掲示板の過去の書きこみ(8)

「サヴォイ・オペラ」体験しました
WATA(835) 投稿日 : 2003年8月6日<水>08時56分/愛知県/女性/30代後半
 
 先日大須オペラを観ました。T様のご紹介に従い庄野さんの本も早速読みましたので、「この早口唱部分はサヴォイ・オペラ流だ」などと、より深く楽しむ事ができました。スーパー一座の演出は一般のクラシックのオペラ・オペレッタとは随分異なると思いますので、もし庄野さんがこの舞台を御覧になったらどうお感じになるのかなと、少なからず興味を覚えました。今年は横浜でも上演されますので、是非御覧下さい。 

WATA(849) 題名:メイン掲示板にも… 投稿日 : 2003年8月27日<水>08時36分/愛知県/女性/30代後半
 
 書きこみしました(1週間前ですが。)T様のようなオペラ通の方でも楽しめる舞台で、良かったです。庄野さんが御覧になったら、全然英国風でなくて、驚かれるかもしれません。

どくたーT@管理人(848) 題名:こんどこそ 投稿日 : 2003年8月17日<日>22時36分/東京都/男性/おじさん
 
直したと思います
http://tc5810.fc2web.com/operago200302.htm

どくたーT@管理人(847) 題名:下のリンクでは読めませんね 投稿日 : 2003年8月17日<日>22時33分/東京都/男性/おじさん
 
リンクを変えてみました。
これで読めるかしら
http://tc5810.fc2web.com/operago200302.htm鑑賞日:2003年8月17日

どくたーT@管理人(846) 題名:サヴォイオペラ行って参りました 投稿日 : 2003年8月17日<日>22時31分/東京都/男性/おじさん
 
横浜にぎわい座の公演を見てまいりました。
とても楽しめて良かったです。
公演の感想は、別なところ(リンク参照)に書きましたので、興味のある方はご覧になって下さい。
http://tc5810.fc2web.com/operago200302.htm鑑賞日:2003年8月17日


甘えてもよろしいのでしょうか
どくたーT@管理人(845) 投稿日 : 2003年8月17日<日>22時26分/東京都/男性/おじさん
 
隼人様、
お心遣いありがとうございます。
でも、気になさらなくて結構なのですよ。
気持だけでとても嬉しいです。
といいながらも、あとでメールを出します。


雨の日、「私の履歴書」再読
OR(842) 投稿日 : 2003年8月16日<土>18時27分/神奈川県/男性/60代前半
 
はじめまして。庄野潤三のOld Reader(OR)です。
小生、「プールサイド小景」など第三の新人以来の読者です。
特に日経連載の「夕べの雲」は、小生新入社員のころでして、当時毎日愛読して
いました。
天気不順の昨今、本棚を整理していたら、平成十年五月、日経連載(30回)の
「私の履歴書」の手製スクラップブックが出てきました。氏の経歴を知る上で欠
かせないもので、懐かしく再読しました。なおこのうち20回分に、関連した写
真(2歳から、最近の一族大集合、奥様とのツーショットまで)があります。
小生も皆様同様、これまでずっと同時代の氏の作品を辿って、現在に至っていま
すが、この掲示板、愛読しております。今後も続けて下さい。

隼人(844) 題名:「私の履歴書」 投稿日 : 2003年8月17日<日>10時31分/青森県/男性/50代後半
 
 皆様!今日は!最近ご無沙汰致しています。OR様の「私の履歴書」について拝読していて、ああ、もう連載されてから5年もたつのか、と感慨にふけっています。あの頃、我が家では日経は購読していませんでしたが、家人が勤務先から毎日コピーしてきてくれて、リアルタイムで読むことができました。いま改めてスクラップを広げて見ますと、OR様が仰るように、ちいさくはありますが写真入りの原稿が20回ほどありました。懐かしく読み返しています。
 どくたーT様!もしコピーでよろしかったら差し上げますよ。ご連絡お待ちしています。

どくたーT@管理人(843) 題名:オリジナルを見てみたいものです 投稿日 : 2003年8月17日<日>08時49分/東京都/男性/おじさん
 
OR様、はじめまして。書き込みありがとうございます。
本当に長い雨でしたね。梅雨が明けたのが本当かしらと言うくらいのものです。
今週は、私もお盆休みだったのですが、この雨のおかげで昨日か一昨日やる積りだった庭仕事が出来ずしまい。何事もほどほどが宜しいようです。

さて、「私の履歴書」、私は日経新聞をとっていないので、リアルタイムでは読んでいません。写真がたくさん載っているとのこと、見てみたいですね。
http://www.infosite.ne.jp/super/


Kawade夢ムック 「山口瞳」の対談
どくたーT@管理人(837) 投稿日 : 2003年8月13日<水>22時29分/東京都/男性/おじさん
 
本屋で、Kawade夢ムック「山口瞳」-江分利満氏の研究読本-
に丸谷才一さんと山口さんとの日本語に関する対談が収録されています。
私は、結局立ち読みしただけなので、初出など詳細な情報はかけないのですが、このお二人の対談の一部に、庄野さんの文章の練り方、もっといえば、単語一つの選び方の素晴らしさが語られています。日本語に関する大御所の一人である丸谷さんも庄野さんの文章の練り方には一目置いていると言うことが分かって、一寸興味深いです。



http://www.infosite.ne.jp/super/

どくたーT@管理人(841) 題名:庄野さんの言葉の選択 投稿日 : 2003年8月16日<土>10時29分/東京都/男性/おじさん
 
ふかお様
いつもながら、ご紹介ありがとうございました。
この対談が73年の雑誌に掲載されたものとすると、この丸谷さんが読まれた作品は、『絵合せ』のような気がいたします。『絵合せ』は庄野さんの中期の短編小説の最高傑作ですから、話の組み合せ方といい、言葉の選び方といい、間然とするところのない作品で、丸谷さんが感心するのは当然かな、とも思います。

小川様
おっしゃるとおりだと思います。

かつて、安岡章太郎さんだったと思うのですが、遠藤周作、安岡、庄野の三人の推敲の時間について、遠藤さんの2倍、安岡さんが推敲に時間をかけ、庄野さんはそれ以上時間をかけるという趣旨の文章を発表していたとおもうのですが、その推敲にこそ、庄野さんの独特の文章が生れる秘密があるのでしょう。

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小川(840) 題名:正確な言葉遣い 投稿日 : 2003年8月15日<金>23時57分/神奈川県/男性/50代前半
 
 どくたーTさま、ふかおさま、またまたありがとうございます。
 わたくし、たまたま『誕生日のラムケーキ』を読んでいて、その中の「一番咲きの薔薇」という一篇に

「私の書斎にあるプレーヤーは生憎、調子がよくない。」

とか

「昔、三人の子供がまだ小さかったころ、新しく求めたこのステレオ・プレーヤーで夏の夜に音楽を楽しんだ。」

とあるのを見て、時代を感じていたところでした。

 このプレーヤーは

「演奏中に針が同じところをまわって、先へ進まなくなる癖がある。その度に慌ててプレーヤーのそばへ走って行き、針のところを持ち上げて、そっと次なる段階へ移してやらなくてはいけない。」

とあります。
 プレーヤーのそばへ「走って」行ったり、「針」ではなく「針のところ」を持ち上げたり、そっと「次なる段階」へ移してやらなくてはいけなかったりという、こういう律儀で正確な言葉遣いにつとめることから来るユーモアは、庄野さんの文章の特徴の一つではないかと思います。

ふかお(839) 題名:山口・丸谷氏の対談 投稿日 : 2003年8月14日<木>06時52分/京都府/男性/おじさん
 
私も「江分利満氏の研究読本」の山口瞳・丸谷才一両氏の対談「日本語・国語」を読みました。これは1973年に雑誌に載ったようですね。
「生きざま」「死にざま」「怨念」「視座」など、すごむような言葉が嫌いだということから、次のような話になります。

丸谷:いつだったかな、庄野潤三さんの小説読んでいたら、家族がいろいろレコードを聞くという小説でして、その中に「レコード」ということばが出てくるけれども、「LP」ということばも出てこないし、「ステレオ」ということばも出てこない。かたかなことばで出てくるのは「レコード」だけで、きちんと書いてあるわけですよ。ぼくは感心して、なるほどと思った。
山口:たとえば「プレハブ」なんてどうするの。
丸谷:そういうことばは使わないでしょ。
山口:隣にプレハブがあっても、それは書かないわけですね。
丸谷:そういう調子で書くんじゃないですか。ぼくはそのときに非常に感心したのですけれども、庄野さんの日常の言語生活はどうなっているのかなと思いましたね。日常会話と小説の文体との相違点がかなりあるに違いない。それを知ることができたらおもしろいなと思いました。

庄野さんには、絶対使いたくない言葉、というのがたくさんあると思います。


横浜公演のチケットを買いました。
どくたーT@管理人(836) 投稿日 : 2003年8月6日<水>23時09分/東京都/男性/おじさん
 
WATA様
ユートピア国、楽しまれたのでしょうか。私も8月17日の横浜公演のチケットを買いました。横浜公演を行う小屋(って言いたい気分です)は、桜木町の「にぎわい座」という所で、普段は落語や漫才を行うところのようです。3800円でした。あと2週間一寸ですが、楽しみに待ちたいと思っています。
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初期作品のことなど
みや(833) 投稿日 : 2003年8月3日<日>21時56分/大阪府/女性/30代後半
 
 大阪もやっと真夏らしい暑さになりました。8月生まれの癖に夏は苦手とおもっていましたが、庄野さんの夏好きを知って今年は奇妙な幸福感があります。

 わたしも最近、新潮文庫で初期作品を読み返しました。はじめて読んだ「舞踏」に描かれた若い夫婦の共有した闇は、消すことのできない影として心に残りました。ぎこちなく初々しい苦みを、味わい深いとも思いました。その後に「プールサイド小景」「静物」を再読して、いま家族との至福を生きる庄野さんの中には、どこかに若い日への贖罪意識があるのではないかと思ったのです。そんなことはあからさまに書かれてはいませんし、それを口に出すこと、意識にのぼらせることさえ、庄野さんの本意ではないでしょうけれど。
「庭のつるばら」を読んで、光の中で自然体の濾過作用をおこなっているような快さを感じました。それは闇を抱えることを知った人が生きつづけ、書きつづけて、たどりついた今のように思います。
 いずれにせよ、初期作品も最近作もそれぞれに胸に響きます。

 阪田寛夫『菜の花さくら』(講談社)の諸作を読んでいます。「空中ブランコからの眺め」で、阪田さんにレコードを貸してくれた「サローヤン好きの上司」は庄野さんのことでしょうか。とっつきにくくてなかなか読めかったラムの『エリア随筆』(みすず書房)も、やっと「夢の子供」だけは読みました。素晴らしい一編で、庄野さんに感謝したくなりました。随筆には、こういう書き方もあるのかと、時を越えて届くラムの一念の深さに感嘆しました。

どくたーT@管理人(834) 題名:チャールズ・ラムのことなど 投稿日 : 2003年8月5日<火>00時02分/東京都/男性/おじさん
 
みや様
初期作品も最近の作品もよい。よく分ります。
庄野さんは、日本文学より外国文学に強く影響を受けた方ですよね。特に英国とロシア。そして最も強い愛着を感じているのはラムのようです。私は、ラムの随筆をほとんど読んだことが無いので、庄野さんがどのようにラムに惹かれているか、という点を追体験出来ていないのですが、「ラム」があったことで、福原麟太郎との交流が出来、英文学者の福原との付き合いを通じて、ビクトリア王朝時代英国に興味を抱き、「サヴォイ・オペラ」みたいな作品まで書いてしまう、ということはすごいことだと思います。
ラムは、決して幸福な生涯を送った人ではないようですが、そういう生活の中でも後世の読者を感じさせるものを残した、ということは凄いことですね。
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本質は詩人
どくたーT@管理人(832) 投稿日 : 2003年7月30日<水>00時03分/東京都/男性/おじさん
 
モチコ様、小川様
いつもいつもどうもありがとうございます。

庄野さんの最近の文章は、どんどん散文詩のようになっていますよね。彼の師匠が伊東静雄であり、佐藤春夫の薫陶を受けた、ということが大きな背景としてあるのかも知れませんね。詩人は言葉を大切にして選びぬくそうですが、庄野さんも同様だと思います。
言葉を選ぶということは、一方では、書く言葉と書かない言葉とを峻別するということです。
私は、モチコ様の意見に全く同意するものです。ただし、数年前は、そのストイックさが際立っていましたが、例えば、現在連載中の「メジロの来る庭」ぐらいになると、その辺の書くことの選びかたに変化が見られていて、ずっと融通無碍になっています。そこがまた面白いと思っています。

