お隣の英雄

さわりの紹介

「賢一郎も泰二郎も起きろ。お隣へ強盗が入った」
「ゲエッ!」
と叫んで、泰二郎君ははね起きた。
「あわてちゃいけない」
賢一郎君は電燈をつけた。
「強盗々々!。大変々々!。ゲエーッ、ゲエーッ」
「何だ?それは。洋服を着ろ。パジャマじゃみっともないぞ」
「ズボンがない」
「あわてるな。探してみろ」
「兄さん、いけない。それは僕のズボンだよ」
「ああ、そうか?道理でいつの間にか、半ズボンになっていると思った」
「やっぱりあわてていらあ。強盗々々。大変々々」
「賢一郎も泰二郎も早くおいで」
お父さんが、また呼んだ。夜中に地震がゆっても、火事があっても、寝巻のまま飛び出さないようにと、戒められている。間に合わなかったら、洋服を抱えて出ろという。二人は少しあわてたけれど、十分及第したわけだ。お父さんが、ステッキを持って、先に立った。しかし心配はない。
「もう二人とも縛ってありますから」
と佐々さんの妹の女子大学生が、健一郎君と泰二郎君に、教えてくれたのである。二人入ったとみえる。いよいよ大変だ。もっともお嬢さんと婆やが、知らせに出て来るくらいだから、もう危険はない筈だけれど、外は暗闇だった。カーロが吠えながらかけ廻る。どこかにまだ匿れているのではなかろうかと思うと、泰二郎君は足がふるえて、歯がガタガタなった。賢一郎君はしゃっくりが出て困った。お父さんはステッキを鉄砲のようにかついでいた。あまり強そうな恰好でない。
「やあ。どうぞこちらへ。夜中おさわがせして相済みません」
と大学生の佐々さんが迎えた。これはパジャマのままだったが、寝込みをおそわれて取っ組んだのだから、無理もない。
「とんだことでしたな。お怪我はございませんでしたか?」
「一向。賊は厳重に縛ってありますから、どうぞ御心配なく」
「豪いことです。文武両道の達人と、倅達から承っていましたが、早速武勇伝でした」

薀蓄

「お隣の英雄」は、「出世倶楽部」に引き続き、昭和13年1月号〜12月号の少年倶楽部に連載された少年小説。

 三軒続きの貸家の端にすむ堀越家は、お父さん、お母さんと女学校四年生の清子さん、中学校二年生の賢一郎君、小学校6年生の泰二郎君との五人家族。もう片方の端には、賢一郎君の同級生、南君が住む。間の一軒はいわく付きの家で夜逃げをしたり、詐欺師がいたりしたが、長いこと空家になっていた。
 ここに、医大生の佐々鯤さんと妹の女子大生尚子さん、それに婆やさんの三人家族が引っ越して来た。この医大生、剣道、居合い抜きもたしなむ文武両道の達人。早速、深夜押し入った針金強盗を捕まえ、小中学生のヒーローとなる。更に知識も半端ではなく、医学の知識はさることながら、漢籍や歴史にも通じている。特に泰二郎君の傾倒は著しく、賢一郎君のように私立の中学を受験するつもりだったのが府立の中学に合格する。
 中学校には、新たなライバルがいた。久米鵬君である。泰二郎君は久米君に佐々さんのことを自慢する。それに対して久米君は、親類の大学生国光君を持ち出す。そこで、ますます、泰二郎君は佐々さんに傾倒する。一緒に海ヘ行って夏休みを過ごしたり、親子先生座談会を開いたりもする。その内に佐々先生は、ロンドンへの留学試験を受ける。国光君は高等文官試験を在学中に合格したものだから、泰二郎君は気が気では無い。でも、最後に留学が決定し、お隣の英雄は英雄のまま日本を離れる。

 佐々木邦は、「面白くてためになる」という戦前の講談社の方針を、佐々鯤という大学生との交流で成長する賢一郎・泰二郎兄弟の姿を通じて描いている。昭和13年は、もう日中戦争が始まっているわけだが、まだ、少年雑誌まで規制の波が押し寄せてこなかったのか、この作品に戦争の影はほとんど現れてこない。佐々木邦の少年・少女向けの小説に一貫する、温厚で極端に走らないユーモアがにじみ出ている。

 しかし、本作品以後、佐々木邦は少年・少女向けの小説を書かなかった。一つは時代が佐々木邦的世界を許さなくなったことによるものであろう。

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