庭の小さなばら

書誌事項

「庭の小さなばら」
庄野潤三 作
2003年4月10日発行
235ページ
講談社刊 1700円(税別)
ISBN4-06-211753-3 
発表: 群像2002年1月号〜12月号

紹介

 「貝がらと海の音」(1995年)のあとがきに、庄野さんは『子供が大きくなり、結婚して、家に夫婦が二人きり残されて年月がたつ。孫の数もふえて来た。もうすぐ結婚五十年の年を迎えようとしている夫婦がどんな日常生活を送っているかを書いてみたいという気持が私にあり、(中略)「貝がらと海の音」を書くことになった。』と書いています。これが、3年後の「庭のつるばら」では、『子供が大きくなり、結婚して、家に夫婦が二人きりで暮らすようになってから年月がたった。そんな夫婦が毎日をどんなふうに送っているかを書いてみたい。(中略)同じようなことばかり書き続けて飽きないかといわれるかも知れないが、飽きない。夫婦の晩年を書きたいという気持ちは、湧き出る泉のようだ。』と書かれています。

 更に翌年の作品が「鳥の水浴び」ですが、ここで庄野さんは若干言い回しを変えます。すなわち、『子供が大きくなり、結婚して、家に夫婦が二人きりで暮らすようになってから年月がたった。孫の数もふえた。そんな夫婦がどんなことをよろこび、どんなことを楽しんで毎日を送っているかを書いてみたい。』

 それまでの「夫婦の晩年の日常生活」というスタンスが、「鳥の水浴び」から、明確に『どんなことをよろこび、どんなことを楽しんで毎日を送っているか』となりました。「うさぎのミミりー」では、この言葉はさらに、『どんなことをよろこび、どんなことを楽しんで毎日を送っているかを書くのが私の変わらぬテーマである。』 と強調され、この「庭の小さなばら」では、『そんな夫婦がいったいどんなことをよろこび、どんなことを楽しみにして生きているかを書く私の仕事はいつまでも続いていく』、とその自信を深めています。

 この「夫婦の晩年」シリーズは、「貝がらと海の音」から数えて、この「庭の小さなばら」で第8作となり、前作の「うさぎのミミリー」(2000年5月13日まで書かれている)に引き続き、 2000年5月の末(正確な日付はわからないが、20日頃からだと思われる)から、2001年の1月24日までのほぼ8か月のことが淡々と書かれています。

 庄野さんは四季折々の庭の風景を大切にし、年中行事を大切にし、家族や近所づきあいを大切にする方ですから、作品で取り上げられる事柄は繰返しが多いのですが、細かく見てみると、少しづつ変化があります。例えば、タイトルになった「庭の小さなばら」は、庄野家の庭に咲いている3つのばら、すなわち「英二おじちゃんのばら」と「英二おじちゃんのばら2号(庭のつるばら)」と「庭の小さなばら」の一つで、奥様が植えられた淡紅色のメヌエットだそうです。このメヌエットについては、これまでの作品でも触れられているかも知れませんが、今回のように強調されて書かれたのは初めてのことでしょう。

 他にも新しい発見がありました。「五分間草ぬき」も今回初めて登場したものです。その部分を抜粋しましょう。

『草ぬき。
 夕方、妻はピアノのおさらい。こちらソファーによこになってきいていたが、むっくり起き上がって出て行く。
 「おさんぽ?」
 と妻がきく。
 「いや、五分間草ぬき」
 庭の雑草が目立つ。草ぬきをしないといけないと思うのだが、厄介だ。本格的に草抜きをするとなると気が重い。
 それで、「五分間草抜き」となる。五分間となれば、気がラクだ。でも草は少しは抜ける。何もしないよりはマシだ。で、「五分間草抜き」と自分にいい聞かせて、庭へ出てゆく。』

 また、これまで出てくる生田のお店は、まもる君の八百屋やスーパーマーケットのOKでしたが、今回は生田駅前の「ゆりストア」が何度も登場します。このような一寸した変化を読めるのは、楽しいことです。

 今回の最大のイヴェントは7月9日、大久保の「くろがね」で実施された、「おじいちゃん八十歳おめでとうの会」でしょう。庄野さん行き付けの居酒屋で一族13人プラス阪田寛夫、藤野邦夫の合計15人が出席して行われました。フーちゃんの書いてくれた「おじいちゃん八十歳おめでとうの会」の紙を奥の壁に吊るし、記念写真をとり、阪田寛夫さんの挨拶ではじまったこの会は、とても賑やかだった様です。長男一家の「うたえバンバン」、次男一家の「モーニング娘」。藤野さん、阪田さんも歌い、最後に庄野さんお得意のハーモニカで、「七夕さま」を吹き、奥様と夏子さんが歌います。

 庄野一族は昔からイヴェントといえば歌を歌う家でしたが、80歳になってもそれが続いているというのは、とても素敵なことだと思います。

 「庭の小さなばら」を読んでいて、もう一つ印象的なのは、80歳であっても、非常にアクティブに活動されているお姿です。例えば、9月中旬の活動を見てみますと、
9月10日:宝塚星組東京公演の見物。
9月13日:安岡章太郎の「鏡川」出版記念の会
9月15日:次男一家がモルジブから無事帰国したことを祝う会
9月18日頃:一水展を見に上野の美術館へ
 という様子で、楽しい会に次々と参加されています。

 このようにアクティブに活動でき、料理を美味しくいただけ、庭に来る鳥を眺め、花を愛でるのは、正に健康である証拠です。庄野さんの精神的・肉体的健康さが醸し出す平明な文章を、じっくりと楽しみたいと思います。

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