小川様の「庭の小さなばら」の読みかた、正に詩のように読まれるのですね。

ティペラリーの情報もありがとうございました。私も今まで一度も聴いたことが無いので、今度Cdショップに出かけたときにでも、捜して見ようと思います。
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3周年おめでとうございます
モチコ(830) 投稿日 : 2003年7月29日<火>01時22分/東京都/女性/20代前半
 
どくたーT様、遅くなりましたが3周年おめでとうございます。
こちらに書き込むのは久し振りになってしまいましたが、いつも拝見させてもらっています。これからもたくさんの人が集まる素敵なホームページを、期待しています。

ところで、こちらの紹介で知った『文藝春秋 特別版』を、今日やっと買いました。
いちばん最後のページの、庄野さんの「散歩のたのしみ」、素晴らしかったです。
散歩の途中で柳を見れば、「やはらかにやなぎ青める」と北上川の岸の柳をたたえた人のことを思い出し、水仙の花を見れば、道端に咲く水仙の花の思い出をうたったイギリスの詩人を思い出す・・・。
でも庄野さんご自身は・・
 「八十歳を過ぎた私は、自分の年のことも忘れて、今日も一万八千歩歩くのである」
というのが何だか面白く、やっぱり庄野さんの随筆は素晴らしいな、と思いました。

さて、第三のファン様が書き込まれたことについてですが、私の大学の先生方も、庄野さんの初期の作品は高く評価しているけれど、最近の作品についてはあまり良い印象を持っていない方が多い、ということが最近わかってきました。
日常の中の、しかも苦悩や失望感などのない淡々とした小説を書くことは、やはり文学の仕事ではないのでは?? という方もいました。

でも私は、やっぱり今の庄野さんが書かれる作品にも、「産みの苦しみ」があるような気がしてならないのです。それはもちろん、初期の作品とは違った種類の苦しみでしょうが・・・。
川本三郎さんもこのようなことを書いていらしたような気がするのですが、日常や人生の中に必ずついてまわる苦悩や困難を「わざと書かないこと」というのは、その苦悩や困難を、他の出来事と区別するために、かえって直視しなければならないと思うからです。

庄野さんのお年では、失礼かもしれませんが、当然健康上の不安などもあるでしょう。でもそれを書かない。書いても、おおらかで伸び伸びした文章で表現する。
それは、そういう文章を書こうという、大きな「決意」の連続であると思うのです。

勝手な見解を長々とごめんなさい。
私も初期の『静物』や『プールサイド小景』などは、とても素晴らしい作品だと思っていますし、読むたびに惚れ惚れとしてしまうのですが、でも最近の作品にも、私のような若者の人生に深く影響を与えるくらいの、深くて潔い態度が感じられると思ったのです。

ずっと読みたかった『エイヴォン記』を図書館から借りてきたので、楽しみにしながら試験勉強をしています。


小川(831) 題名:「散歩のたのしみ」『庭の小さなばら』とティペラリー 投稿日 : 2003年7月29日<火>22時18分
 
 わたくしも先日、「散歩のたのしみ」を読み(どくたーTさまの御紹介のおかげです)、名文であると思いました。とくに、柳や水仙でそれぞれ詩人を思うというところで『夕べの雲』(「山芋」)を思出し、感銘をうけました。
 『夕べの雲』には、海軍で教育をうけていた頃、ふと「月明りの地面」を目にして「疑ウラクハ是レ地上の霜カト」の詩を唱えたことが書かれています。このように、折につけては詩を思って唱えるという生活は、庄野さんの生涯をとおして変らぬものであるようです。
 ところで最近は、『庭の小さなばら』をときどき読んでいます。いきあたりばったりに開いたページの一段落を読んで、なるほどと感心してそのまま本を閉じるという読み方です。
 このようなほんの数行しか読まないような読み方でも、現実の生活からこの文字が生みだされるまでの、作家の詩魂と技術とを傾けた作業の過程を想像して味わい、読んでよかったと思って満足することができます。たとえば、「長男来る」や「次男来る」の1行にも、なるほどそうですかと、いちいち感心するのです。

 さて、全然別の話ですが、『文学交遊録』などで大阪外語の吉本先生が学生の前で歌ったという「ティペラリー」の曲が収められている「グレナディア・ガーズ吹奏楽名演奏」というCDを見つけました。行進曲になっていて原曲とは感じが違うのでしょうが、これまでこの歌の「イッツ ア ロング ウェイ〜」の繰返しのところだけしか聴けなかった(映画「Uボート」)のが、メロディーを全部とおして聴くことができて、うれしく思いました。みなさまにおしらせまで。


やはり初期作品が・・・
第三のファン(827) 投稿日 : 2003年7月28日<月>21時11分/東京都/男性/20代前半
 
お久しぶりですが失礼します。
開設三周年、誠におめでとうございます。この有為のサイトの益々の発展をお祈りいたします。
さて、本日改めて新潮文庫版『静物・プールサイド小景』の阪田氏の解説を読みました。
そこで私はやはり初期作品に、庄野先生の本質、作品の素晴らしさがあるように思いました。阪田氏によると『舞踏』『プールサイド小景』『静物』は相当苦労した難産の作品であったということです。その難産の中から、新しい、美しい文体が生み出されたのだというのです。
その点、最近の作品はすらすらと、日記のように書かれたものと感じます。産みの苦しみはなかったでしょう。それはやはりそのような感動しか味わえません。「聖家族」である庄野家には生きる苦しみ、困難は存在しないのでしょうか。
小島信夫氏が80歳を越えて、読売新聞に赤裸々な傑作小説を連載されましたが、庄野先生に私はそれを望みます。もっと物語を、生み出すのに苦しんだ魂に響く傑作を読みたいと思います。
『静物』の生活の一瞬、きらきらと輝くような一瞬を見事に切り取った文章。
『イタリア風』の人間の優しさ、抱える困難。
もう一度読みたいと心から望みます。

どくたーT@管理人(828) 題名:初期作品の味わい 投稿日 : 2003年7月29日<火>00時33分/東京都/男性/おじさん
 
まずは、お祝いの言葉どうもありがとうございます。
第三のファン様は、初期の作品に深い思い入れがあり、その御気持、私もよく分かります。例えば「静物」のあの研ぎ澄まされた感性は、庄野さんの代表作にふさわしいものがあると私も思います。しかし、庄野さんは、「静物」を書くのに物凄く苦労したことから、いわゆる「創作」はやめて、自分が経験して、自分の感性に訴えるものを書こうとした、ということです。
そう決めてから、庄野さんは書くのに苦しんだことは余り無い様ですが、その後の作品は、初期の作品の持つ凄みは無くなった代りに、伸び伸びした気分が出て来ます。第三のファン様は、多分その「凄み」に魅力を感じ、私はむしろ「伸び伸びした気分」に魅力を感じます。
私は、庄野文学が日本文学の伝統である「私小説」と完全に決別出来たのは、「夕べの雲」以降の作品だと思います。そういう作風上の流れからすると、庄野さんが初期の作風のような作品を発表することは無いように思うのです。
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立て続けに読破中(7)
粋狂(825) 投稿日 : 2003年7月27日<日>22時42分/東京都/男性/50代前半
 
★ かねて図書館に請求していた『世をへだてて』がようやく届いたので、やっと読むことができました。義父が虎ノ門病院梶ヶ谷分院に2,3度入院してリハビリなどをしていたので、家内や義母なども興味を持って読んでおりました。

★ その後、随筆集で残っていた『庭の山の木』、『クロッカスの花』、『自分の羽根』と遡り、これで随筆集はとりあえず読了。

★ 随筆の中に「ガンビアもの」の短編がいくつかあることを知り、それをまとめて読みたい気持ちも生じたのですが、当初の予定どおり初期家族ものを読んでいくことにし、まず『ザボンの花』(角川文庫版)を昨日読み終えました。『明夫と良二』(岩波少年文庫版)、『野鴨』・・・と読む予定です。この辺りまで遡ると、全集を順次読む方が能率的かなという気もしますが、とりあえず単行本で読めるものは読もうと考えています(全集は、まとめて最後に読もうと思っています)。


どくたーT@管理人(826) 題名:勢いが凄いです。 投稿日 : 2003年7月27日<日>23時51分/東京都/男性/おじさん
 
私もこのサイトを開設してから、庄野さんの作品で単行本化されている全作品を再度読み直しましたが、都合3年かかりました。それに対して、酔狂様の勢い、とどまる所を知らぬ、という感じですね。
全部読み上げましたなら、是非お気に入りの作品を教えて下さい。
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小沼 丹さんの作品
カルミア(823) 投稿日 : 2003年7月23日<水>01時25分/千葉県/女性/忘れた

どくたーT様
3周年!!おめでとうございます。そして、有難うございます。
多くの庄野ファンがそれぞれの想いをこめて、ここに集っています。
今後ともどうぞ末永く続けてくださいね。
小沼 丹さんのミステリ今まさに読まんとしているところです。
文芸文庫に収録された3冊は読みました。小沼さんの文体も無駄が無く
簡潔でなかなかいいですね。庄野さんのよりは少し男性的で洒脱かな?と
感じています。ユーモアもあって庄野さんとウマがあったのもわかります。
早稲田での2人の様子も目に浮かびます。小沼さんの小品にはミステリー
の香りがするなあ・・と思いつつ読んでいたので、「意外」のつぎには「な
るほど」というちょっと納得みたいな気持ちです。・・・楽しみ・・・
「庭のつるばら」は読み損なってついには入手できずじまいだったので、文庫
化されてやれうれしや!です。それで「庭の小さなばら」と同時に平行読書し
ています。1どに合計3冊読んでいるので、ますます頭ヘンになってるようです。
(泣笑)・・・
第三の新人世代ももう現役が少なくなってしまい、卒論にもとりあげられるよう
になったのは羨ましいのですが(私が学生時代は卒論では評価が決まった作家や
故人しか取り上げることができませんでした)文学の1時代を築いたとはいえ存
在感が弱いかな・・と思ってみたり、少々複雑な思いがあります。
・・・ともあれ、いまだ現役で新境地の作品を生み出しておられる庄野さんの
作品をじっくり味わっていきます。(訳判らん文ですみません・・泣・・)

どくたーT@管理人(824) 題名:第3の新人 投稿日 : 2003年7月26日<土>02時09分/東京都/男性/おじさん
 
カルミア様
どうもありがとうございました。レスポンスが遅れて申し訳ありませんでした。

小沼丹さんの作品は、私は余り知らず、短編集を1冊ぐらい読んだ事があるだけです。創元推理文庫からでたという新刊、今度書店に行ったら捜して見ようと思います。

「第3の新人」というのは、一つの文学流派でしたが、結果として、戦後日本文学の核となったと申し上げて良いかと思います。島尾敏雄、小島信夫、安岡章太郎、吉行淳之介、遠藤周作、阿川弘之、庄野潤三と並べてみますと、半数が亡くなり、半数が現役で作家活動を続けておられますが、もう完全に大御所ばかりですね。

とすれば卒論に取り上げられるのも、当然という気がいたします。
この中で、最も普通の方が恐らく庄野さんなのでしょう。私は、庄野さんのその普通ぶりに惹かれております。
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小沼丹さんのミステリ
ふかお(817) 投稿日 : 2003年7月18日<金>22時17分/京都府/男性/おじさん
 
どくたーT様、HP開設3周年まことにおめでとうございます。
このHP及び掲示板は、今や庄野ファンのよりどころという気がします。
ますますの繁栄を願います。

庄野さんの親友であった小沼丹氏の「黒いハンカチ」が創元推理文庫になりました。
小沼さんがこのようなミステリを書いておられたというのは驚きです。
昭和30年代のテイストに溢れた、なかなか味わい深い連作推理です。

どくたーT@管理人(822) 題名:隼人様、ありがとうございます。 投稿日 : 2003年7月22日<火>23時08分/東京都/男性/おじさん
 
力不足ではありますが、今後も庄野さんの読者にとって有用な情報を発信出来るようになればと思っております。皆様のご協力、ご支援を御願い申し上げます。
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隼人(821) 題名:三周年おめでとうございます♪ 投稿日 : 2003年7月21日<月>20時29分/青森県/男性/50代後半
 
ドクター様!HP開設三周年だそうで、誠におめでとうございます。
ここのHPを見つけてからというもの、ますます庄野先生のお作品を
勉強しなければ、と思うようになりました。
これからも様々な情報など提供してくださればありがたいです。よろ
しくお願いいたします。

