読み物作家たちのベスト3(その2)

目次

開高 健   垣根 涼介   笠原 良三   加納 一朗   加納 朋子   香納 諒一
勝目 梓   川上 健一   かんべむさし   北方 謙三   北村 薫   北 杜夫
城戸 禮   桐野 夏生   黒川 博行   黒木 亮   小泉喜美子   幸田 真音
小杉 健治   小林 久三   小林 信彦   小松 左京   近藤 史恵   今野 敏

開高健の3冊 

1.ずばり東京
2.
最後の晩餐
3.
日本三文オペラ

 開高健(1930-1989)の文学的背景には戦争があります。その戦争とは、日本の戦後文学者が表在的にせよ潜在的にせよ無視し得なかった第二次世界大戦と、開高がルポルタージュの記者として、戦闘に巻き込まれたベトナム戦争の双方です。特に直接的体験となったベトナム戦争は、「輝ける闇」、「夏の闇」、「花終わる闇」のいわゆる「闇」三部作に結実したわけですが、一方で、第二次世界大戦末期を大阪で過ごした体験が、彼の「食」に対する強い興味に結びついていったのではないか、と思います。

 開高の文学的成果としては、上記の闇三部作のほか、「パニック」、「裸の王様」、「日本三文オペラ」、「ロビンソンの末裔」、「玉、砕ける」、「耳の物語」などがあるわけですが、私はこれらの作品のうち半分も読んでいない。一方で、酒や食を取り上げたエッセイやルポルタージュ、釣りに関するルポは随分読みました。にもかかわらず、私は釣りをやろうとは一切思いませんでしたが。

 そんなわけで、まず取り上げるのは、初期のルポルタージュの名作ずばり東京です。東京オリンピック前後の東京の姿をさまざまな切り口で眺めた「週刊朝日」連載のルポルタージュでです。現在昭和30年代ブームと言われることがあり、その時代をノスタルジックに回想されますが、同時代人が東京を眺めれば、高度成長期真っ只中の東京は、猥雑でうるさくて、軋みがいっぱい出ている都会、という捉え方にならざるをえない。東京に盲導犬が一頭もおらず、下水道の普及率が20パーセント台の町。その軋みを小説家の視点で見る。斜に構えてはいますが、ベトナムを知らない時代の小説家の感性が分って面白いです。

 ベトナム後のルポルタージュ/エッセイで取り上げたいのが、最後の晩餐です。ここに取り上げられるのは王者の食卓からどん底の食卓まで、ゲテモノ食いも人肉嗜食も食に関するあらゆる話題が飛び出します。オノマトペを駆使した表現は、偉大なるグルマン(グルメではないと思います)開高健の面目躍如でしょう。二つの戦争を経験した開高にとって、「食」は生きることそのものでした。それが痛切に感じられます。

 小説から何か一つ選びたいと思いました。いろいろ考えましたが、私が最初に触れた開高作品日本三文オペラにします。勿論これは、ブレヒトの「三文オペラ」が下敷きにあるのでしょうが、泥棒と乞食と淫売婦の姿を借りて、ワイマール共和国末期の偽善を暴きだしたブレヒト作品に対し、開高は、汚物溜めを思わせる猥雑なアパッチ部落を舞台に大阪人の力強さを描きます。その力強さの原点は「食」に対する一途な執念でした。

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垣根涼介の3冊 

1.ワイルド・ソウル
2.
君たちに明日はない
3.
サウタージ

 垣根涼介はラテンな作家だと思います。享楽的で且つ野放図な味わいはこれまでの日本のエンターティメント小説とも一寸違った味わいがあります。1966年生まれ、長崎県出身、筑波大学卒業と学歴はドメスティックな日本人ですが、作風は、日本的ウェットさが表面に出てこない。そこが面白いと思います。

 ワイルド・ソウルは、ブラジル移民政策を背景にし、それに乗って移住した日本人とその子供たちの復讐物語です。前半の移民の悲惨さと絶望感が圧倒的で、読み手をひきつけて離しません。その「棄民」政策を推し進めた現場の役人たちへの復讐が後半の山です。前半の悲惨さから見れば、後半の復讐がもっと凄絶になってもおかしくないのですが、実際の復讐はスマートです。舞台がラテンアメリカである、ということではなく、このスマートさこそが垣根のラテンな味わいに繋がるのだろうと思います。2004年度大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞、日本推理作家協会賞受賞作です。

 君たちに明日はないは、第18回山本周五郎賞受賞作。リストラの現場をリストラ請負会社の面接官を主人公にして描いた作品です。5編の短編からなる連作小説集です。リストラは、現実は非常に悲惨なものがあり、リストラされる側を主人公にすると、妙に湿っぽくなったり、或いは荒っぽくなりそうですが、リストラ請負会社の面接官を主人公にすることにより、第三者的視点で見せ、現場を悲惨には描きません。これもまた、垣根のラテン的体質のなせる業ではないか、と思っています。

 サウタージは、『ヒートアイランド』『ギャングスター・レッスン』に続く「アキ」シリーズ第3作。このシリーズは元々渋谷のストリート・ギャング「アキ」が、柿沢、桃井、という表に出せない金を専門に狙う二人と組んで泥棒稼業にいそしむのかと思うと、第三作では、日系ブラジル人の関根が「ヤマ」を持ち込みます。ワイルド・ソウルのための取材成果を盛り込み、ラテンな雰囲気が濃厚です。特に、コロンビア出身の娼婦D.Dのやりたい放題が、いかにもラテン的でいいです。

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笠原良三の3冊 

1.サラリーマン出世太閤記
2.
サラリーマン忠臣蔵
3.
社長太平記

 小説家「笠原良三」の名前を知っている人はごく僅かであろう。しかし、脚本家「笠原良三」であれば、日本の高度成長時代に青年期をおくり、邦画ファンだった人であれば、思い出す人も多いだろう。そう、60年代の東宝のドル箱シリーズだった「社長シリーズ」のメインの脚本家が笠原良三である。シリーズは1956年の「へそくり社長」から始まり、1971年の「昭和ひとけた社長対ふたけた社員/月月火水木金金」までの40作、それにサラリーマン出世太閤記シリーズの5作の45作中40作を笠原が脚本を書いている。笠原は、脚本ばかりではなく、自作の映画脚本のいくつかを小説にリライトしており、その代表作3作を挙げる。

 サラリーマン出世太閤記は、小林桂樹が主人公の木下秀吉、加藤大介が社長の左右田一を演じた映画のリライト。大学の応援団長だった木下秀吉は、故郷の大先輩左右田一の立身出世話に感動し、左右田の創業した自動車会社に就職、持ち前のバイタリティとがんばりで、どんどん仕事を成功させ、課長、部長と出世していく青春明朗小説。

 サラリーマン忠臣蔵は、忠臣蔵のお話を1960年代の会社に当てはめたコメディ。丸菱コンツェルンがアメリカから経済使節団を招聘し、その接待をめぐってコンツェルン内部で赤穂産業社長浅野貞巳と丸菱銀行頭取吉良剛之介が対立。浅野が謹慎処分になり、自動車事故で急死。専務大石良雄ら社長を慕う47人が大石商事を設立、資金繰りに苦しみながらも社業を発展させ、12月14日の株主総会で吉良を退任に追い込む、というお話。忠臣蔵の有名なエピソードは全て網羅してある。

 社長太平記は、社長シリーズの代表作のリライト。下着メーカー錨商事の社長、専務、総務部長らがおりなす喜劇。先日BS2でこの映画が上映され、ようやく見ることが出来た。当然といえば当然だが、映画の内容と小説の内容が一致していて面白かった。

