親鳥子鳥

さわりの紹介

「何うだい?」
「駄目だよ」
 と丈けで、昨今は同級生間に意味が通じる。これをJOAKのアナウンサーのように、円く言えば、
「此方は片山文一であります。如何でございますか? 高等学校入学試験準備は捗りましたか?」
「此方は大内源太郎であります。高等学校入学試験準備は未だ一向に目鼻がつきません」
 となる。同じ教室に机を並べる三十余個の西瓜頭は入学試験以外に屈託がない。

 大内源太郎は斯く申す僕で、片山文一は隣家の長男だ。お互は小学時代から同級生だから、真に打ち解けた間柄である。以前は文ちゃん源ちゃんと呼んだものだが、中学校へ入学すると同時に、片山君大内君と称することにした。ついこの間のように思うけれど,もう四年たっている。その折合格の発表を見て家へ帰る途すがら、
「好かったね、文ちゃん」
 と僕は同慶の意を述べた。
「好かった。僕達はもう中学生だ」
「無論さ」
「今までとは違うんだから大に自重する必要がある」
 と文ちゃんは益々得意だった。
「先生も然う言ったよ。入ったと思って油断しちゃ駄目だって」
「それは然うだけれど、僕はもう文ちゃんと呼んでも返辞をしないよ。子供らしくて外聞が悪い」
「片山君」
「何だい?」
「明日一緒に教科書を買いに行こう」
「大内君、然うしましょう」
「ハッハハハハ」
「ハッハハハハ」
 と笑って、文ちゃんと源ちゃんはそのままお廃止になった。

 あの時分は愉快だった。大難関を突破して後は平々坦々の積りでいた。尤も入学試験前には相応くろうしたものである。課外で毎日晩くまで引っ張られた。家へ帰っても算術の自習書と睨みっこで、寝ても鶴と亀の脚の夢を見た。高等学校の入学試験準備に没頭している昨今は兎角昔を思い出す。矢張り課外が一週にニ回ある。その上に英語と数学を習いに行く。帰り途で日の暮れることが度々ある。実に忙しい。
「片山君、一つ息抜きに活動でも見に行こうじゃないか?」
 と僕が発起しても、
「然うさね」
 と文一君は煮え切らない。
「矢っ張りよそう。その間に幾何でもやる方が宜い」
 と僕も実利に就く。
「大内君、出かけようか、久しぶりで?」
 と文一君が言い出す時は、
「さあ」
 と僕がニの足を踏む。
「厭かい?」
「行っても宜い」
「大変大変。宿題が残っている」
 と文一君はいつもの癖で両手で膝を叩きながら慌て出す。以前は諜し合せて能く行ったものだ。満天下の父兄母姉への参考の為め、その方法を一寸紹介しよう。 

作品を読む

 「親鳥子鳥」は、大正14年10月号〜15年10月号まで、講談社の「キング」に連載されました。佐々木邦は昭和初年度の講談社文化の担い手の一人であったわけですが、彼が講談社の雑誌に連載を持ったのは、この「親鳥子鳥」が最初です。

 キングは、講談社の野間清治が、国民雑誌としてふさわしい雑誌の王様として企画し、大正14年1月号から発行されたわけですが、その内容も国民雑誌としてふさわしいものが求められました。佐々木邦は「いたずら小僧日記」で文壇にデビューしたわけですが、大正9年の「珍太郎日記」がメジャーな雑誌への実質的なデビューでした。その連載が大正10年末に終了したあと、「キング」を創刊しようとしていた講談社が新進作家「佐々木邦」に目をつけたようです。キングは創刊号こそ74万部の売上でしたが、その後積極的な宣伝も相俟って、邦が「親鳥子鳥」を連載するころには100万部の大台に達していました。ここでの好評が邦を講談社文化の担い手の一人として押し上げて行ったものと思われます。

 とはいえ、「親鳥子鳥」は、「珍太郎日記」と似たコンセプトで書かれた作品です。「珍太郎日記」の語り手、珍太郎が小学6年生から中学1年生だったのに対し、「親鳥子鳥」の語り手、大内源太郎君は高校入試を目前にした、中学4年生です。そのため、観察の目が珍太郎よりも大人びているのは当然のところです。大内家は、新聞記者のお父さん、お母さん、お祖父さん、お祖母さん、そして、源太郎(中4)、郁子(高女2)、敏子(小6)、千代子(小4)、浩二(小1)の9人家族です。語り部の源太郎君は、学校では級長を勤める優等生ですが、自分の将来の職業は小説家と定めて、家庭内外の世間観察に余念がありません。

 源太郎君の目は、世間の面白いことに敏感です。彼の目は、お祖父さん、お祖母さんが末っ子の浩二を猫可愛がり、他の兄弟が焼餅を焼くことも、お父さんが新聞記者であるにも拘らず、筆不精であることも、通学の電車で聴く職人の会話も、お父さんやお祖父さんを訪ねてくるお客さんも、皆平等に肴にします。自分自身の高校受験への屈託も同様です。皆、相対的にかつ平等に眺め、大人社会の面白いところを見事に描き出しています。

 大正時代、大内家に描かれた家庭は、多分モダンの典型であったように思います。現実にこのような家庭が発生していたかどうかはよくわからないのですが、家庭内の関係が素直で子供ひとりひとりに至るまで伸び伸びとしています。こういうところが、読者の支持を集めたのではないかという風に思います。

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