どくたーT@管理人(820) 題名:ありがとうございます。 投稿日 : 2003年7月19日<土>22時37分/東京都/男性/おじさん
 
ふかお様
考えて見ますと、私が、「庄野潤三の部屋」をしっかりさせようと思ったのは、ふかお様からのメールがきっかけでした。庄野文学を愛好している方が少なからずいる、ということがわかり、このように発展したものと思います。そういう意味ではこのサイトの発展のきっかけを作ってくださったのは、ほかならぬふかお様でありまして、感謝の言葉もございません。
今後ますます発展して行って欲しいですが、それはひとえにこのサイトをご覧になって下さる方々の、庄野文学に対する気持ちの高まりだろうと思っております。皆様、今後ともどうぞ宜しくおねがい致します。

さて、小沼丹さんが推理小説を書いているとは、全く知りませんでした。一度読んでみたいですね。

酔狂様
講談社は、恐らく文庫化を計画していると思います。ただし文芸文庫版として。文芸文庫は、文庫化される時期が相当遅いようです。昨年「インド綿の服」が文庫化されましたが、「インド綿の服」が出版された時期を考えると、文庫化されるまで15年ぐらいかかっていますね。とすれば、「ピアノの音」が文庫化されるのは2010年過ぎかもしれません。

文藝春秋社。望み薄ですね。

庄野ブーム、あるらしいですけれども、出版社が期待するような強いブームではないのかも知れません。
http://www.infosite.ne.jp/super/

粋狂(818) 題名:もっと文庫化すれば! 投稿日 : 2003年7月19日<土>11時28分/東京都/男性/50代前半
 
★今週の週刊文春で坪内祐三氏の「文庫本を狙え!」で取り上げられていますよね。庄野さんらの「第三の新人」について触れられています。

★庄野さんの『庭のつるばら』(新潮文庫)を取り上げられたのも確かこの欄でした。坪内氏はヒョットして、私と同様に、@新潮社のPR誌『波』で「うさぎのミミリー」を読む → A『庭のつるばら』を取り上げた → B庄野作品を読んで小沼丹や井伏鱒二や「第三の新人」の作品も取り上げたくなった・・・ということはないでしょうか。私も、庄野作品を読み始めて、小沼丹を知り、ガンビアものなどでで安岡章太郎や吉行淳之介などとの交友(横浜港で見送りに来ていたし、郵便の取り交わしが頻繁。なお、この見送りの中に俳優の金田竜之介氏も居たりして、ヘーッ!と思うこと多し)の深さを知り、改めて彼らの作品も読みたいと思っています。

★ 坪内さんのこのコラムだったと思いますが、少なくとも、講談社や文芸春秋社は、『貝がらと海の音』に始まるシリーズの文庫化を怠っているのは怠慢だと思いますね。私が庄野さんにハマり、家内→義母→叔母→義姉 という風に伝染しております。その際に困ることは、すぐ手に入る文庫本が少ないということです。今まで、「第三の新人」の中でも比較的地味な存在だったと思いますが、今、庄野さんは、今や盛りと大輪を咲かせているのではないでしょうか。『明夫と良二』なんかも絶版なんですよね。私は、『波』の「うさぎのミミリー」の連載が契機で静かに庄野ブレークが起こっていることを、出版社関係者はもっと認識すべきはないでしょうか。文庫化がまたブームを呼ぶ相乗効果を生むと確信しております。 


サヴォイ・オペラ
WATA(816) 投稿日 : 2003年7月17日<木>08時53分/愛知県/女性/30代後半
 
 こんにちは。
管理人様の『サヴォイ・オペラ』紹介、早く拝読したく期待しております。
それというのも、名古屋大須演芸場でサヴォイ・オペラを元にしたお芝居を、「スーパー一座」が毎夏上演しているからです。この一座は冬は歌舞伎(ただし音楽は洋楽が主)、夏はオペラを演っており、娯楽性を一番に追究しながら結構見応えのある舞台を見せてくれます。
 庄野先生がなぜこのオペラを取り上げたのか、未読の私にはとても興味があります。

 話は変りますが、『中島敦 父から子への南洋便り』(題名が間違っているかも)を読み、手紙って良いものだなと実感しております。庄野文学の温かさも、折に触れて登場する子や孫の手紙から醸し出されるのでしょうね。

どくたーT@管理人(819) 題名:書きました。 投稿日 : 2003年7月19日<土>21時56分/東京都/男性/おじさん
 
WATA様『サヴォイ・オペラ』の紹介文、早速掲載致しました。

大須オペラ(リンクを貼ってみました)は私も一度は拝見したいと思っているのですが、未だ見た事がありません。名古屋は乗り換えばっかりで、町に出た経験は一度しか無いので、当然かもしれません。
大須オペラでこれまで取り上げたサヴォイ・オペラは、 《ミカド》(1992年)、《ゴンドリエーリ》(1993年)、《ペンザンスの海賊」》(1994年)、《軍艦ピナフォア》(1998年)で、本年は久々のサヴォイ・オペラ《ユートピア国株式会社 = または進歩の花形》が現在上演中とのことです(7月14日〜8月3日)。

尚、庄野先生の「サヴォイ・オペラ」には、《ゴンドリエーリ》を「ゴンドリア」と《ユートピア国株式会社》を「ユートピア国、有限会社」と書いてあります。

手紙について:
私は、、『中島敦 父から子への南洋便り』は未読ですが、庄野作品の魅力が手紙にもあることは全く同感です。

http://www.infosite.ne.jp/super/


おめでとうございます
うまぞう(814) 投稿日 : 2003年7月15日<火>14時49分/愛媛県/女性/おねえさん
 
3周年、おめでとうございます。管理人さんの庄野作品に対するあたたかい解説をいつも参考にさせていただいてます。しかし我が町の図書館には初期の作品がなくて・・・。「ガンビア滞在記」などは、是非手に入れたいのですが。庄野作品歴の浅いわたしにとっては、庄野さんにいつまでもお元気で執筆していただきたいと、せつに願ってます。

どくたーT@管理人(815) 題名:ありがとうございます。 投稿日 : 2003年7月15日<火>23時18分/東京都/男性/おじさん
 
うまぞう様
表紙をご覧になって下さったのですね。ありがとうございました。お陰様で3周年をむかえることが出来ました。庄野潤三の部屋は、1週間ほど開設が遅れたのですが、、。

管理人の庄野作品全単行本紹介は、あと「サヴォイ・オペラ」を残すのみとなりました。「サヴォイ・オペラ」は、庄野文学好きで、オペラ好きの私としては、十分考えて書きたいと最後までとって置いたものです。あと1箇月ぐらいの間で、まとめ様と思っております。

ガンビア滞在記は、昔中公文庫で出ておりましたし、また、新潮現代文学の40巻庄野潤三集と、昭和文学全集21巻(小学館)にも収録されておりますので、そちらを御探しになると良いですよ。


立て続けに読破中(6) 〜 ガンビアもの4冊〜
粋狂(811) 投稿日 : 2003年7月11日<金>00時12分/東京都/男性/50代前半
 
★ 随筆集が途切れ、図書館から『ガンビア滞在記』(中公文庫)が届いたので、@同書、A『シェリー酒と楓の葉』、B『懐かしきオハイオ』、C『ガンビアの春』、の順でガンビアもの4冊をまとめて読みました。刊行順ではなく、管理人さんの内容紹介を参考にして、『懐かしきオハイオ』を『ガンビアの春』の前に読むことにしました。これが大正解で、この2冊には、今の庄野さんの作風につながる日記体でいろいろなエピソードが綴られいて、その充実した滞在のご様子に圧倒され、読書前には予想もしなかった熱い感動をおぼえました(『ぎぼしの花』に収録されていてコピーしておいた「「ガンビアの春」補記」にもジーンときました)。

★『ガンビア滞在記』がお隣のエディノワ家との交流に焦点を当てたダイジェストみたいなもので、その中では触れられていないクリスマス休暇に学生に誘われて行くワシントン紀行、3月末のバスを使った5泊6日のニューオリンズまで行く南部旅行、卒業式後のニューヨークやカナダ国境の旅行とか・・・『シェリー酒と楓の葉』と大部の『懐かしきオハイオ』を読んで、その充実した生活に驚きました。そして、大学関係者だけでなくて、キニー夫妻、マッキー夫妻など近郊の人々との交流も、帰国が近づくにつれて濃密となって行き、それが『ガンビアの春』の感動につながるんですよね。往きのクリーブランド号で親しくなったウインタースティーンさん一家との再会やスカランジェロさんとのニューヨークでの再会も、人生の陰影が描かれていて味わい深い。

★例のごとく登場人物一覧表をつくりながら読み始めたのですが、なんと『ガンビア滞在記』の坂西志保さんの解説の中に「外国の苗字や名はピンと来ない。読み始める時、紙と鉛筆をとって名前を書き出すことである。・・・・このようにして簡単な人物索引をつくる。読書になじまない人も、こんな単純な作業によってハンディキャップを克服することが出来る。」とあって、大いに意を強くしました。私の作った一覧表は、最初の『ガンビア滞在記』では1ページに収まったものが、最後は4ページにもなりました。このアメリカ行きを薦められた坂西さんが『懐かしきオハイオ』と『ガンビアの春』を読まれたらどんなに喜ばれただろうか、と思います。きっと庄野さんも、同じ思いでしょうね。

★『ガンビア滞在記』のあとがきで、庄野さんが、「私は滞在記という名前をつけたが、考えてみると私たちはみなこの世に滞在しているわけである。自分の書くものも願わくばいつも滞在記のようなものでありたい。」と書かれているのも、現在の庄野作品につながるものと理解できますね。

★ これで庄野作品27冊。番外で小沼丹『清水町先生』(ちくま文庫)も読みました。次は随筆集の残り3冊に戻ります。

粋狂(813) 題名:同感! 投稿日 : 2003年7月13日<日>23時57分/東京都/男性/50代前半
 
★『ガンビア滞在記』が軽く読めたので、『シェリー酒と楓の葉』と『懐かしきオハイオ』(特に後者)の濃密さには本当に驚きました。軽く読み流したような『ガンビア滞在記』をもう一度読み直そうかと思っています。管理人さんの作品紹介のお陰で、『シェリー酒と楓の葉』と『懐かしきオハイオ』をセットで読めたのは本当に良かったと思います。私は、最初に『ガンビア滞在記』を読んだのですが、場合によっては、前記2冊(あるいは『ガンビアの春』も含めて3冊)の後に読むのも良いかもしれないと思っています。

★どちらが好きという問題ではなく、『ガンビア滞在記』と残り3冊とは系統が異なるもので、私は、『シェリー酒と楓の葉』『懐かしきオハイオ』『ガンビアの春』の3冊を、庄野ファンの皆様には、是非お見逃し(=読み逃しなく)と強くお薦めしたい次第です。

どくたーT@管理人(812) 題名:ガンビアもの 投稿日 : 2003年7月13日<日>02時39分/東京都/男性/おじさん
 
酔狂様
庄野さんがガンビアに滞在中に書かれた日記は、原稿用紙5000枚にものぼるそうですが、これがストレートに反映されたのが、「シェリー酒と楓の葉」と「懐かしきオハイオ」であります。小説としての(勿論小説ではないのですが)技巧を凝らしているのが「ガンビア滞在記」。「滞在記」は余計な部分を全て削ぎ落して、ガンビアでの生活にのみ光を当てるようにし、マッキーさんとの交流もウィンタースティーン氏との再会も全て番外篇として書かれました。しかし、生活は、そう簡単に焦点を絞られるものではなくて、色々な事柄が並行して動くのが普通ですよね。その意味で、「シェリー酒と楓の葉」と「懐かしきオハイオ」の方が生の庄野夫妻の状況が描かれていて、私は好きです。


阪田さんの解説文のことなど
みや(809) 投稿日 : 2003年7月6日<日>21時26分/大阪府/女性/30代後半
 
 こんばんは。会社帰りに大阪市立中央図書館で、先日管理人さんに教えていただいた昭和文学全集第21巻「小島信夫、遠藤周作、庄野潤三、阿川弘之集」の阪田寛夫さんの解説を見つけました。「わが文学の課題」が、どんなふうに引用されているか知りたかったのです。
 まず、阪田さんが庄野さんの文章を紹介されている語り口が、とても素敵でした。「わが文学の課題」が、戦後間もなく書かれただけに異彩をはなつ文章であることもよくわかりました。全集に収録された庄野さんの諸作品を一本の糸でつなぐようにして綴られた解説文そのものも、とても味わい深いものですね。さっそくコピーして帰りました。
 対象を大切にして書かれた解説文や、追悼文などには、時々とてもいいものがあると思います。

 余分な話になりますが、庄野さんの「わが文学の課題」を読んでいると、自然に浮かんでくるのが北村薫の『秋の花』という小説の中で、作中人物の落語家がこう語っているくだりです。