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加納一朗の3冊 

1.透明少年
2.
生殖センターの殺人
3.
ホック氏の異郷の冒険

 加納一朗は、推理ゲームとジュニア小説で私の印象に強く残っている作家です。1928年東京生まれ。同人誌「宇宙塵」に参加してSFを書き始め、1960年、SF『錆び付いた機械』を「宝石」に発表してデビューしました。作品は、本格推理、SF、サスペンス小説、ジュニア小説(これも推理系とSF系とがあります)等があり、「スーパージェッター」など、テレビ黎明期のSFアニメの脚本家としても活躍しました。私が今でも印象深く思っているのは、朝日ソノラマ文庫の「荒馬・是馬」シリーズ。これは、ミステリータッチのユーモアSFシリーズで、28作発表されました。このシリーズの代表作は、初期の「イチコロ島SOS」や「死体がゆっくりやってくる」でしょうか。

 しかし、このシリーズはキャラクターが私の好みではないことと後半に行くにつれてマンネリ化していったことから選びません。代わりに選んだのは透明少年です。空腹のあまり、いろいろな調味料をごちゃ混ぜにして舐めてみたのが、透明人間誕生の経緯という滅茶苦茶の設定ですが、作品のギャグの入れ方といい、スラップスティックな味わいといい、いかにも1970年代の少年SF小説で、楽しめます。

 最初にジュニア小説を取り上げたことから、第2位は大人向けのSFにします。生殖センターの殺人。この作品は純粋なSFというよりは、SF的味付けをしたミステリーといった方がよいでしょう。最終核戦争後の地球が舞台。一時は70億人もいた人間が5万人ほどに減って、その中でも生殖能力のある人間は更に少ない。生殖能力のある人間は、「生殖者」と呼ばれ、特別待遇を受けていた。ところが、厳重に管理され密室状態だった「生殖センター」の中で、受胎能力優秀な一組の男女が刺殺されていた。その殺人事件の解決はミステリータッチで進むのですが、その動機はSFでなければありえない。そこが加納一朗らしいところです。

 最後は世間的な加納の代表作であるホック氏の異郷の冒険を選びましょう。1984年第37回 日本推理作家協会賞 長編賞 受賞作品です。この作品はシャーロック・ホームズ・シリーズのパスティーシュな訳ですが、本格推理小説としても傑作です。明治の不平等条約時代を背景に、舞台は鹿鳴館改め華族会館、登場するの陸奥宗光、そこで起こる機密文書の紛失(漏洩)事件。その解決を依頼されたのが、サミュエル・ホックというイギリス人と日本人医師の榎元信。細かい論理の積み上げによる作品ですが、もう一つ楽しむべきは言うまでもなくシャーロック・ホームズをどのように作品に取り入れているかです。シャーロッキアンならばにやりとすること請け合いです。

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加納朋子の3冊 

1.ささらさや
2.
螺旋階段のアリス
3.
ガラスの麒麟

 加納朋子は、女性版「北村薫」的言いかたをされます。確かに「日常のなぞ」の取り扱い方など、北村作品と類似している所も多いのですが、それでも北村のテイストと加納のテイストは異なります。北村は徹底してロジカルであり、加納は北村と比較するとはるかにファンタジックです。加納の作品はある意味少女趣味であり、少女趣味を排した北村の作品とは異なると思います。

 そう思うと、北村へのオマージュとして書かれた「ななつのこ」を選ぶより、ささらさやのようなファンタジック・ミステリーにこそ、加納の最良の面が出ているように思うのです。ささらさやは、妻の「サヤ」、息子の「ユウスケ」そして、「俺」の三人家族で、「俺」が事故死することから始まります。「俺」は成仏することなく、現世から来世に向かうトランジット・パッセンジャーとして、「サヤ」と「ユウスケ」を見守ります。夫を失ったサヤは、「佐々良」という田舎町に引越して、そこで新たな生活を築こうとします。しかし、そこで起る小さな困難。トランジット・パッセンジャーとなった「俺」は、どのようにして「サヤ」と「ユウスケ」を見守って行くのでしょう。しみじみとした情感がとても素敵です。

 螺旋階段のアリスは、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」と「鏡の国のアリス」が背景にある作品です。探偵役がアリスと一字違いの市村安梨沙。見た目は10代の美少女探偵です。ワトソン役が、仁木順平。そして、お話の内容が、あるいは、依頼者や犯人がアリスシリーズの登場人物と関係します。「不思議の国のアリス」をモチーフにする所が、最近の文学少女上がりの作家らしくて愉快です。

 ガラスの麒麟は、加納朋子らしからぬ作品ですが、別の言い方をすれば、加納朋子にしか書けない作品です。加納らしからぬと申し上げるのは、「人間の悪意」を正面から取り上げていること、彼女にしか書けないというのは、女子高校生と若い女教師たちの心理描写です。美人ではあるけれども、人を寄せつけない不安定さのある女子高生が通り魔に殺害されます。その犯人探しが全体のモチーフですが、そこに至るまでの被害者と探偵役の神野先生をどう描いて行くのかが見所です。表題作の「ガラスの麒麟」を書いた時は、短編のリドル・ストーリーだったと思いますが、色々な雑誌に後編を書きつづけ、結局長編小説として纏りました。

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香納諒一の3冊 

1.夜空のむこう
2.
あの夏、風の街に消えた
3.
梟の拳

 香納諒一の作品を10冊以上読んでいるはずなのに、比較的印象の薄い方です。1990年にデビューして、当初はハードボイルド作家あるいは冒険小説作家として売り出しました。彼のハードボイルドは詰まらないわけではないのですが、どこか類型的で、例えば真保裕一と比較すると、味わいの薄さは決定的です。しかし、彼には独特のユーモアがあって、ストレートではない作品にこそ彼のよさが出ているように思います。

 最初にあげる作品は夜空のむこうです。新宿2丁目に構えた弱小編集プロダクション・オフィスSOに働く編集者群像の、「普通の」青春小説です。香納は編集者経験のある方だそうですが、かつての自分の編集者体験を懐かしんで書いた作品ではないでしょうか。取材するはずのカリスマ美容師が失踪したり大物作家に悩まされたり、と決して楽ではない編集者稼業ですが、みなひたむきに助け合いながら仕事を進める姿、前向きで素敵です。これぞ正しい青春小説です。

 あの夏、風の街に消えたは、ミステリーですが、一風風変わりな作品です。舞台は都庁が出来る少し前の新宿です。京都の大学生、師井巌は、父親が詐欺で訴えられたため、西新宿は十二社通りの角筈ホテルでひと夏を過ごすことになります。そこで出会う人々との交流。天安門事件、バブル、地上げだの、1990年の新宿ならではの背景も出てきて、そこで、主人公の巌は、人生の厳しさはかなさを知りながら大人になって行きます。その意味では、夜空のむこうと同様、一種の青春小説です。しかし、この作品の真の味わいは、まだ開発が進む前の新宿の雰囲気を感じられるところにあるのかもしれません。

 最初の2作品が変化球的作品だったので、最後はストレートなハードボイルドにします。香納諒一のハードボイルドの代表作といえば「幻の女」ということになっているのですが、梟の拳は、「幻の女」を上回る傑作ではないかしら。主人公の桐山拓郎は元プロボクサー。網膜剥離で視界を奪われ、チャリティーショーへの出演したり、講演活動を行って生活をしています。桐山がチャリティーショーの会場で男の死体を発見するところが事件の発端。桐山が事件を追い始めると、いろいろな人たちが桐山と妻の和子の廻りに現れ、誰が味方で誰が敵か分からぬ状態に入り、否が応でも緊張感が高まります。事件の裏が見えてくると、桐山の出生の秘密が関係してくるなど、ストーリー展開と登場人物の設定とが密接に絡んでしっかりと構築されており、味わい深い作品に仕上がっています。

