わんぱく時代

さわりの紹介

神戸さんは忍術で落した信用を遊泳で盛り返した。まったく達者なものだった。忍術の比でない。その代り法螺も更に徹底していた。僕達は話半分のつもりで、割引して聞いているけれど、時折、
「矛盾々々!」
といって、揚足を取ってやる。
「参った」
と神戸さんは正直だ。
「業あり」
と褒めることもある。少しもこだわらずに笑ってしまう。その場でこしらえて口から出まかせに話すのらしい。人命救助を幾度もやっている。神戸さんが夏の晩、東京の大川端を散歩していると、必ず身投のあることが不思議だ。そうしていつも月夜らしい。
「ドブンという水の音。月の光にすかして見ると、妙齢の婦人です。浮きつ沈みつ流れて行く」
と来る。僕達は尻尾をつかまえようと思って、目を見合っている。
「変ですね。そんなに毎晩身投があるんですか?」
と小堀君あたりがソロソロ因縁をつける。
「いくら東京の大川でも毎晩はない。おでん屋のおかみさんを助けてから二週間たっている」
「成程」
「僕はすぐに飛び込んだ。しかし絡みつかれるとこっちが危ないから、うっかり近づけない。浮き上がったところを見すまして、髪の毛をつかまえるに限る。これは人を助ける時の用心だから、君達もよく覚えておきたまえ」
「矛盾々々」
と大西君が叫んだ。
「どうして?」
「おでん屋のおかみさんを助けた晩が、いい月夜だったんですから、それから二週間たって又いい月夜って法はありません」
「参った」
「嘘でしょう?」
「いや、本当です。余り大勢助けているから、思い違いをしたんです。そうだ。鼻をつままれても分からないような闇の晩だった」
「矛盾々々」
と今度は別所君だった。
「どうして?」
「そんな真暗闇の晩に、妙齢の婦人かどうか、分かるはずがありません」
「参った」
「ハッハハッハ」
「皆で鉄条網を張って待っているから、かないません。ハッハハッハ」
と神戸さんは必ずしも主張しない。

薀蓄

わんぱく時代は、昭和7年4月号〜12月号の少年倶楽部に連載された少年小説。

地方の村が舞台。小学校6年生になった稲垣文一君と別所君、王供君の仲良し三人組のクラスに、東京から大金持ちの息子九鬼君が転校してきた。九鬼君には書生の神戸さんがついて来て、村の同級生に「坊ちゃん様の家来の積りでいてくれ」などといい、嫌われる。でも稲垣君と九鬼君とが隣り合わせに坐ったことから仲良くなり、九鬼君も相当のいたずらっ子であることが判明する。虫眼鏡で友達五人の学帽に穴をあけ、OK組(善良模範組)の徽章にして、皆を驚かせる。この4人と大西君のOK組メンバーと神戸さんは、仲良くなって天狗の腰掛けと呼ばれる崖から張り出している岩に登ったり、川でボート遊びや水泳を楽しんだりする。

昭和初期の少年達の交渉、いたづらや冒険を描きながら、少年達の心理の動きを示した中篇である。

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