家庭三代記

さわりの紹介

 豊子姉さんはもう女学校を卒業した。家のお手伝いをしてお母さんについているから、僕が悪いことをすると直ぐに言いつける。敬二兄さんも信子姉さんもこれには困っている。一番上の正徳兄さんさえ時折槍玉に挙げられる。この間も、
「お母さん、兄さんは制服を着て出て行く時の方が却って危険よ。制服だから学校だと思うと間違いますわ」
 と警告を与えていた。僕は豊子姉さんが一番の苦手だ。
「日出ちゃん」
 と来る時は決して碌なことではない。
「何です」
「一寸来て御覧なさい」
「はあ」
「此方よ。好い景色を見せて上げますから」
「何処ですか?」
 と僕は玄関まで引っ張られる。
「この靴の脱ぎ方は何う?」
「さあ」
「右と左で三尺も違っているわ」
「そんなことはないでしょう。精々ニ尺ぐらいのものです」
「然う?それじゃ物差を持って参りますよ」
 と豊子姉さんは甚だ正確だ。物差で計って三尺五寸あればお裁縫の帳面へつけて置く。
「いや。宜いですよ」
「見っともないでしょう?」
「はあ」
「泥棒は靴や下駄の脱ぎ方を見て入るものよ」
「何故ですか?」
「履物の脱ぎ方がキチンとしていなければ、戸締りだって好い加減なものだろうと思って、目をつけます」
「成程」
「若し家へ泥棒が入れば日出ちゃんの所為よ。日出ちゃんが呼びこんだのも同じことよ」
「驚いたなあ」
「それから靴を突っかけ穿きにしちゃいけません」
「はあ」
「脱ぎ方もゾンザイなら穿き方もゾンザイですわ。踵の方がこんなになっているじゃありませんか?無理に押し込むからよ」
「はあ」
 と僕は一々証拠を突きつけられるから弁解の余地がない。
「何故靴ベラを使わないの?」
「失したんです」
「ダラシのない人ね」
「豪い人だって物を失すことがあります」
「まあ!お前は豪い人の積り?」
「豪い人になる積りです」
「それなら尚更のことよ。細かいことに気をつけなければ、豪い人になれません」
 と豊子姉さんは何処までも僕をやり込める。それで無罪放免かと思うと、大きな考え違いだ。お母さんにチャンと言いつけている。
「日出男や」
 とお母さんが後刻必ず僕を呼び止める。
「はあ」
「お前は靴の脱ぎ方が乱暴でいけませんよ。先刻お母さんがみましたが、右と左が三尺も離れていたわ」
「はあ」
「穿くときにも気をつけて、靴ベラを使わなければいけません」
「はあ」
「靴ベラは何うしたの?」
「失しました」
「安いものですから、自分のお小遣いでお買いなさい」
「厭です」
「もうないの?」
「あります」
「それじゃ何故?」
「自分のお小遣いは自分のものですから損をします」
「変ね」
「靴や靴ベラは何処でも親持ちです」
 と僕はお小言はお小言として受けるが、不合理な要求には応じない。

作品紹介

家庭三代記は、昭和6年1月号〜6月号にかけて「婦人倶楽部」に連載された中篇小説です。

これは、祖父、父と代々医者の家である尾島家の三男、日出男君が主人公です。日出男君は成績が優秀で小学6年生ながら自分に自信を持ち、自分も必ず医者になって立派な三代目になろうと考えています。そんな子供の目から見た祖父母、父母、兄姉たちをながめさせ、尾島家の家庭を立体的に描いています。

尾島日出男君は五人兄弟の末っ子。上には大学生の正徳兄さんと中学生の敬二兄さん、女学校を終えて花嫁修行中の豊子姉さんと女学生の信子姉さんとがいます。屋敷の離れには医者を引退したおじいちゃんおばあちゃんがいます。お父さんもお医者さんで、叔父さんたちも医師として働いています。お正月にはこれらの一族が日出男君の家に集まってきます。

長男の正徳君は医者一族に反発して、大学で哲学を学んでいます。長男が家業を継がなかったことで、おじいさん、お父さんの期待は次男、三男にかかって来ています。日出男君は、惣領の甚六、次男は中だるみ、三男賢三、この秀才が家を起します。これが僕の理想です、といってはばからない。この前向きのところがおじいさんのお気に入りで、隠居部屋に入りこんでは、お菓子をもらい、お屠蘇をあがります。そして、おじいさんのところにやってくる叔父さんたちの様子を観察するのです。

少年を主人公とし、また物語の語り手とするのは、「いたづら小僧日記」、「珍太郎日記」以来、佐々木邦が用いてきた手法ですが、「いたづら小僧日記」の太郎や、「珍太郎日記」の珍太郎のようにナイーブを装った子供を主人公において、アナーキーな味を出しているわけではなく、将来の展望を持った(あくまでも子供的ですが)いわゆる良い子である日出男君を主人公に置くことにより、老・壮・青のバランスよく、昭和初期の中流家庭の雰囲気を描いています。

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