奇物変物

さわりの紹介

「大内さん、あなたの下宿のことで、高田君と相談してありますが・・・・・。」
とそこへ、吉岡さんが寄って来て話しかけた。
「然う然う」
と高田さんは頭を掻いて、
「大切のことを忘れていました。吉岡君の下宿は玉木といってここの書記の家です。丁度好い部屋が明いていますから、一先ずそれへ落ち着くようにと手筈が定めてあります」
「種々と有難うございます」
「学校へも近いし、閑静で申分ないところですよ。何うです?僕はもう帰りますから、何ならご一緒に」
と吉岡さんが誘ってくれた。
「はあ、お供いたします」
「それじゃ吉岡君、頼むよ。何れ僕も後から伺う」
と高田さんは私を吉岡さんに引き渡した。
「僕達も伺います。それでは失礼」
と木村君酒井君も敬意を表してくれた。
 玉木家は立派な邸宅だった。吉岡さんは離れの階下を全部占領していた。私は階上へ納まった。六畳と四畳半、庭から田圃、田圃から山まで見晴らせる。玉木夫人とそのお母さんが出て来て痛み入るほど鄭重な挨拶をした。
「君のお蔭で腹がへった。一緒にやろう」
と吉岡さんはもう遠慮の埒をはずしてしまった。
「ご迷惑をかけます」
と私は大分年が違うから然うは行かない。しかし食事中可なり寛ろいで話した。
「大内君、君は都の陣笠田舎の鍬形ってことを知っていますか?」
「はあ」
「中等教員もこんな田舎町へ来ると最高学府の先生だから優遇されます。東京にいたんじゃとてもこんな下宿へは入れませんよ」
「実際然うです」
「この土地にしても、ここの家は特別です。僕はもう足かけ五年お世話になっています」
「ははあ」
「今に恩返しをしますよ」
と言いながら、吉岡さんは机の上を見返った。妙な機械が置いてある。
「何ですか?その動いているものは」
「これが僕の生命です」
「ははあ」
「永久動力です。パーペチュアル・モーション。この研究の為に僕は狂人扱いを受けています」

作品紹介

奇物変物は、昭和3年9月号〜4年11月号にかけて「富士」に連載された小説。

明らかに漱石の「坊ちゃん」へのオマージュとしてかかれた作品。でも作者は佐々木邦、漱石のように辛らつにはなれません。「坊ちゃん」における「赤シャツ」、「野太鼓」に相当する登場人物は出てこず、主人公の大内先生にとっての正義は、中等教員の俸給アップに向かいます。でも、白石教諭は「うらなり」を彷彿とさせるし、吉岡先生は「山嵐」と見てよいでしょう。

主人公の「私」こと大内先生は、帝大の英文科を卒業し、○○市の○○中学校の英語教師として赴任します。この○○市は特急は止まらないけれども急行は止まり、東京から18時間ほどかかる町ということで、昭和初期の時刻表から勘案すると福山辺りとなります。校長はヒポポタマス(河馬)と綽名去れるされる変人で、学校出たての先生なんか使いものにならないと最初から言われ、だから、清心誠意でやってほしいと訓戒を垂れられます。

同僚の教師たちも皆ある種の奇人ですが、いずれも好人物で「私」はすぐになじむことが出来ました。下宿の階下に住む数学の吉岡先生。彼はお閻魔様の綽名を持ち、40近いが独身で、永久動力の研究が趣味です。顔つきは怖いが根が親切な人で、若い教師の縁談をまとめたりもします。英語の同僚には主任の高田先生と、若い木村・酒井の両先生がいます。このような先生たちとはお互いに行ったり来たりしながら、交流を深めます。奇人は数多いけれど、最高は数学の白石先生でしょう。どんなことでも悲観的に考え、悪い妄想も持ち、悪人では無いのですが持て余しがちです。

これらの教師間の交流に併行して、恋愛問題も当然生じます。「私」は下宿の玉木夫人の妹で女子大に行っていた蔦江にひかれ、蔦江に英語を教えると言う口実で急接近します。英語の授業の日9時まで勉強するとその後1時間は雑談して仲良くなるという。一番難物と思った兄の賛成も得られて、二人の結婚が決まります。

夏休み直前。吉岡先生は俸給値上げの必要性を説き、若い先生を巻きこんだ運動をはじめます。「私」もその一人。これが大問題になり、参加者全員がクビになりそうになる。校長は、詫びをいれれば戻れるようにすると言うが、断る。

地方都市の学校が舞台となっていることから、学校教師生活の長かった佐々木邦の経験が多く含まれているようです。昭和3年は、邦が学校教師を辞めて、小説家で一本立ちした年でもあり、佐々木邦の学校に対する一つのオマージュだったのかも知れません。

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