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勝目梓の3冊

1.小説家
2.
老醜の記
3.
獣たちの熱い眠り

 勝目梓の作品は、1970年代末から1980年代にかけて、要するに私の大学生時代から20代全般によく読みました。当時のキャッチフレーズは「バイオレンス・ポルノ」。濃厚な官能表現と、激しい暴力シーンはこの作家独特のものがあります。まただまされたてどん底に落ちた主人公が復讐するストーリーは一種のカタルシスがあり、同工異曲でありながらも、新刊(但し文庫本)が出ると読む、という時期が長く続いたとおもいます。

 しかし、ある時期から全く読まなくなりました。流石にその同工異曲ぶりに飽きたのでしょう。ところが20年ぶりに勝目の作品を読み、この作家が元々純文学を志向した破滅型作家であることを思い出しました。それを思い出させたのが小説家です。これは勝目の自伝的小説ですが、女にだらしない男の行き当たりばったりの人生と文学に対する思いと自らの才能の不足を思い知る、挫折の小説でもあります。しかしがら、純文学だけが文学ではなく、勝目のフィールドとなった大衆小説も重要な文学でしょう。純文学作家としては才能がなかったのでしょうが、月産1000枚という量産能力も作家の重要な能力で、読み物フィールドでは忘れることのできないひとりです。

 老醜の記もまた、勝目の私小説的作品です。日本文学の伝統に則った私小説らしい私小説と申し上げてよいと思います。還暦を前にした作家片山(即ち勝目ですね)は21歳の銀座のホステス千穂子と出会います。片山と千穂子とは男女の仲となります。片山は自分が年老いていけば千穂子が自分から離れていくと思っており、千穂子は流行作家の片山と結婚して、安定を得たいと思っています。これから人生を生きていく女と、先が見えている男の落差。埋まることのない絶対的な時間距離。そこにせつなさが生まれます。片山が70代に入り性愛がお互いの関係から除かれていくとき、二人のいたわりあいが見事です。

 このような純文学的私小説も面白いですが、読み物作家としての勝目を語るとき、ハードバイオレンス・ポルノは欠かせません。何でもよいのですが、初期のベストセラーで、彼を流行作家に押し上げた獣たちの熱い眠りを3冊目にとり上げましょう。プロテニスの花形プレーヤーが主人公。一夜の情事を種に脅迫され、選手資格は停止。3000万円を脅迫。自分を陥れた恐喝組織に対して戦いを挑み復讐する。どん底に落とされた主人公が悪の組織に暴力をもって復讐するという、勝目の基本スタイルがよく示されています。

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川上健一の3冊

1.翼はいつまでも
2.
渾身
3.
地図にない国

 1949年生まれ。デビューが1977年と比較的早かったのですが、その後は鳴かず飛ばず。注目されたのは、翼はいつまでもが、『本の雑誌』ベストテン入りし、更に坪田譲治文学賞を受賞してからでしょう。私も積極的に読むようになって数年の方です。しかし、この方は魅力的な方です。

 特に作家としての復活の決め手になった翼はいつまでもは、青春小説です。更に付け加えるならば、少年が成長していく成長小説です。私のような小父さんが読めば、ノスタルジックな感情が湧き上がる作品。ストーリーはありふれたもの、と申し上げて良いのでしょう。でも1960年代の子供の感じる周囲の大人の理不尽さ、とビートルズ。勿論ビートルズは既成の価値観に対するアンチテーゼの象徴です。ごく普通の中学生である主人公の神山君対する、才能のあふれた斉藤さんのキャラクターを作り上げたことがこの作品の成功の秘訣なのでしょうね。

 川上健一は、一方でスポーツを題材にする作家だったというイメージがあります。そのスポーツ小説で、勝負だけをとことん追究して書き込んで行ったのが渾身です。舞台は、島根県隠岐。隠岐島に現在も伝わる隠岐古典相撲を題材に家族や地域との絆を描いた物語です。というと、相撲は素材のようですが、作品の半分のページは横綱戦の経過です。ほんの数分で終わる勝負をここまで綿密に書き込んだ作家に、経緯を表します。

 この2作を挙げるともう一作の選考は結構難しい。「四月になれば彼女は」も素敵な作品ですが、青春小説としての出来は、翼はいつまでもには遠く及ばないと思います。スポーツ小説もいろいろあるのですが、渾身を越える作品はないように思います。そこで、毛色の変わった地図にない国を3冊目に選びましょう。

 タイトルの地図にない国とは、スペインのバスク地方。舞台は、バスク地方の町パンプローナで行われるサン・フェルミンの祭り(牛追い祭り)です。このお祭りを見に来たデッドボールで怪我し復帰を逡巡しているプロ野球選手・三本木慎が、お祭りの牛追い(エンシェロ)を街の男たちと一緒に走る。ヘミングウェイの「陽はまた昇る」のオマージュ的作品です。

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かんべむさしの3冊 

1.急がば渦巻き
2.
泡噺とことん笑都
3.
すっとび晶子の大跳躍

 かんべむさしは、1948年生まれの団塊の世代のSF作家です。私が学生だった1970年代終わりから1980年代にかけて精力的にいろいろな作品を発表していました。日本のSF史で見れば、星新一や小松左京の第一世代、光瀬龍や筒井康隆の第二世代に続く第三世代の作家で、1980年代当時は、才気はありましたが、先達との違いをどのように表現するのか苦労されている、というイメージがありました。そこで得た彼の特徴は落語に学んだ語り口と口調でした。その立て板に水のような流れに、私は好感を持ったものです。しかし、その後の活躍は停滞していると申し上げて仕方がないでしょう。しかしながら、たまに発表される作品はなかなか素晴らしいものがあります。そこで、選んだ3冊は、比較的最近の2冊と流行作家時代の1冊にしました。

 急がば渦巻きは、要するに薀蓄小説です。薀蓄小説といえば、清水義範が有名ですが、かんべの取り扱ったのは「蚊取り線香」。このレトロな雰囲気が好いではありませんか。大手自動車メーカーの販促部員のサラリーマン香取慎一は、くそ真面目で融通がきかず、主任にいびられ続け悶々とした日々を送っています。それを見かねた同僚のOLが、他課の課長を紹介してくれました。彼は、性格の改造計画として,蚊取り線香の収集と研究を求められます。そこからは蚊取り線香を切り口としたルポルタージュです。ハチャメチャなところはなく、SFでもないけれども、かんべの語り口の上手さがよく出ているところと、読後感が爽快で彼の著作のナンバーワンだと思います。

 泡噺とことん笑都は、雑誌「世界」に連載された「烈火の哄笑」の改題で1998年に出版されました。かんべ作品は「落語」の語り口による戯画化というのが一つの特徴ですが、その部分をきっちり示したところが面白いと思います。主人公が東京から転勤した団塊世代のサラリーマンとし、彼に対する関西文化の導師役に上方落語家を配置してある点が特徴的です。舞台は、バブルの絶頂期に大阪の過密住宅地域で起こったマンション建設反対運動です。勿論建設業者はえげつなく、住民側も一筋縄ではいきません。インテリ落語家、全共闘崩れの理屈屋、色ぼけの主婦、建前ばかりの教育者、欲得ずくの商売人が織り成すドタバタ劇ですが、登場人物の大阪人気質がいかにも面白いと思います。

