村の成功者

さわりの紹介

翌朝、勝田君との約束を果す為に百間川へ向う途中、田川へ寄った。
「卓さん、伯父さんは角町へ泊まり込んでいて帰りませんよ」
 と伯母さんは未だ起きたばかりだった。
「大滝が有望なんでしょう?」
 と卓造君は早速問題に触れた。それが訊きたくて寄り道をしたのだった。
「さあ」
「何んな具合ですか?」
「一昨日出て行ったきり音沙汰がありませんが、何うせ駄目ですよ」
「しかし、東京から見に来ているんでしょう?」
「もうこれで三度目ですよ。その度に小千円もかかるんですから、水力発電はもうフルフルですわ」
「今度は好いかも知れませんよ」
「これで諦めさえつければね」
「伯母さんにかかっちゃ敵わないなあ」
「話半分ってことがありますが、伯父さんのは十分の一に行けば宜いのよ」
「おやおや」
 と卓造君は落胆した。伯母さんは伯父さんのことを誇大妄想狂と見ている。
「卓ちゃん、早いね」
 とそこへ従兄の睦さんが起きて来た。
「お早よう」
「僕はこれから置鉤を上げに行くんだが、何うだね?一緒に来ないか?」
「さあ」
「鯰の二三本は駄賃にやるよ」
「然うですな」
 と卓造君は困った。
「何処かへ出かけるところかい?」
「ええ」
「角町かい?」
「いいえ、百間川です」
「鮎かい?」
「いいえ、友達が待っているんです」
「水浴びか。それなら宜いけれど水力発電ならよし給えよ。ハッハハッハ」
 と睦さんは笑った。伯父さんは息子にも見放されている。
「何処ですか?置鉤は」
「裏の川さ」
「お供しましょう。未だ時間があります」
 と卓造君は連れ立った。もう急いで百間川へ行く気もない。
「卓ちゃん、親父の病気が又起こっているんだよ」
「何処かお悪いんですか?」
「持病さ。百間川だよ。一昨日から帰って来ない」
「僕、昨日橋のところで会いました」
「ふうむ」
「東京の人達と一緒でした。大滝を検分して貰ったんでしょう?」
「然うさ。今度で三度目だよ。技師ってものは吹っかけるね。又七八百円取られるだろう」
「金を出して見て貰うんですか?」
「東京から唯来るものかね。旅費と日当と鑑定料をとられる」
「ははあ」
「その上宿屋は此方持ちさ。今度のは助手共に四人だろう?桝屋へ泊まっている」

紹介

「村の成功者」は、昭和3年9月から翌年2月まで雑誌「現代」に連載された中編小説です。

鉄道の駅がある○○町からバスで三里いくと角町がある。そこから更にニ里歩いた山又山の中に山中村がある。○○町の中学校に通っている卓造君は、山中村に帰省をした。卓三君のお父さんは村で小学校の校長先生をしているが、卓三君が中学校に通えるのは、母方の伯父、田川の伯父さんが寄宿料を払ってくれているからである。

この田川の伯父さんは、昔は村随一のお大尽であったが、村に水力発電所を誘致しようと身銭を切って活動している。村は水が豊富で隣村の境には大滝があって、発電には絶好の場所なのだが、これまで誘致に成功してこなかった。ところが近郊の出身で、東京で成功した実業家・尾崎さんと知り合って、尾崎さんの助力で、水力発電が実現しそうになる。

それまでは、「親父の病気」といわれて、家族にまで見放されていた伯父さんの成功に、息子や親戚が採らぬ狸の皮算用をはじめる。

というのが粗筋です。このようにお金にまつわる話を小説にすると、風刺劇になるか教訓劇になるかどちらかです。しかし、「村の成功者」は、お金にまつわる人間喜劇を描きながらも、登場人物全体を平等に描いています。目の位置が抜群です。ストーリーが若干散漫で小説としての出来は必ずしもよくはないのですが、邦らしさは十分味わえると思います。


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