 「絵が残る音楽が残るというのも、僕にはどうもその絵その音楽だけのことではないような気がするんです。例えばモーツァルトの楽譜も記録も演奏も総て消えてしまい、この世の誰一人彼の作品も存在自体も知らなくなっても、それでもモーツァルトの音楽はどこかに残ると思うのです。絵が、小説が、詩が、焼けても消えても残る。舞台でも我々の芸でも、またこの世に生きている皆なの生活の中の、言葉でも動作でも、あるいは一瞬の表情一つでも、それが本当にいいものならば、どこかに永遠に残るような気がするのです」

 何を残したいか。若い日に庄野さんが選び取った課題を、今もひとすじに書きつづけられていることを最近の諸作品や、阪田さんの文章に感じ、何よりひたむきさに打たれます。
 

どくたーT@管理人(810) 投稿日 : 2003年7月7日<月>21時56分/東京都/男性/おじさん
 
みや様、素敵な書き込み、ありがとうございました。
庄野さんの文学について述べた文章は数々あるし、阪田さんも「庄野潤三ノート」をはじめとして多数の解説文、紹介文を書いていると思うのですが、短くて、すっきりとまとまっていて、それでいて庄野文学の全貌を示すように書かれているという点で、昭和文学全集の解説は出色のものだと思っています。
 惜しむらくは、この巻に収録された庄野さんの作品は、初期の作品に大きく片よっているため、中期、後期の傑作群がほとんど漏れており、解説も非収載の作品を余り語っていないということだろうと思います。

 北村薫は、私の好きな作家で、主人公の大学生「私」と落語家「春桜亭円紫」師匠の活躍する「空飛ぶ馬」に始まるシリーズは、私の大好きなものです。このシリーズはミステリですから、人間の性(さが)を描いている部分もあるのですが、半面一種の教養小説でもあり、「私」の成長が見える所がとても気に入っているところです。北村さんが「秋の花」で「春桜亭円紫」に言わせた、みや様のご紹介の部分、芸術の本質を衝いております。
庄野作品も、例え活字が無くなったとしても、それを読んだ私たちの気持はなくならないのだろうと思うのです。


全国放送コンテスト
やま(798) 投稿日 : 2003年6月22日<日>17時17分/富山県/女性/20代後半
 
初めて書き込みいたします。

今日全国放送コンテストの地方予選に出席しましたら、なんと朗読部門の課題図書のひとつに「貝がらと海の音」がはいっておりました。他は菊池寛、有吉玉青、Oヘンリー、竹取物語です。
有吉さんが一番人気で「貝がら・・」はほとんど読む生徒はいませんでした。

でも結果的に地方予選を勝ち抜いた6人の生徒の中に「貝がら」を読んだ子が一人いたのでうれしかったです。

読む箇所は自分で決めてよいのですが、タイトルにもなっているふうちゃんの名セリフの箇所を読んでいました。プロによるものではないけれど庄野作品の朗読をきくのもなかなかよい気分でした。

隼人(808) 題名:ほんと、驚きです! 投稿日 : 2003年6月29日<日>14時06分/青森県/男性/50代後半
 
管理人様とやま様、今日は!
やま様と同じ経験の持ち主が偶然に居合わせたなんて、これも庄野先生のおかげでしょうか。お導きでしょうね。
人間誰しも幼いときや学生時分の頃に抱く将来の夢が実現することって、なかなか難しいものですよね。僕はアナウンサーのほかに野球の選手、天文家、小説家などを目指したのですが、気が多かったのが災いしてか(材木屋ではありませんが)、どれも叶いませんでした。ただ辛うじて小説だけは同人雑誌の仲間に入れていただき、趣味で書いています。夢がほんのわずかだけ実現中というところですね。
庄野先生を知ることができたのも、小説を書いていたおかげでしょう。これからも、
仕事の合間にいい作品が書けるようにがんばります。

どくたーT@管理人(805) 題名:やま様、隼人様 投稿日 : 2003年6月29日<日>01時39分/東京都/男性/おじさん
 
全国放送コンテストって、どの程度ポピュラーなコンテストか存じませんが、それに参加された経験のある方がお二人も書き込んで下さるなんて驚きです。
隼人様はアナウンサー志望が果せずの地方公務員、やま様は学校の先生のようですが、たとえそうであっても、こういう経験を体験したということはインパクトがあるのでしょうね。
私は、そういう経験があったかしら、と思うと思い出せません.小学校3年か4年のときにクラスでローカルテレビ番組に出演したことがあるのですが、私はただ立っていただけだったのではないかしら。

やま(802) 題名:私もです 投稿日 : 2003年6月26日<木>09時29分/富山県/女性/20代後半
 
隼人様
そうなんですか!実は私も高校時代コンテストに出場したことがあるんですよ!懐かしいですよねぇ。

その時読んだ課題図書を今でも憶えていますので(沢村貞子さんの「私の浅草」でした)
今回の生徒たちも庄野作品をずっと憶えていて、大人になってまた読んでほしいなあと思います。

でも、審査員の方の中には「貝がら・・」は高校生が興味をもてない内容で、大人の自分でも退屈で最後まで読めなかったと言う方が結構いて、とても残念でした。
中には「この作品を選んだ時点で予選突破は無理だ!」なんて言う人もいて、私は心の中で
激しく反論してましたが、結果的にはすごく上手く読んでくれた子がいてよかったです。

私は地方に住んでいますのでよけいにかもしれませんが、庄野作品が好きという人になかなか出会えないので寂しいです。
そんな私にとってこの掲示板は本当にありがたいです。

隼人(801) 題名:アナウンスコンテスト 投稿日 : 2003年6月26日<木>01時43分/青森県/男性/50代後半

今晩は!管理人さまご無沙汰しています。いつも楽しく読ませていただいています。
ありがとうございます。さて、やまさん!初めまして。やまさんの書き込みの中に
<放送コンテスト>という部分があり、とても懐かしく拝見しました。昔、そう、「高校三年生」という学園ソングが全国を制覇していた頃ですが、僕もその高校三年生でして、放送コンテストに出場したことがありました。将来の夢はアナウンサーになることでした。でもそれは叶えられず、今は逆風に立たされている公務員。うまくいかないものです。でも昔の夢を思い出させてくれてありがとう。庄野先生と関係ない話ですみません。でも庄野先生の大だいファンでもありますよ。

どくたーT@管理人(799) 題名:それは嬉しいお話です 投稿日 : 2003年6月23日<月>00時07分/東京都/男性/おじさん
 
やま様、教えてくださり、どうもありがとうございました.

やっぱり嬉しいですね。

庄野作品って、言葉が明瞭でよく選んでありますので、朗読にはぴったりだと思っています。自分ではやりませんが。だから、ふうちゃんの名台詞の所を読んだ生徒さんが予選を通過するのは、当然のような気もいたします。勿論読んだ方の技術も高かったのでしょうが。


シャトレーのソフトクリーム
しも(803) 投稿日 : 2003年6月27日<金>23時36分/大阪府/男性/おにいさん
 
先週の日曜日、暑い日に初めて生田を訪れました。
以前から一度訪れてみたいと思っていましたので、神奈川の知人を訪ねたあと、ちょっと足をのばしてみました。
自分の読んでいる小説の場所にいるっていうのは、なんというか、不思議な感じですね。
特に下調べをせずに行ったので、感をたよりに歩いたのですが、小説でなじみのある名前をなんとか見つけることができました。高砂タクシー。スーパーのOK。藤屋。シャトレー。
生野は想像していた通り、住みよい、けど特別でない私の周りと同じ街でした。日々見落としがちな幸せをすくって見せてくれる、庄野さんの世界が広がっていて、なんかほっとしたしだいです。
ところで、シャトレーではソフトクリームを買って食べましたがとてもおいしかったです。みなさんも、もし行く折があれば、どうですか?

どくたーT@管理人(807) 題名:申し上げるまでもありませんが 投稿日 : 2003年6月29日<日>01時48分/東京都/男性/おじさん
 
下の「小のさん」は「庄野さん」の誤りです.

どくたーT@管理人(806) 題名:シャトレー 投稿日 : 2003年6月29日<日>01時47分/東京都/男性/おじさん
 
しも様ありがとうございます.
シャトレー、建替えのために一時閉店していた筈なのですが、再開したのですね.私は洋菓子類が割合好きで、有名店のケーキなどもしばしば頂くのですが、家の近所の店もよく利用します。庄野文学の好ましいところは、そういう普通の人の生活感がしっかりあるところなのでしょう。
生田の三田団地。すっかり落ちついたたたずまいの、しかし普通の町です。小のさんは、この町の建設時代から見つめてきているのですね。


文春別冊「大養生」
どくたーT@管理人(800) 投稿日 : 2003年6月25日<水>23時56分/東京都/男性/おじさん
 
昨日発売になりましたが、「おしまいのページで」庄野潤三「散歩のたのしみ」が掲載されております。最近は、散歩のペースを少し落して、毎日18,000歩、歩かれているそうです。

どくたーT@管理人(804) 題名:万歩計 投稿日 : 2003年6月29日<日>00時51分/東京都/男性/おじさん
 
18000歩と一口でいいますが結構な歩数です。
私も一時、万歩計をつけてあるいたのですが、結構まじめに努力しないと一万歩を超えるのも大変です。私の場合、平日は、通勤の往復でざっと5000歩。仕事場の中で歩くのがざっと3000歩。それに昼休みの散歩で2000〜3000歩歩きますので10000〜11000歩はかろうじて歩いているのですが、休日は結構歩いているようでも、5000歩ぐらいのことが多いです.
そう思うと、通勤が無関係の庄野先生が毎日18000歩を歩いているということは、本当に凄いことだと思います.


ラジオ深夜便「ナイト・エッセイ」
小川(793) 投稿日 : 2003年6月13日<金>20時57分
 
 ごぶさたしています。
 最近は、「庄野はカニでお酒を飲み、泣いて居ります」と、「わたくしめ、し、し、四十になりました。これからはワビ、サビの境地を味わい、しかし、元気でユカイにやって行きたいものです」とを思い出しては、面白がっている毎日です。

 ところで、昨晩、NHK第一放送の「ラジオ深夜便」中の「ナイト・エッセイ」という時間で、小池昌代(詩人)という人が『庭の小さなばら』について話をしていました。「詩の力を信じて」という4回連続放送の最終回とのことでした。

 「梅の実」のところ、つまり、夫人が庭の梅の実を全部採ったつもりでいたら、朝、落ちていた。それでもうおしまいと思ったら、次の日、また落ちていたというところについて、梅の実が落ちつづけることは、作者が、日々生かされつづけていることと重なっているという話でした。

 それから、もらったバラの苗が、枯れてしまったと思っていたら、思いがけず生きていて花がさいたということも、それと同じで、人間の期待を、自然が不思議に裏切っていくということが書かれているのであるということを話していました。

 毎日の、当たりまえのことが、じつは神秘的で奇跡的なことでもあるということを、この小説は、やわらかくあまい文章で綴っているというようなことでした。死というものを口のなかで溶かしているような・・・というようなことも言っていたようです。

 番組の最後は、「永遠に来ないバス」という自作の詩の朗読でした。

 以上、とっさのことでメモもよくとれず、記憶に基づいて書いた不正確な紹介ですみません。どなたか、しっかり聞いた方はいらっしゃいませんか。

粋狂(797) 題名:夏子さんもおばあちゃん!! 投稿日 : 2003年6月15日<日>13時10分/東京都/男性/50代前半
 
★今日、図書館に行って「文学界」7月号の「メジロの来る庭」を読んできました。夏子さんがおばあちゃんになられたことが書いてありました。庄野さんのひ孫第1号ですね。

どくたーT@管理人(795) 題名:返事が遅くなりました。 投稿日 : 2003年6月15日<日>11時23分/東京都/男性/おじさん
 
小川様
こちらこそ、御無沙汰しています。

>「庄野はカニでお酒を飲み、泣いて居ります」
は、確か「メジロの来る庭」に載っていた話しでした。こういう言い回しに、庄野一家の関西系ノリを感じます。下の
>「わたくしめ、し、し、四十になりました。これからはワビ、サビの境地を味わい、しかし、元気でユカイにやって行きたいものです」
これは、夏子さんの言葉でしたね。そういえば夏子さんもおばあちゃんになったのでした。庄野さんの御本には未だ書かれていませんが、初孫が生れたとき、
「わたくしめ、つ、ついに、本物のおばあさんになってしまいました。これから飲むお酒は、おとうさんの愛飲している「初孫」にしましょう」というような手紙を書かれているかも知れません。