 すっとび晶子の大跳躍は、かんべむさしが流行作家時代の代表作の一つです。彼の一つの特徴にホラ話的SFがあるのですが、ホラ話的内容の盛り上がり方と、そのハチャメチャぶりがストレートに楽しいのがこの作品と申し上げてよいでしょう。船乗りの叔父さんが大切にしていた天下の秘宝「エジプトぱんつ」が盗まれた、という導入部から、犯人の怪人バッタマンを追って世界中、果ては宇宙までドンドン跳んでいくOL、本当に楽しいです。

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北方謙三の3冊 

1.
2.
友よ静かに瞑れ
3.
眠りなき夜

 はっきり言ってしまえば、知らなくて良かった作家です。それでも一時期耽溺致しました。歴史ものは1冊も読んでいないのですが、現代もののハードボイルドは60-70冊は読んでいる筈です。とにかく図書館の書棚にある現代物を全部読み、自分でも相当数文庫本を買っております。それだけ愛読出来たのは、勿論作品に魅力があるからなのですが、その魅力はマンネリの魅力のように思うのです。私はある時期より、北方作品を全く読まなくなりました。そして、今彼のベスト3を選ぼうと、かつて読んだ作品を思い出すと、これといって浮かびあがってくる作品がないのです。

 結果として挙げたのが上の三作ですが、どれも昭和五十年代後半にかかれた彼の初期の作品です。初期の作品だけあって、粗っぽい所もあるのですが、登り調子の勢いがどの作品にもあって、後年の作品よりも魅力的です。の主人公の元やくざ滝野の野獣の血。そして、その後様々な作品に登場する「老いぼれ犬」高樹警部。温泉町で親友を助ける友よ静かに瞑れの主人公、船医の「私」。眠りなき夜小林で共同経営者を殺され、自らを容疑者としてつけ狙われる弁護士・谷。

 この主人公たちのヒロイックでストイックな行動は、いかにもハードボイルドの主人公です。

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北村 薫の3冊

1.スキップ
2.
空飛ぶ馬
3.
盤上の敵

 本名宮本和男。1949年12月埼玉県生まれ。早稲田大学第一文学部日本文学科卒業。在学中はミステリ・クラブに所属。卒業後は高校で教鞭をとる。この経歴が諸作に反映していることはいうまでもない。ミステリー作家であるが、ミステリーの読み手としても卓越した才能を誇る。主要作品として、上記3作のほかに「夜の蝉」、「秋の花」、「六の宮の姫君」、「朝霧」、「冬のオペラ」、「ターン」、「水に眠る」、「覆面作家は二人いる」など。

 北村さんの作品で私が一番好きなのがスキップ。本当の意味で良質な青春小説です。この作品の魅力は、主人公一ノ瀬真理子あるいは桜木真理子の極端な環境の変化に対しても失われることのない若やいだ感性と、軽やかな足取りです。お話は、学校祭の準備疲れて昼寝していた17歳の高校2年生一ノ瀬真理子が、目が覚めたら25年後の自分、42歳の高校教師桜木真理子になっていた、というところから始まります。自分の知らないところで、肉体が変化し、夫と17歳の娘がいる女性になってしまうという、苛酷な環境の変化。科学技術は進歩し、生活自体が大きく変化する。その仲で、新たな生活に順応し、中身は17歳のままなのに、高校教師として生活していく。時の不思議と「若さ」の本質を考えさせられる小説です。

 空飛ぶ馬は、著者の第一作品集。内容は、上品で知的かつユーモアにあふれるというものです。探偵役の春桜亭円紫はインテリタイプの落語家で、落語にも現実の世間の人情にも通じている中年紳士。語り役の女子大生は元々の円紫ファンで、大学の先輩である円紫を教授の紹介で知遇を得ます。彼女が見聞きしてきた日常の、注意しないと直ぐ忘れてしまいそうな奇妙な謎を、例えば、喫茶店に来た三人の女の子が競って自分たちの紅茶に何杯も砂糖を入れたか、を円紫は鋭い洞察力で解き明かします。語り手の女子大生の言動にリアリティがあること、また、北村さんは覆面作家としてデビューしたことから、女流作家と間違われた、という話も無理ないとも思います。しかし、空飛ぶ馬は本格推理小説です。それも、推理の面白さを、ただそれだけを追求しているという意味で、典型的なパズルです。しかし、一方において、主人公が成長していく教養小説でもあります。「夜の蝉」、「秋の花」、「六の宮の姫君」、「朝霧」と連作を読んで行くと、女子大生の成長がよく描かれているのが分かります。

 盤上の敵は、1999年の新作。北村さんは自分で禁じ手を沢山持っている作家です。自分で決めた禁じ手を使わずにどの様に面白いミステリーを書くかという点で苦心をされているようです。盤上の敵は、これまで禁じ手にしていた(ただチャンスがなくて書かなかっただけかもしれませんが)誘拐・殺人が事件として起きます。すなわち殺人犯が、(これが黒のキングです)が、テレビディレクターとその妻(これが白のキングとクイーンです)の住む家に押し入り、妻を人質にとって立て篭ります。この白と黒との戦いを北村さんはチェスに見たてて書きます。事件の詳細とどのような解決がつくのかは、読んでのお楽しみ、といたしましょう。

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北 杜夫の3冊

1.さびしい王様
2.
高みの見物
3.
奇病連盟

 北杜夫の一番の傑作は、「楡家の人びと」。これは、疑う所がないですね。「楡家」は、北杜夫の随一の傑作というだけではなく、日本近代文学130年あまりの歴史の中でも屈指の傑作だと思います。あと、北杜夫には「どくとるマンボウ」シリーズがある。「どくとるマンボウ航海記」と「どくとるマンボウ青春記は」傑作です。近年の「茂吉四部作」も傑作評伝ですし、その辺からベスト3を選ぶのが常道でしょう。しかし、私はそうしない。一つは、自分の中高生時代に一番好きだった作家で、当時手当たり次第読んで、全集まで買った者としては、その頃の感覚でベスト3を選びたいという気持ちがあります。また、ここで取上げるのは、「文学」ではなく、読物ですから。

 北杜夫の略歴を簡単にまとめますと、1927年東京生、旧制松本高校から東北大学医学部卒。斎藤茂吉の次男で本名は斎藤宗吉。54年「幽霊」を自費出版して実質的にデビュー。受賞歴は60年「夜と霧の隅で」で芥川賞、64年「楡家の人びと」で毎日出版文化賞、「輝ける碧き空の下で」で日本文学大賞、99年斎藤茂吉の評伝4部作にて大佛次郎賞など。

 彼の文学の特性にユーモアがありますが、そのユーモアは、東京は山の手の文化人の家に育ったものの品の良さがあり、そこに私は惹かれました。その味わいの一番よく現れているのがさびしい王様であると私は思っています。「十歳から百歳までの子供のための童話」というキャッチフレーズで書かれた作品ですが、6つの前書きと6つのあとがき、そして、中書きまであるという変テコな構成、しかし、それよりも登場人物の奇天烈さがまた愉快です。ストンコロリーン28世という奇妙な名前の幼い王様が主人公で、基本はファンタジーなのでしょうが、結構現実的な所もあり、あくまでも大人向けの作品だと思います。突拍子もない設定や馬鹿馬鹿しいユーモアなど、北杜夫の「笑い」の特徴が最も良く含まれており、それゆえ彼のナンバー1とする訳です。蛇足ながら、続編に「さびしい乞食」、「さびしい姫君」があります。

 高みの見物は、昭和39年4月から10月にかけて、地方新聞4紙に連載された新聞小説です。北杜夫が書いた最初の新聞小説で、彼自身は失敗作と認めている作品ですが、そんなに悪くない。ゴキブリを主人公にしてまわりの世界の様子を語らせる、という設定は、漱石の「吾輩は猫である」のパロディのようですが、北杜夫自身は、そんな事を考えて書いたわけではないと言っています。ゴキブリが、南洋漁業調査船に潜んで旅するうちに、怠け者の船医に興味を覚え、帰国する彼についてゆくことにした、という設定は、裏「どくとるマンボウ航海記」のようですが、創作に徹したが故に、ホラ話的ユーモアに満ちており、初期の傑作の一つだと思います。

