王将連盟

さわりの紹介

 集会室へ戻った四人の青年は意気軒昂たるものがあった。大将が閣僚になるということは家の子郎党に取って、この上ない大きな刺激だ。就中、金子君が調子づいていた。
「おれ達の方じゃこういうのを摩利支天様がつくと言う。全勝は摩利支天様の御利益だ。似たり寄ったりの連中だもの、自力ばかりで勝ちっ放しってことは到底むずかしい。大将が大臣になるのも矢っ張り同じ理屈だろうと思う。確かに摩利支天様が乗り移っていると見たから、おれはあやかる積りで抱き上げたんだ」
「お互にあやかりたいものだよ。忘れていたが、子供の時、出世倶楽部ってものを拵えたことがあったね」
 と小西君は憧れの眼を輝かした。
「これは皆出世倶楽部の続きだよ。僕はいつも韮見村長のお蔭だと思っている」
「うむ。村長さんの激励で皆発奮したんだ」
「あの頃は夢を見ていた。東京へ出て来れば、直ぐに横綱になれると思っていたが、何んのことやれ」
「怪童の為ちゃんだったな。強かったよ。僕は高等生に苛められた時、君に助けて貰った」
「村じゃ一番強かったが、東京へ来て見て驚いた。東京には村で一番強かったやつが日本国中から寄り集まっている」
「それはそうだろう。本当なら僕達はもう疾うに相撲を只で見せて貰って、西洋料理を御馳走になっている頃だぜ」
「空々寂々で自分ながら次第がわからない。おれはこれでも時々夜半に目を覚まして泣いているんだ」
「何うして?」
「今更面目ないと思って」
「何あに、これからだ」
「出世倶楽部の昔に返らなければ駄目だ。いつの間にか奮発が足りなくなっている」
「お互にそうかも知れない」
「土曜の晩に村長さんのところへ行ってお話を聞くと、帰りにはもう天下無敵って心持になったものだ。本当のことを言うと、ここの大将よりも韮見さんの方が子供を煽てる名人だよ。閣下は叱るばかりだ。おれはいじけてしまった」
「閣下は謹厳そのものだからな」
「君は何だっけな? 文部大臣か? いや、大学の先生だったね。今でもその積りかい?」
「閣下にあやかりたいと思っている」
「君は有望だよ。子供の時から一番を続けているんだから、矢っ張り幾分摩支利天様が乗り移っているんだろう」
「学校の成績と世の中は違う。内務大臣にしろ、文部大臣にしろ、閣僚になるってことは大変な百分比だ。民間会社の社長と違って、椅子の数が限定されているんだから」
「内務大臣は大関かな? 総理大臣が横綱なら」
「先ずその辺だろう」
「野郎共」
「何だい?」
「お前達が大学を出ない内に、おれは幕へ入って見せるぞ」
「為ちゃん、そう言えば、僕達は高等学校を卒業しない中に、支那料理を御馳走して貰う約束だったじゃないか?」
 と立川君が逆襲した。
「その代り今度は西洋料理と支那料理を両方一遍に御馳走してやるよ」

作品について

 「王将連盟」は、昭和13年1月から7月まで、大日本雄弁会講談社の雑誌「雄弁」に連載された作品です。登場人物は小西健一君、三好君、立川君、森君に金子為次郎君と、昭和12年発表の少年小説「出世倶楽部」の後日談になっています。「出世倶楽部」では、登場人物が小学校の高学年で、金子君が力士を志して上京しようとするところでお話が終っていますが、「王将連盟」は彼らが見事大学に入学してからの出来事になっています。

 小西君、三好君、立川君は、郷土出身の政治家・宇井閣下の家に書生として住みこんで、大学に行っています。郷土の秀才トリオは、小学校時代の夢をかなえるべく、小西君は法科、立川君は農科、三好君は工科に進んでいます。森君は陸軍少尉で、郷里の韮見村長の養子になり、金子君は、「兜山」という四股名で、まだふんどし担ぎです。彼らは小学生時代は一途に立身出世を考えていれば良かったのですが、そろそろ一人前になろうとするこの頃は、もう将来を具体的に考えます。それは、昔の「出世倶楽部」時代の様に純粋というわけにはいきません。

 また、20前後の年ごろです。当然、恋愛問題が生じます。宇井閣下の家には、令嬢・錦子さんと、令姪・静子さん、郁子さんの姉妹がいます。これらの美女達の心を掴みたく、小西、三好、立川の三君と森君とは、いろいろと駆引きを使います。金子君は、宇井夫人からお小遣いを貰う身で、宇井邸に足しげく通いますが、彼の意中の人は、相撲部屋の側の蕎麦屋の店員お駒ちゃんです。それで、金子君は四人から色々と駆引きの手伝いを頼まれます。

 これらの四人の思惑と金子君の行動は色々と交差しながら進みます。しかし、彼らの求婚競争は悉く失敗し、将来の成長を誓うというかたちで終ります。

 従来の佐々木邦の路線の上に立っている作品ですが、邦は、彼らにばら色の将来を与えませんでした。日中戦争が始まる頃であり、邦としても、若者にばら色の未来を示すことに躊躇したのかも知れません。

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