せきれい

書誌事項

「せきれい」
庄野潤三 作
1998年4月10日発行
291ページ
文藝春秋社刊 1714円(税別)
ISBN4-16-317590-3 C0093
発表: 文学界1997年1月号〜12月号

紹介

 夫婦の晩年、という大きなテーマで、庄野さんは、自分の身の回りに起こった事を書きつづけています。貝がらと海の音、ピアノの音、せきれい、庭のつるばら、鳥の水浴びと続きます。その第3作が「せきれい」。「せきれい」のあとがきに庄野さんは次のように書いています。
なお、原文は縦書き。

 第八回に、庭の白木蓮の根もとを掘って妻が苦労して埋めたばかりの寒肥の油かすと骨粉を白と黒の猫が食べるのを見た主人公が、一つこらしめてやりましょうと、玄関から靴すべりを手に出て近づき、あと一歩のところで猫に逃げられ、書斎から全部見ていた妻が「ああ、面白かった」というところが出て来る。「猫もこの家の七十五歳になるじいさんが靴すべりを手にうしろから迫って来るとは思わなかっただろう」と書いてある。
 校正刷を読んでいて、そこが愉快であった。これが作中で殆ど唯一の出来事らしい出来事である。

 老夫婦にとって、出来事らしい出来事がしばしば起きるようでは大変です。四季の変化に伴う自然の移り変わりと、孫の成長を楽しみに、自分の趣味を楽しみながら穏やかに暮らす、という方が素敵です。

 日常の話の中で、必ず出て来る庄野さんのイベントは宝塚とその出身者の観劇です。第三回に宝塚大劇場で月組の「チェザーレ・ボルジア」を見たことが書いてあります。早めにホテルを出て宝塚ホテルのコーヒーショップでコーヒーを飲み、それから会場へいき、開演まで待つ。座席は前から3列目真中のいい席で、隣には主演の久世星佳のお母さん。
 第四回には、剣幸のミュージカル「紳士は金髪がお好き」を銀座博品館劇場に行った話。第五回には、東京ヒルトンホテルに泊まって東京宝塚劇場で聴く、雪組の「虹のナターシャ」のお話。そして、大浦みずきのミュージカル「シーソー」の再演を東京芸術劇場に見に行った話。「シーソー」については、庄野さんの感想が細かく書いてあります。第十一回には、家族皆で東京宝塚劇場で月組公演を、第十二回には宝塚へ雪組公演を見に行く。前者の月組公演は、久世星佳のラストステージ。その部分を庄野さんはこう書きます。

 久世さんの最後のステージは、「バロンの末裔」と「グランド・ベルフォリー」(レビュー)。あとのレビュー(酒井澄夫作・演出)がよかった。ラインダンスが二回もある。「モン・パリ」の曲に乗って踊るのが特によかった。「モン・パリ」は、亡くなった小沼の好きな歌であった。
 幕間に例のごとくサンドイッチとコーヒーを配る。ミサヲちゃんとあつ子ちゃんが運んでくれた。フーちゃんも手伝う。ここのサンドイッチはおいしい。いつも楽しみにしている。
 久世星佳さんの舞台を見るのもこれが最後。或る日、宝塚ホテルのグリルで阪田寛夫が食事をしていた。そこへ「服部さん」が宝塚音楽学校の制服を着たお嬢さんを連れて着た。「服部さん」というのは、私と阪田が戦後、大阪中之島の朝日放送でラジオの仕事をしていた時の同僚のアナウンサーであった。この「服部さん」が結婚して、久世星佳のお母さんとなった。服部さんは阪田に会って、
「今度、娘が宝塚音楽学校に入学しました」
といい、どうぞよろしくと挨拶した。そのころ、阪田の次女なつめちゃんは、既に宝塚の中堅スターの大浦みずきとして活躍していた。
 この話を聞いて私も妻も阪田と一緒に久世星佳さんを陰ながら応援するようになったわけである。これきり久世さんの舞台が見られなくなるのは、さびしい。

 タイトルの「せきれい」について。
 庄野さんの庭には沢山の野鳥が来ます。四十雀、メジロ、雉鳩、つぐみ、ひよどり。でも、せきれいの話は出てきません。タイトルの「せきれい」はブルグミューラーのピアノ練習曲「せきれい」に基づくものです。主人公の妻が、ピアノを習っていて、その結果を主人公(即ち庄野さん)に知らせます。特にてこずったのが「せきれい」。その印象がこのタイトルに結びついたものと思われます。

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