使う人使われる人

さわりの紹介

 社長が力行の人だということは広く世間が認めている。実際、当代稀に見る立志伝中の人物である。新聞配達から大会社の社長まで漕ぎつけたのだから豪い。その成功苦心談が時々実業雑誌に出る。
○縁日の糶売(せりうり)から大会社の社長まで
○人力車夫から一流会社の社長へ
○余は如何にして立ちん坊より大商事会社の社長まで向上したるか?
 と毎回出身を卑下していく傾向がある。成功談は出発点が高いと、折角の苦心が注意を惹かない。立派な学校を出て立派な人になるのは当たり前のことだ。然るに社長はこの点に於て太閤秀吉のように模範的である。どん底から身を起こしたのが今更有難い。下司なことなら、その昔食えなかった頃、泥棒以外は大抵やっている。
 しかし正確に言えば、社長は新聞社の校正係が出発点だった。糶売は宿の亭主に頼まれて、半月ばかり手伝ったに過ぎない。立ちん坊も三日やったばかりだ。俥屋だって一週間で諦めた。身体が続かなくて、新聞配達に転業したのである。これは一年近くやった。それから牛乳屋を始めた。卸屋から受けて儲けるつもりだった。半値で配達した。しかし将来出世するくらいの人だから、牛乳に水を割ったりしない。その代り水に牛乳を割った。余り薄いので間もなく得意がへってしまった。そこで再び新聞配達に戻ろうとした時、天運が微笑んだ。
「配達は一杯だが、校正が一人欠けて困っているようだ」
 と係の人が教えてくれた。早速申しこんで採用して貰った。
「この校正係の二年間に私の学問と人物が出来あがったのであるのである」
 と社長は成功談の中で言っている。
 今でこそ、その頃を伸びんとする尺蠖の屈んでいた時代のように吹聴するが、実は経綸や抱負があったのではない。折角ありついた地位を失うまいとして無暗に勉強したのである。しかし動機の如何に拘らず、人一倍の恪勤は必ず認められる。二年後、校正係は幹部の目に留まって、経済部の記者見習に抜擢された。これが出世の糸口だった。経済記者の為に経済記者を勤めるものは少ない。大抵は地位を出世の踏み台にする。職務を利用して実業界の大頭株に取込み、機会あり次第にその勢力範囲の会社へ相応良い条件で採用して貰う。昔は特にこれが利いた。社長も是をやったのである。それから後はトントン拍子だったが、無論本人の才幹と努力が与っている。どこまでも奮闘の人だ。
 さて、この社長が同時に言論の人だということは内へ入って見ないと分らない。
「又講話か。弱ってしまうなあ」
 と社員は昨今うんざりしている。これは成功雑誌に責任がある。今まで社長は金儲け以外に屈託がなかった。不言実行の事務家だった。重役や課長以外とは殆ど口を利かない。社長が来ているか何うかは平社員には没交渉だった。ところが度々雑誌記者に煽て上げられる中に、この成功者は自分を若いものの師表と思い込むようになった。談話を雑誌に発表するのみならず、社員を集めて修養講話を聴かせる。月に二度、
「明何日午後六時より社長の後講話有之候間御一同御出席被下度候」
 という回章が庶務課長から廻ってくる。社員は自分の姓名の上に「出」という字を書く。「欠」という字を書くだけの度胸が無い。しかし皆不平だ。会社は五時に引ける。講話の晩には弁当が出る。それを食べながら、
「情けないなあ」
「晩酌をやるものはこういう時に窮命だね」
「酒が飲めない上にお説法を聴かされるんだから溜まらない」
「長かろうぜ、今夜も又」
「一体こんなことが入社の時の条件に入っていたかい?」
「何あに、これは全く勤務規定以外さ。出たくなければ出るに及ばない」
「おれはちっとも出たくないよ」
「誰だって然うさ」
「それでもこの通り皆残っている」
「そこがその為まじきものは宮仕えって奴さ」

薀蓄

 「使う人使われる人」は、昭和3年1月号〜7月号の現代に連載された小説。

 ワンマン社長と、保身に汲々としている社員たちを対比させたサラリーマン小説。このシチュエーションは後の「ガラマサどん」に続くものである。でも小説の味わいはかなり異質である。また、佐々木邦の作品の中でもユーモアがこなれていない、異色の作品といえるだろう。

 商事会社の社長・北条氏は立志伝中の人。この立志伝を雑誌に発表するだけでは止まらなくなり、社員を集めて修養講話を聴かせる。これが仕事の終業後二時間にも渡ることから、社員には評判が悪い。しかし、秘書や庶務課長は評判の悪さを伝えることが出来ず、それなりにおべっかを使うから、社長は、組織的に5〜6回連続講話を行おうとする。演題が「使う人使われる人」。それも毎週。社員には頗る評判が悪い。

 しかし、評判の悪い意見は社長まで上がって行かないから、社長は反響会と称して、社長の講話の感想を言わせる会を発足させる。そこで、会計課長の福原さんが、社長の講話に一々ケチをつけ、社長の逆鱗に触れる。さすがに社長の前で講話の感想は言い難いだろうということで、「反響会投書箱」が設置される。最初の投書は、給仕からの投書と称したもの。これは、給仕の目から見た社員実態でを書いたもので、色々な人達が槍玉に上がった。社長は、単に面白がっただけだったが、書かれたほうとして見れば、気が気では無い。噂が噂を呼び、皆が汲汲とする。

 しかし、社長は人が悪い。講話の評判の悪いのを知りながらも更に続ける。第7回の講話では、「終わりに臨みまして」といってから、アカンベーをして見せた後、「それから、そのー」と3回アカンベーを繰り返した後、「第一に」と最初に戻ってはじめた。又これからが長いのである。

 佐々木邦は、比較的マイルドな笑いを作品に込めて行った。その特徴が最も成功したのが、「苦心の学友」に代表される児童向け作品であった。「使う人使われる人」は、それに対して滑稽さに走り過ぎていて、わざとらしい部分がある。最後、社長がアカンベーをして見せるところ、美人タイピスト安藤さんを巡る男性陣のさやあてなどがそういう部分か。

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