求婚三銃士

さわりの紹介

 三人の求婚者の中、吉川君は初めから優勢だった。小宮君の批評通り、自分の立場を実際以上に見積もる傾向があるけれど、鉄道省技師工学博士というお父さんの背景が利いている。屋敷周囲の地所家屋が物を言う。それから吉川君自身だ。理屈づめの瀬戸君や正直一方の安達君よりも軽いだけに調子が好い。頭は兎に角、常識が発達して、一番世間に慣れている。風采も申分ない。
「本当なら無条件で此方のものよ。邪魔者が入ったから、長引くんですわ」
 と仲人の丸尾夫人が歯痒がる。
「しかし一疋頓死しました」
「オホホホホホ、頓死ね、本当に」
「未だに原因不明ですか?」
「はあ。奥さんは何うしても仰有いませんの。しかし何か思わしくないことがあったに相違ありませんわ」
「不思議ですな。彼奴は僕達の仲間では一番の方正家です。模範をもって任じていたんですから」
「如何にも堅人のように見えますけれど、何かあったんでございましょう」
「いや、絶対にありません。迚も堅いんです。僕と違って、何処を叩いたって埃なんか出やしません」
「俊彦さん」
「はあ」
「そんなこと苟めにも仰有るものじゃございませんよ」
「何んなことですか?」
「あなたはお口がお軽過ぎますわ。僕と違って埃なんか出ないと仰有れば、あなたは出る勘定になるじゃありませんか?」
「多少は仕方ありません。人間です」
「それがいけませんのよ。聖人君子のように構えていらっしゃらなければ」
「いや、それが却って考えものです。瀬戸君はあの調子でやり過ぎたのかもしれません」
「何の調子?」
「聖人ぶってお説法をするんです」
「お説法をなさらないまでも、精々お堅くお見せかけにならないと失策りますよ」
「これはイヨイヨ信用がない。見せかけると来ている」
「オホホホホ」
「冗談も言ったり、堅くも見せかけたり、両方やっていて、役者がナカナカ忙しいんです」
「もう少時の御辛抱ですわ。お父さんの御地位が物を申します。橋本さんだってお考えになりますわ。お嬢さんの生活ってことが大切ですから、この辺の地所家屋と北海道の馬を較べて見ていらっしゃるでしょう」
「兎に角、北海道一人になりました。土佐犬が残らなくて宜かったです。僕は馬よりも犬の方が苦手ですから」
「陸軍大将閣下も斯うなると一向値打のないものね」
「大将は余り骨を折らなかったんじゃないでしょうか?土佐犬の失敗は何うしても合点が行きません」
「北海道さんの方は一生懸命ですけど、これは資格のない人の後押しをなさるんですから、御大抵じゃございますまい」
「しかしあの奥さんはよく気がつきますよ」
「まあ!」
「本当です。至れり尽せりです」
「まあまあ、私を前に置いて」
「ハッハハハ」
「何方の念が先に届きますか、近い中にお分かりになりましょう」
「何か好いことがあるんですか?」
「それは申し上げません。私は大谷夫人とは違って、縁の下の力持ちになる外に、何の取り柄もない不束者でございますから」
「恐れ入りました。しかし何ですか?」
「意地にも申し上げられません。その折、何うぞお慌てになりませぬように」

作品紹介

求婚三銃士は、昭和9年10月号〜10年12月号にかけて「講談倶楽部」に連載された小説。

昭和9年は、前年に国際連盟を脱退した日本が国際的に孤立化し始めた頃であり、翌10年は、天皇機関説が問題になった年である。日本は戦争に向かって、ベクトルを合わせはじめた時期といってよい。佐々木邦のような本質的にリベラルな作家は、仕事がしにくくなった時代になっていた。事実昭和一桁には華々しい流行作家であった佐々木邦は、10年代に入ると、発表誌が講談社の雑誌から、ユーモア作家倶楽部の機関誌である「ユーモアクラブ」に移すようになる。「求婚三銃士」は、流行作家時代の佐々木の掉尾を飾る快作である。

佐々木邦は、時代を無視して作品を書いてきたわけではない。この作品でも、軍人台頭の時代に書かれたこともあり、登場人物に陸軍大将と海軍中将を配するなど、それなりの配慮は見うけられる。しかし、ストーリーは時代を突き抜けた新しさがある。

「求婚三銃士」は、一緒に大学を出て、仕事こそ違うが共にサラリーマン生活を始めた、安達君、吉川君、瀬戸君の三人の青年が、次ぎの人生の課題「結婚」において、等しく橋本海軍中将令嬢佳子さんの花婿候補に立ち、佳子さんに選んでもらおうとしのぎを削る。この三人は、「正直者の安達君」「策士吉川君」「用意周到の瀬戸君」と章の見出しにあるように、三者三様だが、この三人に花婿レースには参加しなかった小宮君の4人は大学時代の親友同士。お互いに求婚競争は求婚競争、友情は友情として誰が勝っても仲良くして行こうと語り合うが、勿論そうは問屋がおろさない。特に、橋本家と佳子さんの注文が中々難しいものだから、それぞれに苦心してのアプローチ。

更にこの三人には、みな「軍師」が付いている。安達君の軍師は下宿の大谷夫人。吉川君の軍師は丸尾夫人。そして、瀬戸君の軍師は、陸軍大将溝口閣下。大谷夫人と丸尾夫人は共に美人を自ら任じているので、お互いのライバル心もあり負けられない。その中で老獪なのは溝口閣下。三人の中で一番優秀な瀬戸君をうまく自分の令嬢富士子さんの婿にすべく画策し、まんまと成功する。

残った二人の戦い、色々な展開があるが、結局正直で不器用な安達君と佳子さんが結ばれる。この求婚レースの傍観者であった小宮君の結婚式でこの作品は幕を下ろすが、「友情は友情」という最初の約束とは裏腹に、吉川君は結婚式に出てこない。瀬戸君の「誰か一人こうなる運命だったんだから」という発言でもわかるように、単なる大団円ではないところが、この作品を書いた時代の佐々木邦の特徴がある。

連載終了後すぐに映画化され、昭和11年2月封切り。PCL(後の東宝)の作品。矢倉茂雄監督。伊馬鵜平・阪田英一の脚本。千葉早智子、岸輝子、宇留木浩、北沢彪、大川平八郎、椿澄枝らの出演でした。

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