孫の結婚式

書誌事項

孫の結婚式
庄野潤三著
随筆集
2002年9月20日第一刷発行
講談社、1700円(税別)、ISBN4-06-211333-3
初出:1998年から2002年、各雑誌、新聞等

紹介

 1998年から2002年の足かけ5年に渡って書かれた随筆・短文集。合計46編と、「新潮」2002年2月号に掲載された江國香織さんとの対談が含まれています。これまでの随筆集が三部構成だったのに対して、今回の「孫の結婚式」は二部構成です。第一部が「わが日常」というタイトルで、庄野さんの日常の小さな出来事や様子をかいた文章を集めてあります。第二部は「人物・文学」というタイトルで、文学上の友人や師、あるいは作品に関する文章が集められています。一編一編が珠玉のようなもので、本当に感心させられます。

 冒頭が週刊新潮に載った「おじいちゃんの食後」という文章なのですが、これが実に素晴らしいです。おじいちゃんの幸せ(それはもちろん非常にささやかなものですが)をさらっと美味しそうに書いてあって、とても良いです。庄野さんは、毎日一万歩以上散歩なさっていることは有名ですが、「散歩の後の楽しみが食事である」、と書かれる。一寸引用してみましょう。

 『よく歩くので、おなかがすいて、夕食がたのしみである。おじいちゃんは晩酌をする。奥さんがおじいちゃんの好きな料理を作って出してくれる。それを頂きながらビールとお酒を飲む。
 夕食が終ったら、おしまいかというと、そうでない。卓上をきれいに片づけて、奥さんが食後の甘いものを出してくれる。これが楽しみである。
 あんこの入った和菓子がいい、大福とかどらやきが出ると、おじいちゃんはよろこぶ。おじいちゃんのお父さんという人は、甘いものが好きだった。お彼岸にお母さんがおはぎを作ると、夕食を普通に食べたあとに、おはぎを六つぐらいペロリと食べたものだ。どうやら父の甘いもの好きがおじいちゃんに伝わったらしい。』

 この後もおもしろいのですが、引用はここまでにします。でも、これだけ読んだだけでも、口の中につばが溜まり、自分も美味しい料理をつまみながらお酒をのみたいと思ってしまいますし、食後の甘いものも食べたくなってしまいます。

 今回の「わが日常」では、これまでよりも食事に関する文章が多いような気がします。そして、どれを読んでも実に美味しそうです。食事が美味しく、楽しみであるということは、とても健全なことです。老人が幸せに暮らすためには、精神的にも肉体的にも健康であることが大事だと思います。この健康を維持するために重要なのが運動と食事ですが、庄野さんは、この健康維持の手段を大いなる楽しみにしているところが素晴らしいところです。健全な行動が、直接の楽しみに結びついているところが、読者にとってとても嬉しいところです。庄野文学の魅力の本質は、私はそこにあるのだろうと思います。

 「わが日常」に書かれた文章は、再度見なおされて、来年一月からの連載で九作目になるはずの、夫婦の晩年を描く作品に再構成されて行きます。私は、それをとても楽しみにしています。

 後半の「人物・文学」も色々な機会に書かれた色々な文章が入っていますので、ひとくくりにまとめるのは難しいのですが、庄野さんの面白がるつぼを示しているのは、「豊年虫」。これは志賀直哉の作品紹介の文章ですが、庄野さんにとっては志賀直哉のなかで一番好きな作品が「豊年虫」だそうです。そして作品の中身を紹介するのですが、庄野さんが好きな理由がよく分ります。それは、普通の人の普通の関心事を写実的に書いて見せるところです。庄野さんの「休みのあくる日」などと一脈通じるところがあるようです。

 佐藤春夫の思い出を書いた、『佐藤先生と兄と「静物」』も素敵です。著者の初期の代表作である、「静物」の成立が、佐藤春夫に親身な助言を頂いたおかげである、というのは一寸いいお話だと思います。

 「人物・文学」に書かれた文章の多くは、回顧的な文章が多いです。古い友人たちの思い出。文学上の師、伊東静雄について書いた『伊東静雄「野の夜」』、庄野さんの最初の文学仲間であった林富士馬について書いた『林富士馬さんを偲ぶ』は、とてもいい文章です。『父 庄野貞一のこと』も簡単ながら、お父さんの思い出を端的に書いておりました。

 ところで、いくつか編集上のミス、留意点を書いておきます。

 61ページの「鈴虫のはなし」、これは文藝春秋の随筆欄に発表された文章ですが、初出のタイトルは「山田さんの鈴虫」でした。既刊本と同じタイトルなので、タイトルを変更したものと思われます。

 85ページ「うさぎのミミリー」のこと、は、新潮社のテレフォンサービス「自作を語る」で使った原稿ですが、これを「著者は語る」となっています。

 186ページ「小沼丹」は、新潮02年2月号に掲載されたことになっていますが、この初出は「文学界」の02年2月号でした。

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