 奇病連盟もまた新聞小説で、作者をして、「失敗作」と認めている作品です。北杜夫曰く「発想は面白いのだが、連載期間も限られ、中途半端なもの」に終ったからだそうです。でも「四歩行くたびに飛び上がるという奇病を持っていた独身サラリーマン」を主人公にしたこの作品は、最後は無理やりにまとめたという部分があるのかも知れませんが、これまた北杜夫的突拍子もないユーモアに満ち溢れており、私は大好きです。なお、主人公の武平のモデルが宮脇俊三であるという噂があるそうですが、その真偽は知りません。

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城戸 禮の3冊

1.無鉄砲三四郎
2.
痛快三四郎・げんこつ市長伝
3.
抜き撃ち三四郎

 城戸禮は、現在では完全に忘れ去られた作家ですから、その略歴から紹介しましょう。1909年11月26日生まれ、1995年8月11日没。作家デビューは第二次世界大戦前ですが、本格的に活躍したのは、貸本時代のことだと言われています。貸本時代とは、昭和30年代前半がピークで、最盛期には全国に2万とも3万とも言われる貸し本屋さんが軒を並べていたらしい。実は私は本物を見たことがありません。私が物心ついた昭和40年代には、テレビの普及によりすっかり衰退しておりました。

 城戸は、貸本屋向けの読み捨て小説を量産していた作家の一人で、主たる顧客層である非学生ティーンエイジャー向けに痛快アクション小説を書いていました。作家生活70年間に400冊以上の作品があり、私がこの作家のことを知った昭和40年代後半では、ほとんど春陽文庫でのみ読める作家でした。

 彼の作品はほとんどが同工異曲。主人公の名前が竜崎三四郎で、その竜崎があるときは大学生、あるときは刑事、あるときは流れ者、あるときは新聞記者として登場します。しかし特徴はほぼ一緒。身長が5尺8寸、大層な二枚目で、女性に大もて、でも自分は女嫌いで、若い女性が寄ってくると逃げ出してしまいますが、柔道がめっぽう強く、悪人たちと対峙すると徹底的に強くなる、というもの。このようなスーパーヒーロー的キャラクターは、日常の厳しい生活に疲れていた当時の若者にとって、明日への希望を得るための大きな力になったと思います。

 なお、私が読んだ春陽堂文庫版では、主人公の名前は全て竜崎三四郎ですが、これは、出版元の意向でそうしたらしく、貸本時代はいくつかの主人公の名前を使い分けていたようです。

 ここであげた3冊は同工異曲の彼の作品の中でも特に面白いもの。無鉄砲三四郎は、大学野球の名投手・竜崎三四郎が活躍するもの。捕手の名前が伴大六です。伴大六は、多くの作品では、三四郎の腰ぎんちゃくで小ずるい小男に描かれることが多いのですが、この作品では、三四郎に対抗するいい男に描かれています。

 痛快三四郎・げんこつ市長伝は、奥さんに逃げられて病気の子供をつれた三四郎が、田舎町に流れてきて、ちょっとしたことから町に巣食う悪と対決し、市長にまでなってしまうという内容。三四郎と言えば、スーパーヒーローなのですが、この作品では、随分人間くさいところがあって、なかなかの佳作。

 抜き撃ち三四郎は、日活アクション映画・赤木圭一郎主演の「拳銃無頼帖 抜き射ちの竜」の原作。典型的なアクションもの、ということで入れました。

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黒川博行の3冊

1.文福茶釜
2.
疫病神
3.
麻雀放蕩記

 黒川博行といえば、大阪とギャンブルでしょう。あの大阪弁の味わいと麻雀で痛い目を見つづけてこなければ、あういう作品は書けないのではという気がします。私は決して大阪的なものを好むものではないのですが、あそこまでこてこてにやられると、たまには読みたくなります。彼は、そういう作家です。ベスト3に入れませんでしたが、私個人的に非常に気に入っているのが「よめはんの人類学」というエッセイ集。自分の「よめはん」を魚にして、結局自分のギャンブル好きを吐露しているだけ、という気もしますが、抱腹絶倒の作品です。実際に選んだ3作品は、どれも異なった題材を取り扱っているのですが、大阪近郊が舞台、主人公が小悪党、という点でテイストが似ています。そこが面白いところです。

 文福茶釜は、美術・骨董の偽物をテーマにした、一種のコン・ゲームの連作短編集。扱っている骨董が「山居静観」「宗林寂秋」「永遠縹渺」「文福茶釜」「色絵祥瑞」でそれぞれが一短編。どれも欲の皮がつっぱった骨董業者たちのドロドロとした関係を描いていて、決して後味のよい読後感ではないのですが、一方、それが真実なのだろうな、という気も致します。彼らにとって、骨董品とは要するにお金であって、美術ではないのでしょう。登場人物たちの関西弁でのやり取りがまた面白いです。

 疫病神は、「産業廃棄物処理場」を巡るトラブルを描いた作品です。現実の産業廃棄物処理場も色々問題が聞こえて来ますが、黒川博行がしょぼくれた主人公で事件を描くと、これが現実なのかな、というリアリティがあります。経営コンサルタント・二宮啓介が産業廃棄物処理場をめぐるトラブルに巻き込まれます。依頼人の失踪、遠慮無く襲う暴力。事件を追う中で見えてきたのは、数十億もの利権に群がる政治家、暴力団、建設会社などの金の亡者達。決して軽い内容ではないのですが、関西弁のとぼけた味わいと主人公のしょぼくれ具合が、作品の味わいをユーモラスなものにしていると思います。

 麻雀放蕩記は、阿佐田哲也の「麻雀放浪記」のオマージュとして書かれた短編集だそうです。私も学生時代から社会人なり立ての頃随分麻雀をやりましたが、あまり熱くならない。大負けもしない代りに大きく勝つこともない。だからちっとも上達しない。そういう人間がこの作品に出てくるような人達を見ると、小説を読むことで世界が広がるということは、本当に結構なことだと思います。

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黒木亮の3冊

1.冬の喝采
2.
貸し込み
3.
巨大投資銀行

 私の経済小説遍歴は、城山三郎(ただしあまり読んでいない)に始まって、高杉良、幸田真音そして黒木亮に続きます。黒木の作品を初めて読んだのは『アジアの隼』だったと思いますが、小説としての味わいは今ひとつながら、ディテイルの細やかな表現が国際金融舞台を現実に見てきた作家らしいリアリティを感じることが出来、良かったと思いました。黒木の特徴は、データや経験を元にディテイルを忽せにしない内容にあるようです。その典型が自伝的小説というよりも、ほぼノンフィクションの冬の喝采です。

 黒木亮のプロフィールは、冬の喝采が出版されるまで、1957年生まれ。北海道出身。早稲田大学法学部卒業。都市銀行に入行。都銀ロンドン支店から証券会社、総合商社英国現地法人プロジェクト金融部長を経て作家。と書かれるのが普通でした。今後もその枠組みは変わらないのでしょうが、中学生から大学まで長距離走をやり、早稲田大学では競走部に所属し、箱根駅伝に瀬古と共に出場した、ということはほとんど知られていなかったと思います。この作品は、「箱根駅伝」を書いた小説といった宣伝で書かれることもあるようですが、陸上の好きだったけれども怪我の多かった中学生がどのように走りにのめりこんでいったのか、というところを日記に基づいて書かれた作品で、事実に基づいた冷静な筆致が見事です。

