岩城宏之

1932.9.6-2006.6.13(日本)

NHK交響楽団定期演奏会の登場回数:76プログラム

1963.2.24-26 #436、1963.6.24-26 #440、1964.2.3-5 #444、1964.10.29-31 #450、1965.3.25-27 #454、1965.11.12-13 #458、1965.11.19-20 #459、1966.3.28-29 #468、1966.4.4-5 #469、1966.9.1-2 #472、9.12-13 #473、1967.6.2-3 #488、1967.6.9-10 #489、1968.3.5-6 #500、1968.3.28-29 #501、1968.12.6-7 #514、1968.12.12-13 #515、1969.1.13-14 #516、1969.1.20-21 #517、1969.2.28-3.1 #518、1969.3.7-8 #519、1969.10.23-24 #530、1969.10.29-30 #531、1970.1.28-29 #534、1970.2.4-5 #535、1970.2.23-24 #536、1970.3.2-3 #537、1971.2.8-9 #554、1971.2.26-27 #555、1971.6.24-25 #562、1971.7.1-2 #563、1972.6.14-15 #582、1972.6.23-24 #583、1973.3.8-9 #598、1973.3.14-15 #599、1973.3.20-21 #600、1974.2.8-9 #622、1974.2.13-14 #623、1974.2.16 #624、1974.6.13-14 #634、1974.6.19-20 #635、1974.6.22 #636、1975.9.5-6 #667、1975.9.10-11 #668、1975.9.17-18 #669、1976.3.10-11 #685、1976.3.12-13 #686、1976.3.18-19 #687、1976.10.20-21 #702、1977.3.9-10 #715、1977.3.11-12 #716、1977.3.23-24 #717、1977.10.6-7 #730、1977.10.12-13 #731、1977.10.20-21 #732、1978.3.15-16 #745、1978.3.17-18 #746、1978.3.29-30 #747、1979.3.14-15 #775、1979.3.23-24 #776、1979.3.28-29 #777、1980.3.5-3.6 #805、1980.3.7-8 #806、1981.1.21-22 #830、1981.1.23-24 #831、1983.1.21-22 #890、1983.1.26-27 #891、1983.2.2-3 #892、1983.2.11-12 #893、1987.3.6-7 #1016、1987.3.12-13 #1017、1987.3.25-26 #1018、他に#1142-44、1291

 東京生まれ。東京芸術大学音楽学部打楽器科に学ぶ。在学中の1954年にNHK交響楽団副指揮者となり、56年9月14日/15日NHK交響楽団の臨時演奏会でデビューした。この演奏会は当時N響の副指揮者であった岩城と外山雄三との二人で指揮され、岩城はストコフスキー編曲のバッハ、トッカータとフーガとチャイコフスキー「悲愴」を演奏した。60年N響と世界一周演奏旅行を行って成功を収め、63年N響指揮者、69年よりN響正指揮者となる。1960年代-70年代ではN響と最も仕事をした指揮者の一人であり、N響と関係の深い日本人指揮者に贈られる「正指揮者」の称号を最初に授与された。ちなみに定期公演を最も指揮した日本人指揮者である。

海外デビューは、1962年チェコ国立放送交響楽団を指揮して果たし、1963年には日本人指揮者として初めてベルリン・フィルを指揮した。その後国内外の主要オーケストラを客演指揮し、国際的な演奏活動を続けた。主要なポストは、1960-2006:東京混声合唱団常任指揮者、音楽監督(1974-)、1965-1970:バンベルグ交響楽団指揮者、1965-1967:藤原歌劇団音楽監督、1968-1974:オランダ王立ハーグフィルハーモニー常任指揮者、2001‐:京都市交響楽団首席客員指揮者。

特に関係の深いオーケストラとして、N響の他、札幌交響楽団、、メルボルン交響楽団、オーケストラ・アンサンブル金沢がある。

札幌交響楽団との関係は、1975-1978:正指揮者、1978-1981:音楽監督兼正指揮者、1981-1987:音楽監督、1988-:桂冠指揮者を勤めた。

メルボルン交響楽団との関係も深く、74年首席指揮者就任、87年桂冠指揮者の称号を受けた。94年メルボルンに岩城の名を冠した「イワキ・オーディトリアム」がオープンした。

オーケストラ・アンサンブル金沢との関係は、1988年オーケストラ・アンサンブル金沢の設立に尽力し、発足とともに音楽監督に就任、コンポーザー・イン・レジデンス制度や、日本人作曲家への作品委嘱、定期演奏会におけるゲスト・オーケストラのシステムの確立、海外公演、CD録音と、地方から発信するオーケストラとして、意欲的な活動を展開した。

その他役職歴として、1985-1992:BUNKAMURAプロデューサー、1989‐:石川県文化行政顧問、1993-2001:福井県音楽アドバイザー、1994-:くらしき作陽大学音楽最高顧問理事、1995-1997:東京藝術大学客員教授、1998:ブダペスト国際指揮者コンクール審査員、2001-:石川県立音楽堂芸術総監督がある。

受賞歴は、1987年中島健蔵音楽賞、1988年サントリー音楽賞、1993年放送文化賞、1996年紫綬褒章受章、2002年日本芸術院賞恩賜賞、2003年日本芸術院会員、2005年度朝日賞受賞。また、エッセイを中心に著作も多数あり、「フィルハーモニーの風景」で91年日本エッセイストクラブ賞を受賞した。

岩城のプログラムの特徴は、初演演目、現代作品を多く取り上げることで、彼が初演した作品は200とも2000とも言われる。このチャレンジング精神は、2004年12月31日と2005年12月31日に実施されたベートーヴェン全交響曲を1人で指揮した演奏会に繋がります。

指揮者としての最後の演奏は2006年4月28日、オーケストラアンサンブル金沢の第200回定期公演で、曲目は、歌劇「椿姫」セレクションとリムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」でした。

日時 作曲家 作品名 独奏者
1991/5/11 1142 尾高尚忠 チェロ協奏曲作品20 藤原真理
ショスタコーヴィチ 交響曲第5番ニ短調作品47  
1991/5/16 1143 プロコフィエフ カンタータ「アレクサンドル・ネフスキー」作品78  
ショスタコーヴィチ 交響曲第9番変ホ長調作品70  
1991/5/22 1144 尾高尚忠 交響曲第1番作品35(1948)  
フンメル トランペット協奏曲ホ長調 ホーカン・ハーデンベルガー
ジョリヴェ トランペット協奏曲第2番 ホーカン・ハーデンベルガー
ショスタコーヴィチ 交響曲第1番ヘ短調作品10  
1996/4/17 1291 一柳慧 インタースペース(1987)〜弦楽オーケストラのための  
チャイコフスキー 交響曲第1番ト短調作品13「冬の日の幻想」  
交響曲第6番ロ短調作品74「悲愴」  


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