流れ藻

書誌事項

流れ藻
庄野潤三著
小説
1966年「新潮」10月号発表。単行本は1967年1月25日発行
新潮社
初出:同上

紹介

 庄野潤三の作品を特徴付けるものに、私は観察眼があると思っています。観察したことを平易な日本語で過不足なく伝える。これが庄野文学の根本にあります。その観察眼の確かさは、自分の家庭の周辺を題材にする時は勿論のこと、取材して、それを元に小説を構築するときも強く現れてきます。もし、作品毎の違いがあるとすれば、観察の視点の移動です。本篇「流れ藻」は、観察者の姿があたかも透明人間のように視点のみがあるところに特徴があり、主人公夫妻の生活が浮き彫りにされています。

 本編の主人公、小木近雄は、高校二年の時、疎開先の宮城県から仲間と三人で家出して上京し、浮浪者みたいな生活からいくつかの仕事を転々とし、千葉の食堂会社「上総」に入社します。そこで妻の照代と知り合って結婚し、木更津のドライブインの主任にまで出世します。短気で喧嘩っ早く、喧嘩が強くなりたくてボクシングジムにも通い、無免許運転で茂原まで行ったり、酔っ払い運転をしたり、無鉄砲で半分ヤクザのような男ですが、仲間内での評判は悪くなく、上役や同僚に愛されています。

 千葉の本社の地下の居酒屋の主任に決まったのですが、ひょんなことから借りたアパートの下の店舗で鮨屋を開業することにし、会社を辞めます。その鮨屋が軌道に乗るか乗らないかのうちに、もう次の仕事に目をつけ、海水浴場に釣堀を出すことを考えたり、鰻を売ったりします。家庭よりも友達を大事にし、仕事が忙しくても誘われれば万障繰り合わせて出かけ、朝まででも酒を飲み、朝野球には出かけます。妻や子供を優先することはまずありません。それが原因で照代は実家の銚子に帰るのですが、兄弟や友達の尽力で、再び元のさやに戻ります。

 阪田寛夫の「庄野潤三ノート」にこの作品の成立過程を書いた随筆の抜粋がのっています。

『以前から、私は、若い夫婦の物語を書いてみたいと思っていた。
 夫婦の物語であるが、夫婦になる前の恋人同士のところから書きたい。恋人とひと口にいうけれども、一人の若者と一人の娘とがどんな時にどんな風にしてしりあうか、そこから書いて行きたい。
 どんな男女でも、何か運命といったもので一つに結びつけられるわけだが、その運命の不思議さ、といったものを、もし書くことが出来たら有難い。運命といったら、大げさになるかもしれない。それなら縁といってもいい。
 みんな、縁があってこの世に生きているのである。その縁を書いてみたい。そうして、その主人公というのは、私たちの身のまわりのどこにでも暮らしているような、普通の人がいい。普通の人ではあるが、若いから元気があって、働き者で、どういう仕事をしていようと自分の仕事に精を出す人がいい。
 理屈をいうより先ず実行、という人がいい。少々、無茶なことをしたり、はらはらするようなこともするが、純なところがあって、一途である。それで、人にも好かれる
 実際、私はそこまで頭の中で詳しく考えていたわけではなかったが、思いがけず、ある時、木更津のドライブ・インで、私の空想にぴったりの好ましい青年に出会った。そばに赤ちゃんを抱いて、ついている奥さんが、これ以上、似合いの夫婦はないと思われる、いい感じの人であった。「流れ藻」という作品が出来あがったのは、それから一年五か月後である。(ちばぎん「ひまわり」1967年9月)』

 庄野さんは、この気持ちのいい若者の無鉄砲な生きかたを、驚きながら、心配しながらみています。しかし、作者は、小木夫妻の生活をひたすら客観的に書いています。勿論「流れ藻」は小説ですから、モデルから得た情報を元に小説世界を構築しているわけですが、何処からが生で、何処からが創作なのか判然としないように、慎重に処理しています。

 この作品は「聴き書き小説」に分類されますが、聴き手は常に透明です。語り口は、「現在」から始まって、過去の回想に向うという形をとっています。過去は、疎開時代の田舎の思い出であり、夫婦が知り合った頃の近雄の無鉄砲さであり、あるいは直近の七五三であり、時代も場所も様々です。この現在から過去を回想し、過去を現在に反映させるという手法を巧みに使って、小木近雄のこれまでを多重的に描いて行きます。

 しかし、小木夫妻の未来は判然としません。阪田氏は「作られた小説とは違って、この進行形の聴き書き小説には、人物についての先行きの「見通し」を安易に許さない節度ときびしさと、それ故の面白さがある。」と述べていますが、同感です。 

 小木近雄は根の無い人間です。天職を見つけ、地に根を張って着実に生きることより、新しもの、冒険を選びます。山っ気があります。でも浮き草ではない。流れる藻は捕らえ所がない不安定な物ですが、廻りの色々な物を引っ掛けて大きくなります。庄野潤三は、近雄の生活に流れ藻の不安定さと広がりを見てこのタイトルにしたのでしょう。

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