 貸し込みは、黒木が勤めていた三和銀行が、脳梗塞で痴呆状態になった資産家に対して24億円不正融資した事件をモデルにした小説。主人公の右近はモデルが黒木亮であるそうな。この作品も黒木の体験が元になっているが、その体験その他のディテイルが素晴らしい。基本的に裁判のやり取りが物語の主軸になるのだけれども、準備書面のやり取りなど経験者でなければ分らないところを良く書き込んであって、面白いと思いました。また、現実の民事裁判はどちらに転ぶか分らない、という特徴が良く示されており、その点も意味ある作品です。

 もう1冊は『から売り屋』も捨てがたいと思ったのですが、やはり、巨大投資銀行にします。アメリカの投資銀行が巨大化していくのは1980年ころかららしいのですが、その巨大化していく過程に、旧態依然とした邦銀を飛び出してウォール街の投資銀行に身を投じた桂木圭一のインベスティメントバンカーとしての成長が描かれます。この作品の魅力は、桂木の成長よりも、一般にはよく知られていない投資銀行業務をガラス張りにしたことにあるのかもしれません。

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小泉喜美子の3冊

1.弁護側の証人
2.
殺人はお好き
3.
血の季節

 小泉喜美子が事故死したのが1985年のことですから、もう20年以上も前になります。1959年生島治郎と結婚し、1963年に弁護側の証人でデビューするも、生島の意向で断筆、主婦業を続けていましたが、1972年生島治郎と離婚して作家業に復活。ハードボイルドを愛する女流作家として活躍しました。私が彼女の作品を精力的に読んだのは1970年代後半と80年代前半ですが、私の書架を見ると持っているのは10冊に満たない。今調べてみると、出版された作品は、短編やエッセイまで含めて20冊程度。長編小説は5冊しか書いていないそうです。それにもかかわらず印象深く覚えているのは、珠玉の作品が多いということかも知れません。

 そのなかでまず第一に推すべきは弁護側の証人でしょう。1958年ビリー・ワイルダー監督の映画「情婦」が日本で公開されましたが、この原作はクリスティの「検事側の証人」でした。日本の配給会社は、このタイトルでは「犯人が割れてしまう」と考えて、「情婦」にした、といいます。この映画を見た杉山喜美子は、何と低俗な題だろう。私はこの原題でも犯人が割れないミステリーを書いてやろう、と考えて弁護側の証人を書いたといわれます。このシンデレラを下敷きにしたセンスの良いミステリーは、1963年の日本では理解されませんでした。それもあって、小泉は専業主婦になったのですが、大変惜しいことをしたと思います。

 殺人はお好きは、1962年8月から翌年1月にかけて「交通新聞」に連載された、ライト・ユーモア・ハードボイルドです。「交通新聞」は、日本国有鉄道の機関紙で、当時主婦だった小泉が、家計の足しにと思って書かれた、といわれます。昭和30年代後半の新幹線も走リ始める前の日本を舞台に、ハードボイルド・ミステリーが成立するか、というのはある意味興味があるところですが、小泉の技量は、しっかりハードボイルド足らせています。彼女は、クレイグ・ライスやカーターブラウンの線を狙って書いたと言っていますが、チャンドラーフリークの書いたチャンドラーのパロディ様にも読めます。そこが楽しいです。

 血の季節は、小泉の長編三部作の第三作。長編三部作とはいわずと知れた弁護側の証人、「ダイナマイト円舞曲」、そして血の季節です。この三作は、いずれも西洋のロマン「シンデレラ」、「青髭」、「ドラキュラ」伝説を下敷きにしたミステリーですが、どの作品のこれらのモチーフを完全に消化して、小泉文学としているところが上手いです。素直で読みやすい文章ながら、作品の構成が巧みなので、幻想的ミステリーとして味わい深い作品になっていると思います。

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幸田真音の3冊

1.藍色のベンチャー
2.
日本国債
3.
凛冽の宙

 私は経済小説が好きなので、幸田真音の作品を相当数読んでいます。決してきらいな作家ではありません。しかし、彼女の作品は薄味だな、と思います。作家になる前は外資系の証券会社でトレーダーをやられていた、という経歴だけあって、リアリティに富んだ作品を発表されているわけですが、小説としての味わいの深さという観点からは、決して特徴的な作家ではなく、相当に類型的です。

 今後の幸田作品に期待するのは、現実を背景にした経済小説ではなく、もっと普遍的な経済小説でしょう。そういう方向の一つの例として藍色のベンチャーが挙げられます。彼女の最初の経済時代小説です。焼き物の魅力に取りつかれ、湖東焼という新しい焼き物を完成させた近江商人・絹屋半兵衛の生涯を描いています。この湖東焼は当時の彦根藩に召し上げられ、藩窯となるのですが、その生命は短かったようです。幕末の井伊家の様子などもあわせて書かれて、面白い視点の作品だと思います。

 日本国債は、幸田の名前を知らしめた出世作。確かに日本の財政を語る上で、国債問題は避けて通ることはできません。そして、その問題が大きな問題であることは、10年以上前から言われていたことです。その問題をトレーダーを主人公として分りやすく解説して見せたこの作品は、よみもの作品は時代を背景にして成立する、と考えれば、書かれて当然の作品だったのでしょう。ただ、この作品は時代背景を抜きにすれば、作品として十分な魅力があるとは言いがたい。そこがこのような作品の難しいところなのでしょう。

 もう一冊をどうするか、「日銀券」や「代行返上」、「タックス・シェルター」、「傷」などいろいろな作品があるのですが、はっきり申し上げて、どれも今ひとつです。社会的興味で読ませますが、小説としての面白さはなかなか難しいものがあります。その中で、凛冽の宙をとりましょう。経済小説としては不良債権処理問題を取り上げた作品として知られ、それなりに取材も重ねているようです。小説としての構成や味わいは、他の幸田作品と同様、特別な魅力があるわけではありませんが、二人の男と一人の女というありふれた組み合わせと、経済といえども結局人間の感情が左右している、というところが一寸気に入っています。

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小杉健治の3冊

1.灰の男
2.
父からの手紙
3.
容疑者

 私がここ2〜3年よく読んでいるのが小杉健治です。大きく括ればミステリの作家で、法廷ものを多く書かれています。しかし、推理小説として切れ味の良い作品は余りなく、割と類型的です。彼の真の持ち味は、下町の風俗の描写であり、あるいは市井の人々の人情の描写だと思います。別の言い方をすれば、ヒューマン・ドラマをミステリ仕立てで書くのが彼の特徴です。これは、彼の経歴と無関係ではありません。1947年3月東京・向島生れ、葛飾野高卒。下町の中で育った方のようです。ちなみに一般にいわれる代表作は、第22回オール讀物推理小説新人賞(1983年)を受賞した『原島弁護士の処置』、第41回日本推理作家協会賞(1987年)を受賞した『絆』、第11回吉川英治文学新人賞(1989年)を受賞した『土俵を走る殺意』などのようですが、私がこれまで読んだ彼の作品18冊の中にこの三冊は入っていない。私が読んだ経験のある中でのベスト3は上記です。

 灰の男は、1945年3月10日の東京大空襲の暗部を描いたミステリです。東京大空襲において「何故下町が標的となったのか」、「なぜ空襲警報が遅れたのか」、その他、東京大空襲は、今も明かされていないいくつもの謎を秘めているそうです。小杉は、10万人以上の犠牲者を出した大惨事の「真相」を求めて戦争史の暗部に切りこみます。もちろん、大上段に構えて謎を追究するのではなく、若手落語家の信吉と帝大生の伊吹という二人の青年を軸とする「庶民の生活」を切り口に、戦争がどのようにそれを歪めていったか、という角度で描きます。そして、その影響は平成の現代まで続いていきます。骨太な作品ですが、大きな社会的変動を庶民の目から描く、という意味で、実に小杉健治らしい作品であり、彼の第一の代表作として推すべきものです。

