さくらんぼジャム

書誌事項

さくらんぼジャム
庄野潤三著
初 出 「文学界」(文藝春秋社)1992年11月〜1993年10月
出 版 1994年2月25日 文藝春秋社 
定 価 1845円(消費税抜き)
ISBN4-16-314540-0 C0093

紹介 

 『さくらんぼジャム』は、庄野さんお得意の、作者の身辺を題材にして書いた小説。この作品と前の作品「鉛筆印のトレーナー」は、作者の次男のところの長女『フーちゃん』が主人公です。私たち庄野潤三の読者が、最初にフーちゃんを知ったのは「エイヴォン記」でした。この時、フーちゃんはまだ2歳。その幼児が「鉛筆印のトレーナー」では幼稚園児になり、本作「さくらんぼジャム」では小学校に入学します。その少女の成長を、作者の目を通して楽しみましょう。

 フーちゃんが主人公ですから、お話の内容は、祖父母である庄野さん夫妻とフーちゃんとの交流が幹です。庄野さんには3人のお子さんがいらっしゃいますが、長女の夏子さんのところは、5人とも男の子で、初めての女の子の孫が次男かずやさんのところのフーちゃんです。本名が文子なのでフーちゃん。初めての女の子の孫なので、おじいちゃん、おばあちゃんは、孫娘が可愛くて仕方がありません。それが作品の端々から感じられます。

 フーちゃんのお家は、庄野さんの家から坂を下って、歩いて5分程のところにある「山の下」の借家です。ついでながら、向かい合わせにある同じ大家さんの借家に、長男たつやさんの一家が住んでいます。フーちゃんはしばしばお父さんやお母さんの「ミサヲちゃん」に連れられて、おじいちゃんの家を訪ねますし、おばあちゃんも頂きもののおすそ分けや、孫の為のワンピースを縫っては、届けに行きます。おばあちゃんは、孫と会えば、乳酸飲料を出してやったり、果物を切ってやったりします。

 フーちゃんは、おばあちゃんが「夢みる夢子ちゃん」と呼ぶような子で、口数の少ないおっとりした子の様です。そこがおじいちゃん、おばあちゃんにとってかわいい様です。そのフーちゃんのお家は、フーちゃんのお父さんが、一駅先の読売ランド前の丘の上の一軒家を購入したため、引っ越すことになります。これまでのように、フーちゃんがおじいちゃんの家に遊びに来れなくなります。その淋しさを庄野さんはこう書きます。

 『「山の下」から帰った妻は、
「フーちゃん、いちばん可愛いときに近くにいて遊ばせてやれてよかった。」
としみじみ話す。長崎の寿恵男さんが、可愛がっている孫の女の子のことを話していて、
「子供がペットになるのは五歳までですね」
といったのを思い出す。フーちゃんは家から歩いて五分の大家さんの借家にいたお蔭で一歳から六歳までたっぷり遊んでやることが出来たのだから、私たちは仕合せであった。』 

 とはいえ、所詮は一駅違いです。何か行事があるにつけ、フーちゃんとおじいちゃん・おばあちゃんとの密接な関係は続きます。幼稚園の「鼓笛隊行進」に出かけて見たり、お正月は、一族15人揃っての宴席。そうして春が来、フーちゃんはみどり幼稚園を卒園して、西生田小学校に入学します。フーちゃんはお話の本が好きな様子です。ドリトル先生シリーズの絵本を幼稚園時代から読んでいましたが、小学校に入って「若草物語」を読んでいます。

 ほぼ一年間の庄野さん一家とフーちゃんを軸にした生活が淡々と描かれます。1990年代のごく普通の日本人の生活という視点で見ても、いつものことながら具体的でわかり易いです。Tが気に入っている作品の一つです。

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