 ラジオ深夜便は一度も聴いたことがありません。したがって、こういうお話があったことも存じませんでした。御紹介ありがとうございました。


立て続けに読破中(5)
粋狂(794) 投稿日 : 2003年6月14日<土>23時30分/東京都/男性/50代前半
 
★『世をへだてて』がまだ入手かなわず、随筆集の『散歩道から』『野菜讃歌』を読み、さらに随筆集を遡ることにして『ぎぼしの花』『御世の稲妻』を読み終えたところです。今晩から23冊目の『イソップとひよどり』に取り掛かる予定です。随筆集をあと3冊遡りたいところですが、図書館に注文していた『ガンビア滞在記』(中公文庫)が図書館に届いたようなので、これが24冊目となり、「ガンビアもの」4冊を先に読むようになるのかもしれません。

★『ぎぼしの花』の中にも「ガンビアの春」補記なるものもあり、ガンビアものに目を通していない私は、とりあえずその文章をコピーして、ガンビアものを読み終えたらもう一度読み直すつもりです。『ぎぼしの花』には、夏子さんが足柄山に引っ越され、龍也さんは結婚され、和也さんが庄野さんの家にまだおられる頃のお話が出てきますね。『御代の稲妻』になると、昭和50年代初め頃のお話で、夏子さんも足柄山に引っ越される前で、三男の明雄君が赤ちゃんだし、龍也・和也両氏とも独身で「生田の山の上」におられ、和也氏はまだ大学生の頃なんですね。しかしタイトルの「御代の稲妻」とはどういう意味なのか気になっておりましたが、読んでみて「なーんだ」と思いましたが、でも面白い秀逸な題名だと思いました。

どくたーT@管理人(796) 題名:庄野さんの随筆 投稿日 : 2003年6月15日<日>11時45分/東京都/男性/おじさん
 
酔狂様
いつも書き込みありがとうございます。

庄野さんは、1972年の「野鴨」を最後に、1990年の「エイヴォン記」まで生田の山の上を舞台にした作品(小説)を全く執筆していません。その間書かれた作品は、聞書き小説であるか、あるいは紀行文、家族を題材にしたものも、黍坂から足柄山へ移り住む和子(夏子さん)一家のものに限られています。
黍坂ものの中に、明夫と良二兄弟の消息が断片的に書かれていますが、その間彼等は、庄野文学の題材からはずれているのです。
しかし、身辺雑記的な随筆には、男の子達の消息も少しづつ書かれており、例えば、和也さんが新星堂に勤務して、吉祥寺の店長になったとき、庄野夫人がわざわざレコードを注文しに行き、店長が真面目くさった顔で、「庄野様、ありがとうございます」といった話しなどは、好きなエピソードです。
庄野文学の全貌の中で、家族は最も重要なテーマですが、山の上の家族が段々減っていく時期の状況を見る上でも、この時期の随筆は興味の尽きないものであります。

 

教えてください。
みや(788) 投稿日 : 2003年6月10日<火>00時27分/大阪府/女性/30代後半
 
管理人様、早速のレスポンスありがとうございます。うれしいです。
文庫版『庭のつるばら』の岩阪恵子さんの解説に引用されていた、庄野さんの「わが文学の課題」という文章にとても惹かれました。全文読みたいと思いますが、どこに収録されているでしょうか。娘さんの名前が夏子さんで、水泳が好き。まさに、全身で夏を好きだと言っておられるようですね。昨日読みおわった「舞踏」も、筋書きよりも、絵の好きな妻が空っぽのプールをスケッチする夏の夕刻の描写に心惹かれました。

みや(792) 題名:ありがとうございます! 投稿日 : 2003年6月11日<水>22時17分/大阪府/女性/30代後半
 
思いがけず、探していた文章をこの場で読むことができ、とても喜んでいます。
かなり長い文章を、本当にありがとうございました。
若い日の読書では、この庄野さんの溢れるような夏への思いを察することはで
きませんでした。それだけに、この一文を手がかりとして、二度目の出会いが
できるのが、愉しみになりました。何よりの贈り物です。
まずは手元にない文庫の残りを一冊ずつ求め、それから図書館で少しずつ借
りていこうと思っています。

どくたーT@管理人(790) 題名:何処にも収載されていないと思います。 投稿日 : 2003年6月10日<火>23時22分/東京都/男性/おじさん
 
「わが文学の課題」は、昭和24年7月に、当時大阪で発行されていた「夕刊新大阪」という新聞の学芸欄に載ったものだそうです。これは、庄野さんの文学的出発時期の彼の考えを知る上で非常に興味深いものですが,どの随筆集にも載っていなかったと思います。
 私もこの全文は多分読んだことがないのですが、小学館発行の昭和文学全集第21巻「小島信夫、遠藤周作、庄野潤三、阿川弘之集」における阪田寛夫さんの解説に、この随筆のかなり長文の引用があります。
 誤ることを承知の上で引用します。これが全文だったらいいのですが。

「巴里祭の日から今日でちょうど十日になる。一年中で僕の一番好きな季節である。
 美しく澄んだ空に今年最初の入道雲がくっきりとそそり立つのを見る時ほど、心おどりのする時はない。太陽の光は強烈であるほどよい。クラクラと眼まいのするような日の中を歩くのが僕は大好きだ。(中略)
 外出から帰って来ると僕は裸になり、庭の水道のところへ行って、水を浴びる。水をかぶる瞬間に、ひやあ!というような声を立てる。冷たいからではなくて、そうする方が愉しいからだ。
 僕はこのように僕の一番好きな季節を残りなく愛する。そして自分で名づけて(巴里祭のあと)と呼んでいる。その季節は短い。きらめく夏空にふと疲れを見つける日に、それは終わるのだ。終わったと思うと、ひどくさびしい。
 しかし、と僕は時々思う。こんな風に僕は生きているけれど、これから先、幾回夏を迎えるよろこびを味うことが出来るのだろう?僕が死んでしまったあと、やはり夏がめぐって来るけれどもその時強烈な太陽の光の照らす世界には僕というものはもはや存在しない。誰かが南京はぜの木の下に立って葉を透かして見ている。誰かが入道雲に見とれて佇ちつくしている。そして誰かがひやあ!といって水を浴びているだろう。しかし、僕はもう地球上のどこにもいない。
 僕が夏の頂点であるこの時期を一番愛していたということは、僕をよく知る幾人かの人が覚えていてくれるだろう。だが彼等も亦死んでしまった時には,もう誰も知らないだろう。それを思うと、僕は少し切なくなる。
 そして、そのような切なさを、僕は自分の文学によって表現したいと考える。そういう切なさが作品の底を音立てて流れているので読み終わったあとの読者の胸に(生きていることは、やっぱり懐かしいことなんだな!)という感動を与える。−そのような小説を、僕は書きたい。」

尚、中略の部分には、阪田さんによると、「真夏の市街を走る電車から、空襲の焼けあとに重なり合うように咲く向日葵を見る時や、果物屋の店先に露のしめりを帯びた巴旦杏がならぶのを見る時の、心の底からのよろこび」が記されているそうです。

http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html


はじめまして
みや(785) 投稿日 : 2003年6月8日<日>23時48分/大阪府/女性/30代後半
 
ヤフーの検索欄に「庄野潤三」と入れて、たどりつきました。多くの愛読者がおられることに驚き、掲示板のあたたかい雰囲気と作品紹介など記事の充実に目を瞠っています。末永くつづけてください。

高校生の時に帰宅バスの発車待ちに入った町の本屋さんで『夕べの雲』(文芸文庫ではない講談社文庫版)を手にとったのが庄野文学との出会い。その後『絵合せ』の文庫増刷を待ちかねて買いもとめ、学校の図書館にあったいろんな文学全集の「庄野潤三」の巻を拾い読み。『ザボンの花』(福武文庫)を読んだ後、少し熱がさめ遠ざかっていましたが、このほど東京在住の若い友人の影響で久しぶりに『庭のつるばら』(新潮文庫)を手にとったら、あっさり庄野熱が再発したところです。

須賀敦子のエッセイを愛読している時に、彼女が『夕べの雲』をイタリア語に訳したと知り驚きましたが、とても嬉しくおもった記憶も鮮やかです。その後、「文藝」の須賀敦子追悼号に寄せられた庄野さんの文章には微笑をさそわれました。まさに「文は人なり」という好ましい一文でした。庄野潤三は内容もさることながら、文章にえもいわれぬ味わいがあるのですから。

また、阪田寛夫さんの『土の器』(文春文庫)も高校時代の愛読書でした。その後、子どもの頃好きだった「みんなのうた」の作詞訳詞の多くを手がけたのが阪田さんだと知り、『含羞詩集』も好きになりました。最近、北村薫の『謎のギャラリー』(新潮文庫)で、シナリオライターとしての阪田さんの横顔も知って嬉しく思っています。

本を読み続けることは、人と人、人と本とのつながりを広げつづけることでもあるなと実感しています。

どくたーT@管理人(791) 題名:そんな恰好のいいものではありません。 投稿日 : 2003年6月10日<火>23時56分/東京都/男性/おじさん
 
確かに庄野潤三全集は、高校入学の時買って貰ったのですが、このときもっと欲しかったのが講談社から出ていた「大衆文学大系」全30巻でした。これは非常に優れた企画だと思うのですが、残念なことに大した数は刷らなかったらしく、書店に注文した所、版元品切れで入手出来ませんでした。その代りと言ってはなんですが、庄野潤三全集にした、というのが本当です。当時好きな作家が沢山いたにもかかわらず、そこで庄野潤三全集を選んだ理由ははっきりとは思い出せません。今になってみれば結構見識が高いな、と思うのですが。ただ、一介の高校生には結構ハイブラウで、最近昔読んだ作品を読み直しているのですが、当時はいかに読みが浅かったか、とつくづく感じます。

ところで、私は昔からエンターティメント路線が本流です。乱歩も佐々木邦も大好きです。私の父は、読書のみが趣味のような人で、貧乏でも本だけは買っていました。父は,小説は全く読まず、仕事関係の本ばかり読んでいたのですが、子供には童話や子供向きの小説をずいぶん買い与えてくれました。私の小説好きは、環境の影響なのでしょう。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html

みや(789) 題名:懐かしい本たち 投稿日 : 2003年6月10日<火>01時12分/大阪府/女性/30代後半
 
早速のレスポンスありがとうございます。
高校の入学祝いに庄野さんの全集をもらったと書いておられるのには、びっくり
したり、いいご両親を持たれたのだなあと感心したりしました。本にしても何に
しても、自分の好きなもの、大切なものが何かわかるというのは、容易ではない
ことだと思っていたので、何だかまぶしいような気がしました。

すこしサイト内を散歩させてもらって、源氏鶏太や佐々木邦や江戸川乱歩の名前を
見つけました。懐かしい名前ばかりです。
わたしは今年で40歳になりますが、中学の時に石坂洋次郎の『青い山脈』や源氏
鶏太の『青空娘』の文庫本を買ってくれたのは母でした。この母は、自分が10代
の頃に読んだ江戸川乱歩や吉屋信子や佐々木邦の(とても粗悪な紙に印刷された)
本を長持ちの中から出して、小学生だったわたしに見せてくれた人でもあります。
乱歩の『少年探偵団』を、わたしたち兄弟は毎晩母の読み聞かせでききました。
串田孫一の随筆集や、立原道造の詩集とも母の書棚で出会いましたが、わたしが
今庄野文学を読みながら、ミステリーや捕物帖も愛読しているのは、母の影響が
大きいと思います。

どくたーT@管理人(787) 題名:こちらこそ 投稿日 : 2003年6月9日<月>23時37分/東京都/男性/おじさん
 
みやさま、書きこみ,ありがとうございました。
私がこのサイトを始めて、この7月15日でちょうど3年になるのですが,その間本当に多数の庄野文学を愛好する方々と出会うことが出来、管理人冥利に尽きると思っております。
庄野文学を愛好する方がたの広場と、今後庄野文学を読んでいこうとする人達のパイロット役となれるように、今後も微力ながら内容の充実に努めて参りますので、また書きこみ等を宜しくお願いします。
管理人の庄野文学歴は何度も書いているのですが、一寸また書きますと、中学校の図書室であかね書房版(だったとおもいます、たしか)の「ザボンの花」を読んだのがきっかけです。最初にこの本に惹かれたのは、多分題名からだとおもいます。その後「夕べの雲」だの「小えびの群れ」だのを読みまして,高校入学祝いに「庄野潤三全集」を買ってもらってディープなファンになりました。
しかし、全集を一通りよんだあとはしばらく庄野文学と離れており,再度復活したのは、「エイヴォン記」からです。その後は、こんなサイトを立ち上げてしまうぐらいのファンになりました。