 父からの手紙は、小杉健治のヒューマニストとしての側面がよく出ている、なかなか洒落た佳編です。冒頭ふたつの物語が交互に展開します。ひとつは、殺人罪の服役を終えて出所した秋山圭一が、義姉を探すとともに兄の焼身自殺の真相を追うストーリィ。もうひとつは、婚約者が殺害されるという事件に直面した麻美子が、昔失踪した父親を探すとともに、容疑者とされた弟の無実を晴らすため殺人事件の真相を追う物語です。この二つのお話それぞれは、取りたてて申し上げるほどのものではないのですが、この二つの話が重なるとき、小杉の小説家としての技量が冴えます。清々しい読後感が魅力的です。

 容疑者は、ストーリーテーリングの魅力よりも、登場人物の魅力で買うものです。警察小説ですが、事件の展開よりも登場人物の細々したエピソードが面白い。主人公の刑事・矢尋文吉は、小唄の練習が趣味という変った刑事ですが、その知識が捜査に役立ちます。また、彼の義父は名刑事といわれた人ですが、たかりの金で自分が逮捕した窃盗犯の妻子を援助したりしています。矢尋の相棒である知坂刑事は、妻がありながら、逮捕したヤクザの愛人と関係ができている、といった具合です。このように刑事の性格を描いた作品に、例えば高村薫「マークスの山」がありますが、高村の描写が刑事のエキセントリックな側面を強調したのに対し、小杉の描写は、下町の刑事は下町の人間の特徴を備えていることを強調したい様です。

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小林久三の3冊

1.暗黒告知
2.
皇帝のいない八月
3.
零の戒厳令

 本年(2006年)9月1日、小林久三が亡くなったそうです。享年70。正直申し上げて、こんなに若い方だったのだ、と驚きました。小林が精力的に活動していたのは、1970年代から80年代であって、私が彼の作品を集中的に読んだのは80年代前半でした。そのとき、映画プロデューサーからの転進ということで、もっと年齢が上のように思っていたのかも知れません。実際は1935年茨城県古河市出身、大学卒業後、松竹大船撮影所で助監督として就職、その後プロデューサーになったということで、作家デビューも割と若かったということなのでしょう。

 当時の私の小林のイメージはサスペンス小説作家で、且つ長編作家。今回の選択もそのイメージが基準になっています。最近は歴史ミステリーや短編にもよいものがあるそうなのですが、彼の歴史ものや短編はほとんど読んだことがありません。結果として上記の選択です。

 暗黒告知は、第20回江戸川乱歩賞受賞作。1974年発表で、小林の初期の作品ですが、やはり代表作に違いありません。明治40年の足尾銅山鉱毒事件に題材をとった歴史ミステリーで、彼の特徴である社会正義に対する視点が明確に現れています。凶器に田中正造の杖が使われた密室殺人ということで、歴史的背景と密室殺人という虚構の組み合わせが見事です。元々の民衆と官憲との対立や当時の風俗など書き込まれている内容も豊富で、しかもバランスがよく手堅い作品になっている。小林の第一長編ということで、力のこもった作品に仕上がっていますが、ミステリーとして読む場合、今ひとつ中途半端な感じは否めないと思います。

 皇帝のいない八月は、山本薩夫監督の映画で有名になり、小林の代表作として目されます。ブルートレイン「さくら」の列車ジャック事件という鉄道ミステリーの一つの変形ですが、その列車を乗っ取ったのがクーデターを企てる自衛隊過激派グループということで、政治サスペンス小説ともいえます。映画の「皇帝のいない八月」は非常によく出来たサスペンス映画でしたが、原作も元映画プロデューサーの作品ということもあって、非常に視覚的に明晰な表現で、映画化を意識して執筆したのかな、と思います。

 暗黒告知皇帝のいない八月はよいのですが、もう一冊を何にしようか迷いました。小林久三は基本的に陰謀史観の人で、その原則に各種舞台をあわせていったという気がいます。そうであるなら、スケールの大きい謀略を取り上げた作品がよいのではないかということで、零の戒厳令を選びます。世界的な腕をもつ心臓外科医が拉致誘拐され、一人の男の手術を命じられる。しかし、手術は成功せず患者は死亡する。その死亡した患者はR国の首相に極似している。近未来ポリティカルフィクションとして書かれた作品で、この時代の未来に対する悲観的な見方が透けて見えるところが結構です。

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小林信彦の3冊

1.紳士同盟
2.
僕たちの好きな戦争
3.
オヨヨ島の冒険

 私の読書の仕方は、気になる作家が出来ると、その方の作品を集中して読む。一通り読んでしまったら、あとはほとんど読まなくなる。そういう作家が結構多いのです。勿論例外の方もいるわけですが、あまり多くはありません。その例外の一人が小林信彦です。小林の作品は、1970年代前半にオヨヨ島の冒険を読んで以来、新刊が出版されると大体ほぼ一年以内に読む、という生活をずっと続けています。そういう読者の結論として選んだのが上記3冊です。「唐獅子株式会社」も「世界の喜劇人」も外しましたが、私的にはストレートの速球を投げたつもりです。

 紳士同盟は、コン・ゲーム小説の最高傑作です。日本で書かれた詐欺を取り上げた作品でこの作品以上にセンスのいい作品は私は知りません。コン・ゲーム小説といえば、J・アーチャーの「100万ドルを取り返せ」がまず有名ですが、私は紳士同盟のほうが好きです。せっぱつまった男たちが思い立った詐欺。バカみたいな理由で馘首になった46歳のテレビ・プロデューサーを中心に、タレントに逃げられたプロダクション社長、サラ金に追われる売れないタレント。それに、老詐欺師を父親に持つ女がひとり。莫大な金が必要な彼らは、二億円を手に入れようと、この詐欺師のコーチを受けて、知恵を絞り、トリックを仕掛けて、あの手・この手で金をせしめます。基本的にとてもスマート。コンゲーム・コメディとしては欠かせない読後感の爽やかさが素敵です。

 小林信彦を語る3つのキーワードは、ショービジネス、映画、そして東京でしょう。これらはどれもクロスしていて、一つだけ引き抜いて話すのは難しいと思います。そのベースを純文学的に、というよりも乾いた笑いで描いたのが僕たちの好きな戦争です。ここで小林が描き出したのは、大衆の無責任性・付和雷同性。結局のところ、戦争がいかに愚かなことであろうと、その中に放り込まれれば、それを楽しんでしまう庶民がいる、という現実です。その現実をシニカルに見せたところにこの作品の味わいがあります。小林信彦の世界の集大成と申し上げてよいと思います。

 本質的に小林信彦は、ペシミストです。しかし、そのペシミスティックな視点の中で物語りたいという欲求は、多分ジャズマンのホラ話のような方向に行くのでしょう。このオヨヨ島の冒険は、児童向けの面白い小説を書いてほしいという要求に対して、「いたずら少女の冒険」という題で書いたところ、出版社のこれでは平凡すぎる、との要求に対し、やけでオヨヨ島の冒険としたそうです。子供向き作品ながら、大人(というよりもいろいろな知識を持った人)出なければ分らない小林的悪意のギャグがしっかり仕込まれており、小林の出発点として忘れられない作品だと思います。

