくつかあります)や豊橋空襲を背景にした「子どもたちの戦友」、シリアスな「13歳の黙示録」のような作品もありますが、本領は中高校生向けのライトノベルでしょう。1928年生まれ、愛知県出身。週刊誌の編集長などを経て1979年「未知海域」でデビューしました。

 宗田の本領は社会の矛盾に対する眼にあります。それが週刊誌編集長などの経験によるものでしょう。そこを社会的弱者や子どもの目で書く。残念ながら、これらのライトノベルははっきり申し上げれば同工異曲ですし、どれを読んでも味わいに大きな差があるわけではありません。その中で目先の変わった3冊です。

 僕らの7日間戦争は、「僕ら」シリーズの第1作で、映画化もされ、大層の人気を博しました。その後このシリーズは29作品も書かれ、宗田の代表作シリーズとなるわけですが、後半に行けば行くほど、中身は詰まらなくなります。第1作目のこの作品は、プロットの奇抜さと新鮮さで楽しめます。

 ぼくの泥棒日記もまたユーモアミステリーの範疇に入る作品ですが、前科二犯の父親と結婚詐欺師の母親と共に一流の泥棒となるべく東海道を西下し、各宿場で起きる事件とその解決、最後は京都でのどんでん返しと、その諧謔味が楽しいです。

 ゴッドマザーと子ども軍団は、葬儀屋を営むゴッドマザー・玉井タマ子とその5人の子どもたちが、ある女性を殺して自殺した、とされるタマ子の夫で子どもたちの父親である欣一の無実の罪を晴らして、事件の真相を明らかにするというユーモアサスペンス・ミステリーです。勿論荒唐無稽な物語ですが、そこに社会の真実も隠されています。

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園生義人の3冊

1.腕まくり女高生
2.
男装の女子高校生
3.
ねらわれた女子高校生

 現在のレンタルビデオ屋さんのように、かつては「貸本屋」という商売があったそうです。「あったそうです」と書いたのは、実は、私は貸本屋を見たことがないのです。少なくとも私がもの心のついた、昭和40年には、相当マイナーな商売だったのでしょう。貸本屋での最大の人気作家は、山手樹一郎であり、源氏鶏太であったわけですが、そういったメジャーな作家以外にもたくさんの貸本屋向け作家がいました。城戸禮、若山三郎、そして園生義人もその一人です。

 園生は、講談倶楽部賞を受賞、更に双葉新人賞も受賞してデビュー、大林清に師事して腕を磨いたとされていますので、昭和30年代の貸本作家だったのでしょうが、貸本屋が少なくなる中、春陽堂文庫にその発表舞台を移しました。私が園生を知ったのも春陽堂文庫です。園生の作品の特徴を一言で申し上げれば、一寸エッチな明朗小説で、『女子高生』といっても「コギャル」とも「援交」とも全く無縁の、現在の目で見れば極めて健全な女子高生を描きます。ストーリーは同工異曲と申し上げて良いのでしょう。1960年代から70年代のホームドラマを見ているような作品群です。

 園生は、春陽堂から「女子高生」を主人公とした作品をいくつか纏めて出版しました。今回はそこから3冊を選びます。まずは、第一作目の腕まくり女高生です。この作品は、スッポン料理店の娘、十七歳の高校生滋子と十三歳の中学生トヨ子の姉妹を軸に描いたホームドラマです。性に対する幼い好奇心がスパイスになっているのですが、そのレベルは、こっそり友人に借りた性愛に関する学術書を寝床の中で盗み読んだり、年下の男の子と雨宿りの勢いでお医者さんごっこしてしまうといったもので、実に可愛らしい。時代を感じます。

 男装の女子高校生は、旅館「福寿閣」のひとり娘えり子は、早く両親をなくしたため、高校三年生ながら女主人である、というなかなか凝った設定の作品です。「男装の」、というのは、このえり子が、ボーイッシュな格好を好むところからとったわけですが、内容はやはり、ホームドラマです。

 ねらわれた女子高校生。タイトルから行くと誘拐もののミステリーですがもちろんそんなことはありません。一流のジャズシンガーを夢見るユカ子が主人公で、ユカ子は、あっさりデビューして大ヒットを飛ばすなど、かつての少女漫画みたいな設定ですが、そこは園生。芸能界サクセスストーリーにはいたしません。もちろん、事件はおきるのですが、あくまでも青春明朗小説です。

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