私は濫読派で、基本的に何でも読むのですが、阪田寛夫の詩の世界や、北村薫の見識の高い推理小説は私の好む所です。考えて見ると、みやさまの「本を読み続けることは、人と人、人と本とのつながりを広げつづけることでもあるな」というのはまさしく真実のように思います。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html


長文の書き込みはうれしいものです。
どくたーT@管理人(776) 投稿日 : 2003年5月29日<木>23時30分/東京都/男性/おじさん
 
WATA様、こんばんわ。
済みません。レスポンスが遅くなりました。
まず、「エイヴォン記」は実験的な作品だと思います。庄野さんは、50年間家族を題材に作品を発表されていますが、「絵合せ」、「明夫と良二」を発表したあと、家族を題材にした作品は「黍坂」の和子の家を描いた「鍛冶屋の馬」や「おもちゃ屋」あるいは、南足柄に引越した夏子さんの手紙で始まる「インド綿の服」となり、自分の息子たちの就職や結婚は作品の題材にしていません。その間は聞書き作品や旅行記を主に発表されています。
そういう中で85年に倒れられて、復帰なされたとき、取材旅行をして書くような小説はもう書けないと考えられたのではないかと想像します。そのとき、自分の周囲を題材とした作品を書こうとした時、一番相応しかったのが、最初の女の孫であるフーちゃんだったということなのだろうとおもいます。とはいえ、自宅でリハビリを行いながら作品を書いていた庄野さんにとって、孫の様子を逐一ノートに取るのは難しく、その行動のエッセンスと、かつて自分が親しんできた外国文学の作品紹介を組み合せて、家に居て読書をしながら生活を語るというスタイルにしたのではと思います。すなわち、書斎の机で読書をしていると、孫娘が遊びに来る、という形式ですね。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html

どくたーT@管理人(786) 題名:横レス、大いに歓迎します。 投稿日 : 2003年6月9日<月>00時00分/東京都/男性/おじさん
 
ききみみずきん様、酔狂様
横レス、ありがとうございました。
こういう風に、色々な方の意見が入ってくると、ますます面白くなると思います。
真実は、どうなのでしょう。庄野先生におききしてみたいですね。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html

粋狂(784) 題名:「世をへだてて」という題名についての私の勝手な思いこみ 投稿日 : 2003年6月7日<土>11時16分/東京都/男性/50代前半
 
★私も横レス、失礼します。

★図書館に『世をへだてて』の取り寄せ注文を出して、3週間余まだ入手できず、私の「立て続けに読破中」もやや停滞しております(S並区の庄野ファンの皆様、借出し期限は守りましょう)。

★そういう訳で、まだ手にも取っていないので、私の勝手な思いこみだったのですが、「世をへだてて」というのは、大病前の「世」と大病後の「世」がへだたっているという意味かと思っておりました。 

ききみみずきん(783) 題名:私にとっての「世をへだてて」 投稿日 : 2003年6月7日<土>07時45分
 
〉同じ大病をした者同士とはいえ、福原麟太郎氏の著作をあえて引き合いに出した上で、自身の闘病生活を描くのはなぜなのか

横レス失礼します。
私は、福原麟太郎さんも好きで、読みます。
そして、二人の長い付き合いを知っているので、
ご指摘の疑問は全然生じませんでした。(^^ゞ

「ガンビア滞在記」が出た時、福原麟太郎さんが好意的に評価されました。
「夕べの雲」以前の事で、この後押しは大きいと個人的に思っています。
以前に「ザボンの花」を書いていたとはいえ、この方向へ大きく歩み出す励ましになったのではないでしょうか?

お二方とも、ラムが好きで、人生観に相通ずるものがあるように見受けられます。
「陽気なクラウン・オフィス・ロウ」は、福原さんの「チャールズ・ラム伝」を片手に持った旅行記のようです。
福原さんの随筆集の巻末で、庄野さんと対談もされています。
そんなこんなで、私は、題名を、
「世をへだてて」福原さんと話をするような気持ちが込められている題名だと、
勝手に受け止めているのです。(笑)

WATA(782) 題名:>「エイヴォン記」は実験的な作品 投稿日 : 2003年6月2日<月>08時59分/愛知県/女性/30代後半
 
 T様 お返事有難うございます。「書斎の机で読書をしていると、孫娘が遊びに来る、という形式」というご説明、とてもよく分かり納得できました。連載の当初は外国文学の紹介の方に重点が置かれているのも、発病前の聞き書き小説のスタイルの延長だったのですね。これ以降の作品はご家族中心に描かれているので、スタイルの変換がこの作品で行われたわけですね。
 これからは、初期・中期作品を読み進めていきます。

どくたーT@管理人(777) 題名:「世をへだてて」 投稿日 : 2003年5月29日<木>23時39分/東京都/男性/おじさん
 
WATA様、「世をへだてて」は多分タイトル通り、世の中と隔たった、という意識で書かれた作品だと思います。庄野さんの作品はどれも明確でくっきりした作品が多いと思うのですが、この作品は一寸幻想的です。一つ間違えば死に結びつく病気から復活したということで、作品の底に流れるものが、死の淵から生還したホッとした気持ちと、こういう気持ちは経験者でなければ本当の所がわからない、ということで、福原さんの作品を引用したりしたのではないでしょうか。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html


はじめまして
カルミア(779) 投稿日 : 2003年5月31日<土>14時35分/千葉県/女性/忘れた
 
はじめまして!庄野ファンの皆さんの熱気に少々驚いています。私はかれこれ25年位のファン暦です。初期の所謂夫婦小説は、今になってやっと心でわかるようになったかな?という感じです。「絵合わせ」「夕べの雲」から入ったものですから、とにかく貪る様に乱読しました。「舞踏」「静物」における妻の自殺未遂の問題は、庄野家に実際に起きた問題として読むのではなく作家の仮構として読んだほうが良いのでは?平野謙の「芸術と実生活」にあるとおりだと思っています。庄野文学の素晴らしさの一つに文体の美がありますね。英二氏の文体も魅力的ですから、これは、庄野家のそして帝塚山学園の文章教育の賜物かな?なんて思ってみたりして・・・。また、庄野さんは、他者の作品や作家をとても魅力的に紹介される名人なので、阪田寛夫、小沼丹といった友人作家の作品にも目を向けることができます。これからの作品の中でどのように文体が磨かれ、作者の目線がより優しくより穏やかになっていくのか、自分の親の年のとり方と比べながら読んでいきたいと思います。

どくたーT@管理人(781) 題名:書き込みありがとうございます。 投稿日 : 2003年6月1日<日>18時55分/東京都/男性/おじさん
 
カルミア様、はじめまして。書き込みありがとうございます。
おっしゃるとおりですね。
私も庄野文学の魅力は、内容もさることながら、簡潔で平易ながらも美しい文体だと思っています。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html


『舞踏』の結末について
第三のファン(770) 投稿日 : 2003年5月24日<土>22時59分/東京都/男性/20代前半
 
お久しぶりですが失礼します。
先日大型の書店で新潮文庫の『プールサイド小景』を見つけ、無性に嬉しくなりました。少し立ち読みをしたのですが、そこで驚くべき記述を発見しました。
解説をお書きになっている阪田寛夫氏によると『舞踏』の初出、雑誌掲載時には、主人公の妻の自殺を暗示させて終わっていると言うのです。単行本収録の際、改訂し現在の内容になったそうです。
これは事実なのでしょうか。又、事実であるとしたら、初出時の詳しい内容は如何様なものなのでしょう、どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら御教え下さい。何卒、お願い致します。

どくたーT@管理人(780) 題名:「舞踏」と「静物」 投稿日 : 2003年6月1日<日>18時46分/東京都/男性/おじさん
 
第三のファン様
「舞踏」が発表されたのが昭和25年。「静物」はその10年後の昭和35年の作品です。恐らく昭和25年の時点で、庄野先生が「静物」を意識して「舞踏」を書かれたとは思えないのです。
逆に「静物」を書かれた時点で「舞踏」はあったわけですから、「舞踏」を意識して作品を書くことも、それとは全く無関係に作品を書くことも可能ですよね。
私はそう考えますので、「舞踏」の結末がどうであろうと、「静物」は書かれたのではないかと思います。
また、庄野先生は「静物」を書くとき、とても苦労したので、その後は実際に見聞きしたことだけを作品にする様になったとおっしゃっています。ということは、「舞踏」も「静物」も庄野夫妻あるいは庄野一家がモデルであるには違いないけれど、基本的にフィクションと考えて良いのではないでしょうか?
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html

第三のファン(778) 題名:『静物』への繋がり 投稿日 : 2003年5月30日<金>01時04分/東京都/男性/20代前半
 
管理人様、御返信有り難うございました。
私も『舞踏』に妻の自死の影が付き纏っていることは重々承知です。その危機と、日常の生活とをどのように折り合わせていくのだろうかという所が、美しい、詩的な文章と共に最大の魅力だと思います。
しかし、『舞踏』の結末が妻の「死」によって完結するのならば、同一の素材を、より洗練された文筆で描き切った最高傑作、『静物』は誕生し得ないのではないか? そう思い、驚いたのであります。
それと私としては、『舞踏』や『静物』の主題は、庄野先生の実生活から採ったものだと一人合点していますものですから、妻の死で物語が完結してしまうと、フィクション色が濃くなってしまうと感じるのです。

どくたーT@管理人(772) 題名:私は知りませんでした。 投稿日 : 2003年5月25日<日>22時52分/東京都/男性/おじさん
 
私も、「プールサイド小景・静物」が阪田さんの解説になったとき、立ち読みしましたが、そういう記述があったことは覚えておりません。さっと読み流してしまったのでしょう。
「舞踏」は、昭和二十五年の「群像」に掲載された作品ですので、図書館で当該号を取り寄せて確認してみたいと思います。
ただ、「舞踏」は結末の部分はいざ知らず、全体として妻の自殺(未遂)が暗示されている作品ではあります。例えば、妻がウィスキーを飲みすぎて昏睡し、それを見つけた夫が、妻の自殺を疑うシーンがありますが、このウィスキーの飲みすぎ自身が無意識な自殺願望だとおもいます。
初期の庄野文学は死への親さが常にあり、その具体的な表現のひとつとして「妻の自殺未遂」が出て来ます。例えば、短編小説集「丘の明り」に収載された「蒼天」が代表的な例です。したがって、「舞踏」の結末に妻の自殺が暗示されていたとしても、不思議ではないように思います。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html


視点の縦横無尽さ
WATA(775) 投稿日 : 2003年5月27日<火>18時20分/愛知県/女性/30代後半
 
 こんにちは。どくたーT様の作品紹介のおかげで、私も「読破中」の日々を送っております。今は「ザボンの花」(全集2巻)。『明夫と良二』とともにユーモアに溢れ、朗読しても楽しめる、お気に入りの作品です。
 さて、以前より気にかかっていることがあります。晩年シリーズから遡って『エイヴォン記』『世をへだてて』を読んだ時に、話題の転換というか縦横無尽さにとまどってしまったのです。前者はフーちゃんのことと外国小説の紹介が交互に描かれますが、この二つがなぜ並列されるのか。後者は同じ大病をした者同士とはいえ、福原麟太郎氏の著作をあえて引き合いに出した上で、自身の闘病生活を描くのはなぜなのか。初期・中期作品を未読の私には、そのスタイルが今一つ飲み込めなかったのです。
 縦横無尽さという点で、例えば『明夫と良二』でも、庭の掃除をしている和子に運動会の日のことを聞く章で、時間を自由に飛び移っていて(和子が勤めていた当時→運動会の日→話を聞いている現在)、今がいつだったのかちょっと混乱してしまいした。『インド綿の服』でも、長女の手紙への注釈が、いろいろな時点の手紙にわたる場面で、やはり混乱しました。
 こういう自由奔放さは庄野文学の特徴といってよいのでしょうか。それならば私も頑張ってついていけるようになりたいのですが…。(長文ですみません)


書評情報をお願いいたします。
どくたーT@管理人(728) 投稿日 : 2003年4月27日<日>09時40分/東京都/男性/おじさん
 
本日の毎日新聞の朝刊に「庭の小さなばら」についての(川)氏(多分川本三郎さんでしょう)のミニ書評が載っておりました。抜書きします。
「毎年楽しみにしている庄野潤三さんの本が今年も届いた。子供を育てあげた老夫婦の静かな日々が日記のように綴られる。本書が8冊目。以下省略」
同感ですね。
ところで、「庭の小さなばら」の書評や紹介記事、出回る頃だと思います。もし、ご覧になられたら、是非情報提供を宜しくお願いいたします。