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小松左京の3冊

1.エスパイ
2.
復活の日
3.
果てしなき流れの果てに

 小松左京の最大のベストセラーは「日本沈没」なのでしょう。発売当初大いに話題になり、筒井康隆が「日本以外全部沈没」というパロディを作っているぐらいです。他にも「首都消失」であるとか「さよならジュピター」であるとか発売当初話題になった作品がたくさんあります。そういう中で私の選んだ3冊は、小松左京の最初期の作品に絞りました。彼の長編の第2,3、4作です。この3作と最初の長編「日本アパッチ族」で小松左京のその後をほとんど見通せるような気がします。

 エスパイは、エスパーによるスパイということでSFのスタイルでかかれたスパイ小説です。昭和39年漫画サンデーに連載されました。サイコキネシスによって音速の3倍のスピードで飛んでいるジェット機にしかけられた時限爆弾を取り外そうとしたり、ソ連首相暗殺計画を未然に防ごうとしたり、お色気とスピーディな展開で読者を飽きさせないものがあります。恐らく作者は007をSFで書いて見ようという意識があったのだと思います。小松左京のもつ「文明」と「人類の未来」に対する問題意識が一番隠されているところが良いところだと思っています。

 復活の日は、角川映画で映画化され、タイアップでベストセラーになった小説です。小松左京の作品の一つの大きなジャンルに破滅ものがあるわけですが、作品としてのスケールと緊迫感で、私は復活の日がこのジャンルの最高傑作だと思っています。細菌兵器として開発された新種の細菌が偶発事故により地上に放出され、摂氏5度以上の温度で猛烈に増殖する。その結果、世界が破滅に瀕する。遺伝子工学の発達により、作品の現実感も強くなっています。小松左京の初期の作品ですが完成度が高い作品です。

 果てしなき流れの果てには、時空を超えた日本SF史上有数の傑作です。10億年の時間と空間を駆け巡り、その中で問いただされていく「地球の人類と文明の意義」。小松左京は、純文学で扱い得ないことをSFという形式で示しうることをこの作品で明らかにしたわけです。サスペンスに満ちた文体。読み進むうちに明らかになる巨大なビジョン。とりあえず読んで下さい、と書いておきましょう。

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近藤史恵の3冊

1.タルト・タタンの夢
2.
賢者はベンチで思索する
3.
二人道成寺

 若手・女流のミステリー作家の中で、近藤史恵は間口の広い作家との印象です。本格派からライトミステリーまでいろいろな作品を書いています。探偵のシリーズとしては、歌舞伎役者・瀬川小菊と探偵・今泉文吾の歌舞伎シリーズ、整体師・合田力が探偵役の整体師シリーズ、清掃員キリコが探偵役の清掃員シリーズがあり、印象深い変わった探偵役を作って、日常の謎に対応するのが多いと思います。日常の謎と言っても、普通の人の小さな悪意、というよりはもう少し犯罪性の高い部分に踏み込んでいる印象です。

 タルト・タタンの夢は、下町の小さなフレンチ・レストラン、ビストロ・パ・マルを舞台にした日常の謎系連作ミステリーシリーズです。風変わりなシェフ三舟が探偵役ですが、収載作7つが全て別々のフランス料理と関係しているところ、全ての謎が料理を食べることによって解決するところなど、組み立てが緻密です。謎一つ一つはどうということのないものですし、短編ミステリーのため淡白な味わいですが、良く見れば下ごしらえの十分された作品集だと思います。

 近藤史恵は「隅の老人」系のアームチェアー・ディテクティブを作り上げようとした、ということでしょう。賢者はベンチで思索するは、これまた日常の謎系ミステリーです。ファミレス「ロンド」の奥の席にいつも陣取る、国枝老人が、アルバイトの久里子の身の回りに起こる謎を解決していく、というシリーズ。この作品の魅力は、九里子がフリーターで望む就職が出来ないであるとか、弟が引きこもりであるとか、現代の若い女性にありそうな状況の中での、主人公の精神的成長を書いたところにあるのかも知れません。

 オペラ好きですが、歌舞伎には全く興味がないので、梨園を舞台にしたミステリーは本当の所はよく分りません。しかし、歌舞伎が近藤史恵の大きなバックグランドですし、そこから1冊選ぶべきでしょう。ということで選んだのが二人道成寺。梨園の本当の姿はよく分らないのだけれども、一寸異形な恋愛感覚はそれなりに面白いと思います。

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今野敏の3冊

1.陽炎-東京都臨海署安積班
2.
レッド
3.
殺人ライセンス

 今野敏は、1955年生れで、ほぼ私どくたーTと同年輩です(正確には彼が年長)。そのためか、私が、彼の作品で割と気に入っているのは、中年の視点が入っている作品です。彼の代表的シリーズとして、「STシリーズ」と「安積班シリーズ」とがあるわけですが、STシリーズは個々のキャラクターの特異性が勝ち過ぎていて、百合根警部の中年臭さが目立たない。それに対して、「安積班シリーズ」は、部下の個性もさることながら、リーダーの安積警部補の個性と視点の落ち着きとが私の感性によく合うようです。

 「安積班シリーズ」から1冊を選ぶとすれば、短編集になるでしょう。陽炎か「最前線」がいいと思います。今野は、湾岸あるいは原宿という現在の最先端の町に小さな警察署を登場させ、そこにこじんまりとした刑事課・強行犯係安積班を置いて活躍させます。班員がそれぞれ特徴的であることが魅力。堅物で、ルール通りの行動に特徴のある村雨。刑事としては明らかに太りすぎ。茫洋としているが、色々なことを考え、つきもある須田。須田とコンビを組んで黒豹のように俊敏な黒木。村雨とコンビを組み、まるで飼いならされた犬のように見えることもある桜井の4人。陽炎は、ベイエリア分署を舞台にした作品集ですが、安積警部補と4人の部下たちのキャラクターとストーリとが上手くマッチしているところが、シリーズ他作品よりも魅力的に思います。

 レッドは、プロットの面白さで読ませる作品。題材の加工の仕方によっては、もっと厚みのある長編小説に仕上がったのではないかと思いますが、300ページほどの作品に纏め上げたおかげで、軽く読める娯楽小説になったとも言えます。環境庁の外郭団体「CEC」研究所に警視庁から現職のまま出向になった相馬春彦と、自衛隊から来た斎木明。彼らは、山形県戸峰町の蛇姫沼周辺の環境調査を命じられます。そこでは、相当強い放射能が検出されます。この放射能は、ソ連が崩壊した時にアメリカが入手したものの、大統領との関係で米国に持ち込めなかったレッド・マーキュリーによるものでした。これが明るみに出たことによって、日米政界とCIAを巻き込む大騒動になります。

 殺人ライセンスは、必ずしも読みごたえのある作品ではありません。それなのに何故入れたか。それは、インターネット社会での殺人を描いた作品だからです。キュウは真夜中、インターネットで「殺人ライセンス」というオンラインゲームを見つけます。それは殺人のターゲットを選び、接近する方法、時間、凶器、殺害方法などを設定してひとつクリアーすれば次のステージに進むという趣味の悪いゲームでした。彼はすぐに殺人に失敗し、ゲームオーバー。しかし、ゲームの殺人ターゲットに酷似した人物が殺害される事件が起きます。一方で、会社をリストラされた男・相沢が、昔から憧れていた私立探偵になる決意をしました。彼はホームページを立ち上げて、客を集めようと思います。その応援をするのが、娘のクラスメートのコンピューターおたくのキュウ。相沢とキュウは、このオンラインゲーム絡みの殺人事件を追うことになります。そして、この作品で、今野敏は、インターネット社会のバーチャル性のインチキさを明確に示し、そのアンチテーゼ(というと大袈裟か)としての現実の人間関係の回復を歌います。

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