旅人の喜び

書誌事項

旅人の喜び
庄野潤三著
中編小説集
1963年2月第一刷発行
河出書房新社発行
初出:

表題 発表誌 発表号
旅人の喜び 知性 1956年5月号〜57年2月号
ニューイングランドびいき 婦人画報 1959年9月号

紹介

 「旅人の喜び」は、「愛撫」に始まる一連の夫婦小説の延長線上にある作品ですが、一連の夫婦小説が夫婦の危さを主に描いたのに対し、「旅人の喜び」は、主人公の女性「貞子」の心理面の移ろいを夫を仲介せずに描いている所に特徴があります。ここに描かれる主人公「貞子」の姿は、一連の夫婦小説の女性主人公よりもむしろ「ザボンの花」の母親「千枝」と相通じるものがあります。

 庄野潤三さんは、この作品で「若い女性の精神と肉体との相克」を書こうと考えていたようで、それまで長編小説と言えば、「朝飯前」の新聞小説「ザボンの花」しか書いていなかった著者にとっては、自分の文学的目的を明確にした野心作になる筈でした。しかし現実は書くのに難渋し、単行本のあとがきに『この仕事を続けていた間のことを思い出すと、毎月毎月、同じように難渋した記憶しかなくて、「旅人の喜び」という題をつけたことが皮肉に思われるほどだった。最後に近づくにつれて、私の気持はますますこの題名からほど遠いものになっていった。』とかいたほどでした。そう書くぐらいですから、恐らく内容は、作者が最初予定していたものとは異なっていると思うのですが、主人公の造形がよく、私は中々の佳作であると思っております。

 主人公の貞子は、5歳の娘ユキ子を持つ母親。戦争中に女学校生活を送り、すれすれの際どい所で修学旅行にいけたけれども、高等科時代は学徒動員で魚雷艇の部品工場に送られた世代です。しかし、彼女は、戦争が激しくなっても、宝塚に通いつづけるような活発でハイカラな女性でした。戦争後、結婚して、その結婚生活は苦しみが多く、慰みが少ないとつくづくと現在のわが身を詰まらなく思うのですが、楽しかった女学生時代に戻りたいと思うのではなく、「これはあたしの我侭だ。こんなことは、やはり辛くても我慢しなければいけないことだ」と考えて、元気を出します。それに彼女には、不平家やセンチメンタルな人間に出来るだけならないように頑張ろうという気持ちがあります。作品全体に貞子のこの前向きの姿勢が貫かれているので、楽しめるのです。

 逆に言えば、この作品は、貞子の大変だったけれども生活をエンジョイしている様子を楽しむ作品です。彼女は決して楽しいことばかり経験しているのではなく、疎開時代に乗った電車で痴漢に会った経験などもあります。でも、知り合いの美容院から貰ったショーで自分の髪をアメリカからやって来た講師に結われて、その講師役の美容師に慕情を覚えたり、娘のユキ子を通わせて居るバイオリンの先生の変わった教え方と情熱に、詰まらなそうに会社に通っている自分の夫を比較したりします。

 庄野さんは、「若い女性の精神と肉体との相克」を書こうとした訳ですが、結局自分と同年代のある女性のリアルタイムでの感性を描きました。この感性の表出は、「ザボンの花」の母親、「千枝」の感性に最も近く、朝飯前小説「ザボンの花」と書けずに難渋した「旅人の喜び」の差が大きいだけに結果の近さに驚きを感じます。そして、「ザボンの花」は、出版する気もない新聞小説として発表し、「旅人の喜び」は、自分の文学的野心を形にしようとして失敗した作品とされた訳ですが、私は、この二作に、今日まで続く庄野文学の原点が描かれていると思うのです。

 「ニューイングランドびいき」は、「ガンビア滞在記」の副産物です。

 庄野夫妻は、訪米する行きの船の中でアメリカ人のウインタースティーン氏一家と知り合います。ウインタースティーン氏一家とはサンフランシスコで夕食を共にしたあと別れますが、その後文通が続きます。そして、翌年6月の東部への旅行で再会するのです。このときウインタースティーン氏一家は皆順調で元気です。日本や船中で知り合った人と、留学中に何人かと再会しますが、それらを描いた作品の中でも、最も穏やかな作品です。

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