粋狂(774) 題名:群像・書評読みました! 投稿日 : 2003年5月26日<月>23時47分/東京都/男性/50代前半
 
★昨日、図書館で『群像』6月号の書評を読みました。

★ふかお様が引用されていた増田さんの書評の最後の部分は、子や孫とのあまりにも幸福な日々が綴られている庄野さんの「夫婦の晩年シリーズ」を万人に薦めてよいのだろうか(家族・友人に恵まれず孤独感に苛まれている人にはツラくはないか???・・)という一抹の懸念を増田さんも感じられていて、それを敢えて打ち消され、万人にお薦めしようとされているのではないかと思いました。  

どくたーT@管理人(769) 題名:群像の書評 投稿日 : 2003年5月18日<日>22時34分/東京都/男性/おじさん
 
ふかお様
ありがとうございます。
本日、私の住んでいる町の図書館に行ったのですが、そこでは群像をとっていないので(文芸誌は「新潮」と「文学界」)教えて頂いた書評を見ることはできませんでした。明日の帰りでも駅前の書店を覗いて見ようと思います。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html

ふかお(768) 題名:群像・書評 投稿日 : 2003年5月17日<土>18時54分/京都府/男性/おじさん
 
群像6月号に増田みず子さんの書評が載っています。

「心に傷を持った人が、この幸福な人々を描いた本を読んで、自分の傷を不運だと思うだろうか。そういうことはないと思う。散歩や日光浴と同じほどの心をしずめる卓効がある。」

粋狂(765) 題名:1年前の記事ですが・・・。 投稿日 : 2003年5月14日<水>23時22分/東京都/男性/50代前半
 
★庄野さんが名付け親である大浦みずきさん(阪田寛夫さんの次女)が1年前に新潮社の
PR誌『波』5月号に『ウサギのミミリー』の書評(紹介?)を書かれておられて読まれた方
も多いと思いますが、まだネットで読むことができるようなので、下にURLを添付します。
★まだ読まれていなかった方はどうぞ、今のうちに。

 http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html


粋狂(764) 題名:週刊朝日読みました! 投稿日 : 2003年5月11日<日>23時48分/東京都/男性/50代前半
 
★今日、図書館で、「文学界」6月号と週刊朝日の荒川洋治さんの書評を読みました。

★ 荒川さんの以下のパラグラフに「そうそうそう!」と思ってしまいますよね。
「フーちゃんも中学二年生か、けい子ちゃんも元気だな。うさぎのミミリーまた来たね。
山田さんのとこから来た鈴虫も鳴いてるね・・・・・なんて、こちらは思う。会ったこ
ともないのに、庄野さんちのお隣に住んでいる感じ。連続ドラマを見る感じ。」

どくたーT@管理人(744) 題名:ありがとうございます 投稿日 : 2003年5月4日<日>12時08分/東京都/男性/おじさん
 
ききみみずきん様
教えてくださり、ありがとうございました。

ききみみずきん(742) 題名:毎日新聞サイトで続きを(笑) 投稿日 : 2003年5月4日<日>06時26分
 
ネットで、
その文章を読むことが出来ます♪

リンクを貼っておきます
http://www.mainichi.co.jp/life/dokusho/2003/0427/10.html

どくたーT@管理人(735) 題名:週刊朝日 投稿日 : 2003年5月2日<金>23時33分/東京都/男性/おじさん
 
昨日発売の5月16日号の書評欄に、詩人の荒川洋治さんが、「庭の小さなばら」を取り上げています。
見出しが、「きれいなガラスを通るような心の流れ。家族の「歩み」とともに文学も歩いた」
全くその通りです。


立て続けに読破中(4)
粋狂(771) 投稿日 : 2003年5月25日<日>11時34分/東京都/男性/50代前半
 
★『鉛筆印のトレーナー』『葦切り』『さくらんぼジャム』『文学交遊録』を読み終え、図書館に予約中の『世をへだてて』を待っている状態です。

★『鉛筆印のトレーナー』と『さくらんぼジャム』は、フーちゃんに対する甘いアマーイおじいちゃんおばあちゃんの様子が、あきれるくらい可笑しい。実質、『貝がらと海の音』に始まるシリーズにつながるもので、現在の庄野作品愛読者には必読ですね。

★『文学交遊録』も、少々時間が掛かるかと思っていましたが、一気に読み終えました。「雪・ほたる」の項で処女作「雪・ほたる」が「日記代りのノートからの抜き書のかたちで書き進めてある」とあって、当初から庄野さんの創作スタイルは同じなんだなと思いました。
また、「佐藤春夫」の項で、佐藤春夫の家で林富士馬と3人の場面で、
『 そのすぐあとで、林富士馬がこんなふうにいった。
 「庄野君は、紅茶を飲みながらシュウクリームを食べるような、そんな小説を書きたいんだそうです」
  どうやら私は福岡からの手紙のなかで林富士馬にそんなことをしゃべっていたらしい。まだひとつも活字になった自分の作品を持っていない者が、そんなことをいったのだろうか。そういえば、手紙のなかで林富士馬が、「あなたの紅茶論」というふうに書いていたことがあるような気がする。どういうつもりで、「紅茶をのみながらシュウクリームを食べる」などといったのだろうか。五十年たった今、振返ってみると、それは「のびやかな、読む人を楽しくさせるような小説を書きたい」というくらいの意味ではなかったかと思われる。二十代前半の若いころに私はそんなことを考えていたのかもしれない。のびやかなのが好きであった。』
とあるのがとても印象に残りました。現在書き継がれておられるのが、まさに「紅茶の飲みながらシュウクリームを食べる」ような小説だと思うのです。  

どくたーT@管理人(773) 題名:フーちゃん 投稿日 : 2003年5月25日<日>23時09分/東京都/男性/おじさん
 
おじいちゃん、おばあちゃんにとって、孫が一番かわいいのは、歩きはじめるようになってから小学校に入るまでの間だそうです。庄野夫妻の最初の女の孫であるフーちゃんが一番可愛い時代、庄野さんの「山の上」から5分ほどの「山の下」に住んで、何かというとおじいちゃんの家に来ていたのですから、特に親愛度が高かったのだと思います。

「エイヴォン記」は、フーちゃんが庄野家にやってくる時のエピソードと、庄野さんの西洋小説紹介とが組み合された連作随筆集ですが、前半は、フーちゃんのエピソードがつけたしで、小説の紹介が主な内容ですが、後半になるとフーちゃんのエピソードが主な内容になり、小説の紹介が付足しのようになって行きます。
こういうところを見ても、庄野さんはフーちゃんをよほど可愛がっていたのだと思います。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html

 

リンクがうまく行かない!?
粋狂(766) 投稿日 : 2003年5月14日<水>23時26分/東京都/男性/50代前半
 
  http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html

どくたーT@管理人(767) 題名:良いものを教えて下さいました 投稿日 : 2003年5月15日<木>23時48分/東京都/男性/おじさん
 
酔狂様、ありがとうございました。楽しませて頂きました。
私のほうで、リンクを貼りましょう。
http://www.shinchosha.co.jp/shinkan/nami/shoseki/310611-5.html


全集
こぺんぎん(759) 投稿日 : 2003年5月8日<木>22時47分/千葉県/女性/おねえさん

今日は、全集をいちから読んで、内容の整理(設定や梗概、物語形式など)をしようと思ったのに、ついつい中身に惹きこまれてしまい、ぜんっぜん捗りませんでした・・・。
で、結局できたのが、『愛撫』と『舞踏』のみ。
客観的に読まねば・・・。
でも、それはそれは難しい、のです。
とりあえず、この2編に共通しているのは、「諦め」ですね。
それを受け入れられない、wひろこ。
本当は、庄野さんと奥様の間に、かつて何が・・・!って気になってしまいがちですが、そこは、作品は作品、と割り切っていきたいと思います。
しかし、庄野さんも現在はひたすら、たゆたうようなやわらかい文を綴り続けておられるけれど、奥様との痛い過去を「小説」の形にデフォルメして、公開するなんて、まさに「小説家」の真髄の顕れだと思います。
わたしはそこに、かつて漱石のすすめで『煤煙』を著した森田草平や、『蒲団』の田山花袋を見ます。
現在の庄野文学は「私小説」の枠にはまらない感が強いけれど、かつての庄野文学は「脚色された私小説」なのだなぁ、と感じます。
脚色された、とは言っても、田山の『蒲団』は、実はかなり作られた話のようですし(相手の女性の帰郷後の書簡のやりとりから判明)、とすると日本の「私小説」の定義には疑問が出ます。
本当の私小説なんかないんですよね、きっと。
誰しも、経験で得たうちからしか、創造できない。
もしくは想像の及ぶ範囲でしか。
つまり、広い意味で言えば、皆「私小説」。
日本では、そこを色濃く出している作品を私小説と呼んでいるだけなのでは・・・?
まったく脚色されずに著されたものなどあるのでしょうか・・・。
思わず語ってしまいました。
皆さん、このことについてはどう思いますか?
庄野文学は、ジャンルとしたらどこに分類されると考えますか?
わたしは、『蜻蛉日記』の日記文学かなぁ、と思います。
初期のものは「私小説」。

どくたーT@管理人(763) 題名:初期・中期・後期 投稿日 : 2003年5月9日<金>23時55分/東京都/男性/おじさん
 
庄野さんは、昨年11月のKu:nelのインタビューで、
「もともと空想して書くというのが、好きじゃないんですね。自分の見聞きしたものの中から、心に訴えてきたことを書くというほうがずっと好きなんです」といい、その転機になったのが、「夕べの雲」だったといいます。即ち、「夕べの雲」以降、庄野さんは、自分の経験したことだけを、常に庄野さんの眼で書いています。
聴き書き小説である「流れ藻」で、庄野さんは、自分の姿をあえて消して書いているのですが、作品の眼は庄野さんの眼で、庄野さんの眼という補助線を引くことにより、作品の構図がより明確になります。それが次の「紺野機業場」では、インタビュアーであり観察者である庄野さんが作品に出てきて、視線の方向がより明確になります。そういう意味では、中期・後期の作品は、庄野さんの視線で書かれた作品ということが出来ます。
 初期の作品は、そういう確固とした作家の視点が見えない作品といって良いかもしれません。「愛撫」の語り役は、奥さんのひろこですし、それ以降の一連の夫婦小説の視点は、ぐるぐると動きます。また、これらの夫婦小説は、モチーフは自分達の夫婦生活にあったものの、内容はかなり作られているもののようです。

私は、高校生の頃庄野全集を購入して読んだのですが、最近再読をしています。そして思うのは、自分が年をとり、昔読んで分からなかったことが随分と分かるようになったということです。庄野文学の初期は、人工的香りが強い、ということも最近気付きました。

そういう意味で中期以降の作品は、ずっと自然です。ちなみに後期は、85年の入院以降発表された作品です。ここに至ると庄野作品がどんどん自然な感じになってきており、簡潔で読み易いです。そういう意味では、初期が最も小説らしい作品を発表しています。

粋狂(761) 題名:私は少し異なる意見ですが・・・ 投稿日 : 2003年5月9日<金>00時23分/東京都/男性/50代前半
 
★庄野さんの初期の「夫婦もの」は、もちろん実体験に基づく部分もあるとは
思いますが、わたしは、むしろフィクションということをかなり意識して小説を
書こうとされていた時期ではないのかな、と思っています。いわゆる「私小説」
というジャンルにおちいらないことに苦労されたのではないかというのが、私見
です。
★「夕べの雲」辺りからは、明確に「私小説」を意識されたものも書いてみよう
と幅を広げられ、それが1985年の大病を境に、明確に「身辺小説・エッセイ」に
集大成されてきたのではないか、というのが、現時点での私の意見です。


うれしい。
こぺんぎん(757) 投稿日 : 2003年5月8日<木>00時12分/千葉県/女性/20代前半

ありがとうございます。
わたしは、後期庄野文学の、「うれしい。」や「ありがとう。」という感謝の形容詞単発がとてもとても好きです。
最近友達に「よく言うよね」と言われ、庄野さんの文体がうつってしまったようです。
でも、やっぱり、うれしい。
ひらがななところが、またいい。
やわらかい感じですよね!
庄野氏についての論文は、江藤淳の『成熟と喪失』を読みましたが、これは納得がいきませんでした。
え〜?の連発でしたね。
実は、柄谷行人氏や、亀井秀雄氏、といったそうそうたるメンバーも、作品論は発表していますが、わたしは、未だないといわれる庄野潤三の作家論を書き上げたいと思っています。
なので、どんな小さなとっかかりでもけっこうですので、気になる点、または、おもしろそうなテーマ、浮かんだら教えてください!
大好きな庄野文学、せいいっぱい魅力をもりこんだ卒論書きます!


