鉛筆印のトレーナー

書誌事項

鉛筆印のトレーナー
庄野潤三著
初 出 「海燕」(福武書店)1991年5月号〜1992年4月号
出 版 1992年5月15日 福武書店 
定 価 1359円(消費税抜き)
ISBN4-8288-2428-6 C0093

紹介 

 『鉛筆印のトレーナー』と次作の『さくらんぼジャム』は、庄野さんの最初の女の子の孫、『フーちゃん』を主人公にした作品です。『フーちゃん』は本名が『文子』だからフーちゃん。フーちゃんは、庄野さんの家から坂を下って、歩いて5分程のところにある「山の下」の大家さんのところの借家に住んでいます。これほど近くにいるので、何かあるとお母さんの『ミサヲちゃん』やお父さんに連れられておじいちゃんの家にやってきます。また、コンちゃん(おばあちゃんのこと)は、何かというとフーちゃんのところを訪ねます。このフーちゃんとおじいちゃん、おばあちゃんとの交流を軸に、夏子さん、あつ子ちゃんといった家族、清水さんのような隣人、そしてなつめちゃん(宝塚スターの大浦みずき)といった人たちとの日々の交流が綴られます。

 私たち読者がフーちゃんを初めて知ったのは『エイヴォン記』でした(実は、『世をへだてて』において、ミサヲちゃんのつわりの話が出てきますので、半分登場していたといえるかもしれません)。この時、フーちゃんはまだ2歳。ロンパースをはいておじいちゃんの家に出入りしています。次にフーちゃんが登場するのは、随筆集『誕生日のラムケーキ』で、「おるす番」、「たき火」など6編に登場致します。ここでは、「フーちゃんは、近所に住んでいる次男の三歳になる孫娘」として最初に紹介されています。そして本篇『鉛筆印のトレーナー』です。ここでフーちゃんはみどり幼稚園に入園します。

 おじいちゃん、おばあちゃんはこの孫娘が可愛くて仕方がありません。機会あるごとに連れ出しては、市場のおもちゃ屋やローソンでおもちゃを買って与えます。勿論お母さんは「買ってもらってはいけません」と言う訳ですが、おばあちゃんとしては買ってやりたい。そんな話があちらこちらに出てきます。とはいえ、庄野さんのフーちゃんを見る目は冷静です。お母さんのミサヲちゃんと弟の春夫君とは誕生日が3月20日と21日とでくっついているのに、自分が7月生れであることが不満で不機嫌になっているところとか、疲れを知らないパワフルさで、いとこの正雄君(小学校1年)を圧倒するところとか、熱をだして嗄れ声になっているところとか、いかにも幼稚園児と言うべき様子を淡々と描いています。

 このような、フーちゃんの様子と共に、作品に膨らみと潤いを与えているのは、庄野さんの廻りの人との交流です。清水さんはお花をよく届けてくれますが、清水さんの娘の圭子ちゃんの結納のとき、庄野さんの奥さんは、北京風餃子を作って届けるなど、非常に密接な交流が続きます。家族では、結婚後10年間子宝に恵まれなかった長男とあつ子ちゃんのところに、遂に待望の女の子(恵子ちゃん)が生れます。一方、長女夏子さんは相変らず元気ですが、風邪でダウンしたりもしています。

 さて、庄野さん一族が皆好きなのは「宝塚」です。フーちゃんも幼稚園(五歳)にして東京宝塚劇場に、宝塚歌劇団花組の公演を見に行きます。これは大浦みずきのさよなら公演でした。フーちゃんは、大勢のダンスのシーンなどは身を乗り出すようにして舞台を見ていますが、どう考えてもフーちゃんには無理だと思われる会話の場面になって、フーちゃんが少しでも身体を動かし始めると、ミサヲちゃんが飴を与える。また、ラヴシーンになると、「絵を描いていなさい」といって、プログラムの余白に絵を描かせる、といった対応をして、3時間の長丁場を乗り切ったのでした。なお、大浦みずきは庄野さんの古くからの友人で作家の阪田寛夫の娘・なつめちゃん。庄野さんが名付け親で、苗字の大浦は庄野さんの代表作「夕べの雲」の主人公一家の苗字からとりました。

 庄野さんの他の作品と同様に、1990年ごろのほぼ一年間の庄野さん一家とフーちゃんを軸にした生活が淡々と描かれます。でもふくよかでやさしくて、いいなあと思える世界です。

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