どくたーT@管理人(762) 題名:作家論 投稿日 : 2003年5月9日<金>23時26分/東京都/男性/おじさん
 
こぺんぎん様
>わたしは、未だないといわれる庄野潤三の作家論を書き上げたいと思っています。
頑張ってください。ただし、庄野潤三の作家論は少ないかもしれませんが複数あります。
下に上げた3つは、どれも作家論であって、作品論ではありません。「庄野潤三ノート」は作品解説の形態をとっていますが、全体を通して見れば、まごうことなき作家論です。
川本氏の論文は、私にとって物足りない部分もあるのですが、現時点から過去を見ると言う点で、傑出しています。
まず、お読みください。


酔狂様、よろしければ
どくたーT@管理人(752) 投稿日 : 2003年5月7日<水>23時17分/東京都/男性/おじさん
 
送って差し上げてください。
私からは送るわけにはまいりませんので。

粋狂(760) 題名:シーッ!声高になのたまひそ!! 投稿日 : 2003年5月9日<金>00時13分/東京都/男性/50代前半
 
★ゴホッゴホッ。エーと職務専念義務というものが一応ありますので。。。

★自宅のパソコンのスペックが貧弱なので、プリントアウトを職場でやる
ということはある訳でして(汗...)。朝の通勤途上の読書で気付いた
ことを職場で書き加えることもゼッーターイないとはいいませんが(汗。。。)。

こぺんぎん(758) 題名:ちょっとびっくり☆ 投稿日 : 2003年5月8日<木>00時18分/千葉県/女性/おねえさん
 
酔狂様ってば、お仕事先で、作成なさってるの・・・?

粋狂(756) 題名:お役に立つのであれば喜んで! 投稿日 : 2003年5月7日<水>23時53分/東京都/男性/50代前半
 
 こぺんぎん様

★ お役に立つのであれば喜んでお送り致します。先日、どくたーT様にお送りしたところ、私の知らないことなど増補していただきました。更に、「こんちゃん」は丑年生まれだからetc.いろいろ気付いた点などその後も日々手を加えております。

★ 現時点の最新版は職場のパソコンにありますので、明日夜にでも送れればと考えています。

★ しかし、どくたーT様の「文学界」6月号についての上の書きこみを見ると、なお手を加えるところも多いのかなと思っています。それが楽しみなのですが・・・・。

どくたーT@管理人(753) 題名:失礼 投稿日 : 2003年5月7日<水>23時18分/東京都/男性/おじさん
 
これは、下のこぺんぎん様の書き込みに対するレスです。


生田高校、曾孫
どくたーT@管理人(755) 投稿日 : 2003年5月7日<水>23時38分/東京都/男性/おじさん
 
本日発売の文学界で、「メジロの来る庭」を読んでいましたら、いくつか新しい情報が書いてありましたので紹介します。

☆フーちゃんが生田高校に入学しました。生田高校は生田駅からバスで行くのですが、おじいちゃんの家と比較的近いようです。入学式の後、フーちゃんは、おじいちゃんの家に制服姿で寄って、入学の報告をしたそうです。

☆5月に長女の次男の良雄君のところで、初の曾孫が生まれる予定ですが、11月には、長女の長男和雄君のところでも、曾孫が生まれるそうです。

ということは、現在庄野さんは、二人の曾孫もちなのですね。
もう一つ、面白いことが書いてあったのですが、それは秘密にしておきましょう


はじめまして
こぺんぎん(749) 投稿日 : 2003年5月7日<水>19時53分/千葉県/女性/20代前半
 
こんにちは!こんなところに、庄野潤三サイトがあるなんて!
わたしは、現在日本大学の国文学科4年です。
庄野文学にはまったのは、高校2年の時に、「貝がらと海の音」に出会ったからです。
うちと雰囲気が似ていて、親近感がわき、もう夢中になりました。
卒論を、庄野潤三論で書きます。
と言うか、そのために国文を選んだと言っても過言ではないって感じなので(笑)
卒論の中身は、一章が「人称表現(視点)」『プールサイド小景』『静物』『夕べの雲』『浮き燈台』『道』『雷鳴』を扱います。
二章が「崩壊と背中合わせの幸福」『舞踏』『静物』『夕べの雲』『せきれい』『庭のつるばら』を扱います。
書き始めたら、変更もありえますが・・・。
庄野潤三は、先行論文が非常に少なく、手探りの状態です。
みなさん、何か庄野潤三で、思うことがあったら、教えてください!
ほんとなんでもいいので。
とりあえず、noriko-t@m5.ne.jp
もしくは、tkr-adelie@dk.pdx.ne.jp
にメールいただければ、幸いです。
おねがいします!
もう、このサイトに出会えて、感激です!!
芸術院のビデオは、先日直接問い合わせたところ、担当者がいないので後日返事をします、とのことでした。
因みに、教授は、国会図書館に寄贈されている可能性がある、と言っていたので、そっちから当たってみようかと思っています。
全集は、¥18000で、かなりの美本を手に入れました。
どうやら、相場は¥28000みたいです。
神田や神保町は、本が汚い上、高いので、地方の古本屋をオススメします。
神田近辺は貴重書を買うところですね。
では、また来ます。
これから、いろいろよろしくお願いします。


どくたーT@管理人(754) 題名:卒論 投稿日 : 2003年5月7日<水>23時31分/東京都/男性/おじさん
 
こぺんぎん様
いらっしゃいませ。
このサイトはYahooなんかに登録していないので、自ら「庄野潤三」を求めている人以外はこないのです。見つけて頂き、感謝します。

さて、卒論で「庄野文学」を取り上げるとのこと、頑張ってください。

庄野文学を語る上での基本的な文献は3つあります。最も重要なのは、彼の作品を虚心に読むことだと思いますが、他の人が書かれたものでは、

1.阪田寛夫 庄野潤三ノート これは、全集の巻末についていた解説をまとめたもので、庄野文学の初期・中期の解題としては最も詳細なものだと思います。
2.安岡章太郎 「庄野潤三」 これは、安岡章太郎の「小説家の小説家論」(福武書店、1983)に含まれる一編で、初期の庄野文学の解題としてきわめてすぐれたものです。
3.川本三郎 「郊外に憩いあり 庄野潤三論」 これは、昨年の「新潮」11月号に掲載され、本年新潮社から刊行された川本三郎「郊外の文学誌」に収載されています。晩年の庄野文学の解説として優れています。

まあ、ご存知とは思いますが、この3冊は読んでおくと参考になると思います。

こぺんぎん(750) 題名:訂正 投稿日 : 2003年5月7日<水>19時58分/千葉県/女性/20代前半
 
メアド、間違えました!
noriko-t@m5.dion.ne.jp
tkr-adelie@dk.pdx.ne.jp
です!


立て続けに読破中(3)
粋狂(730) 投稿日 : 2003年5月1日<木>18時14分
 
★ 『エイヴォン記』『誕生日のラムケーキ』に続き、やっと新刊の『庭の小さなばら』を読み
終えました。確かに、芸術院のビデオなるもの拝見したくなりますね。家内などは、知らない
花の名前が出てくると「どんな花だろう?」と興味が湧くようで、ついに花の図鑑を買ってき
ました。私は、庄野さんの作品の中に出てくる「英二伯父ちゃんのばら」とか「庭の山の木」
とか、読者におなじみのものを写真に集めたムック本でもどこか企画されればすぐ買うのになぁ、
と思ったりしています。

★ 一連の夫婦の晩年シリーズを読み気付いたことですが、その最初に文藝誌に発表される
段階でも、記述内容はタイムラグがあるようで、ノートに書き溜められたものが1年分くらい
あるように思います。単行本の段階では更にタイムラグができて、随筆で書かれたものと交叉
して、若干戸惑うところがあります。私の計算によると、昨年、曾孫さん(良雄君のお子さん)
もお生まれになっているのではないでしょうか。そういう出来事が今後どんなふうに作品で書
かれるのか楽しみです。

★『エイヴォン記』の冒頭で、デイモン・ラニアンの『ブロードウェイの天使』(新潮文庫)
が取り上げられているのも嬉しく思いました。加島祥三さん訳のラニアンものは4,5冊(新書
館からだったか?)出されていましたが、その中の特にお勧めものを集めたのが新潮文庫版
でした。しかし、本屋で見かけなくなって随分となりますね。再版され、もっと知られてよい
作家だと思います(私は、長谷川伸のスリの一家とその近所の人達を描いた作品を連想し、ラ
ニアンと長谷川伸と(そして庄野さんにも)には、通じるものがあるように思っています)。

★ 庄野さんが生田に越されるまでお住まいだった住所については、直接、練馬区に聞いた
方が早いだろうと思い尋ねたところ、以下のような回答を頂きました。

 練馬区南田中町は昭和48年8月1日に住居表示が実施され、
それまで練馬区南田中町○○番地であったところが練馬区南田
中○○丁目□□番△△号となりました。
 お尋ねの練馬区南田中町453番地は住居表示実施後練馬区
南田中四丁目24番△△号となりました。
 △△号については、住居表示実施当時に庄野潤三様のお住ま
いがなかったと思われますので特定できませんでした。
                 練馬区区民部管理課住居表示係

★ 現在の地図で確かめたところ、南田中4丁目24番の中でも、バスが通るようになって
うるさくなったことが引っ越しされた契機だったことからすれば、おそらくバス路線がある
旧早稲田通り沿いだったのではと推測しております。
なお、練馬区の旧住所表示を調べる過程で、練馬区のホームページをいろいろ見ていたら、
「ねりま資料室」というところに「ふるさと練馬の思い出写真」というのがあり、その中で
「南田中の牧場」という昭和30年代の南田中の風景写真がありました。現在では想像できな
いくらい田舎の風景です。

http://www.city.nerima.tokyo.jp/jo_kokai/memory/f19.html

★ 「庄野作品登場人物一覧表」(別名「神奈川庄野一族名鑑??」)は、後ほど、添付文書
(ワード97使用)で管理人様にお送りすることに致します。

★ 引き続き、図書館から取り寄せてもらった『鉛筆印のトレーナー』(フーちゃんもので家
内が先に読み始めたので私が今日から読めるのか不安?)と『葦切り』を読む予定です。

(またしばらく読み続けたら、感想を書き込む予定)

こぺんぎん(751) 題名:嘆願書 投稿日 : 2003年5月7日<水>21時31分/千葉県/女性/20代前半
 
お願いします!
庄野作品登場人物一覧、おくってください。自分でも、作成中なのですが、相互したいので。絶対悪用しません!

どくたーT@管理人(736) 題名:いやいや 投稿日 : 2003年5月3日<土>00時16分/東京都/男性/おじさん
 
先走ってしまいまして、申しわけありませんでした。

粋狂(733) 題名:もちろんです。 投稿日 : 2003年5月2日<金>09時58分
 
> ただ、公開情報のみから作成されているとしても、整理された情報が公開されるのは色々
> とまずいと思います。従って勝手を申し上げて申しわけないのですが、これはしばらく私
> の胸にしまい、将来公開が可能になった時期には、適切に公開していければ、と思ってお
> ります。

★ 私の読書の便宜のためのプライベートな手控えですので、公開されることなどは全く
望んでおりませんし、考えてもおりません。ご懸念御無用に。

どくたーT@管理人(732) 題名:いつも長文の書き込みありがとうございます 投稿日 : 2003年5月2日<金>00時39分/東京都/男性/おじさん
 
酔狂様、いつも長文の書き込み、ありがとうございます。

>私は、庄野さんの作品の中に出てくる「英二伯父ちゃんのばら」とか「庭の山の木」
とか、読者におなじみのものを写真に集めたムック本でもどこか企画されればすぐ買うのになぁ、と思ったりしています。
☆私も買います。

☆タイムラグの問題は、色々な方が気になさるようです。私は、随筆はわりとタイムリーに出る。小説でそれをもう一度味わえる、と考えております。曾孫さんは多分生まれているでしょう。庄野さんは、未だそのことを文章にはされていないようですが、そのうちどこかで発表すると思います。

☆住所の件、どうもありがとうございました.一度現地探検と洒落込んでみたいものです。

☆「庄野作品登場人物一覧表」(別名「神奈川庄野一族名鑑??」)頂きました。どうもありがとうございました。公開情報のみから作成されているのですが、整理されると、庄野家の状況が如実にわかりなす。実に詳細で感心いたしました.

ただ、公開情報のみから作成されているとしても、整理された情報が公開されるのは色々とまずいと思います。従って勝手を申し上げて申しわけないのですが、これはしばらく私の胸にしまい、将来公開が可能になった時期には、適切に公開していければ、と思っております。

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