どくたーTのオールタイム・ベスト10
毎年何十ものオペラの舞台を見ていると、その中には素晴らしい演奏が必ずあります。私はそれをベスト10の形で毎年公表していますが、どんな年にも選べなくて残念だな、と思う公演が必ずある。それぐらい毎年素晴らしい公演があるのですから、オールタイム・ベスト10を選ぶなんてそもそも無理があります。でもそういう名演の中に20-30年経っても忘れることができない演奏がいくつもあるわけで、そういう自分にとってインパクトの強い公演を10挙げて、我がオールタイムベストテンとしたいと思います。
第10位 ペレアスとメリザンド 2014年12月5日鑑賞 NHK交響楽団第1796回定期演奏会
デュトワが音楽監督時代のN響は例年12月演奏会形式でオペラを上演するのが常でした。その嚆矢は1996年のオネゲル、劇的オラトリオ「火刑台上のジャンヌ・ダルク」の上演だと思いますが、定期化したのは、2012年12月の「夜泣き鶯/子供と魔法」の二本立てからだと思います。その後2014年の「ペレアスとメリザンド」、2015年「サロメ」、16年「カルメン」と続き、18年も予定されていたのですが、セクハラ問題のためキャンセルされたと記憶しております。これらのオペラ上演はどれも素晴らしかったのですが、特に2014年の「ペレアスとメリザンド」は印象派に強いデュトワの良さが出た演奏で、主役のメリザンドを歌ったカレン・ヴルシュは、その後新国立劇場でも同役を歌っておりますが、N響で歌われた時の方が確実に良かったと思います。
第9位 沈黙 2015年6月27日鑑賞 新国立劇場公演
邦人作曲のオペラで何か1本と思ったときに最初に思い出したのがこちら。素晴らしい演奏だったと思います。遠藤周作の原作は中学生のとき読み、その世界に感じ入るものがあったのですが、松村禎三の音楽が素晴らしく、小餅谷哲男のよく考えられた歌唱は、深い感動を味合わせてくれました。またキチジローを歌った星野淳など脇役の皆さんも素晴らしく、今も忘れられない演奏です。なお、私が日本オペラで一番聞いているのは「夕鶴」の5回ですが、夕鶴の私にとって一番の演奏は、2018年新宿文化センターで聴いた日本オペラ協会公演、佐藤美枝子が「つう」を歌った公演で、その公演も感動的だったのですが、それ以上にこの「沈黙」の感動は上でした。
第8位 チェネレントラ 1991年2月14日鑑賞@東京文化会館 藤原歌劇団公演
「チェネレントラ」絶対に忘れられない舞台が二つあります。一つ目が今回取り上げる1991年の藤原歌劇団の舞台。もう一つが1990年4月24日にロンドンで見たアグネス・バルツァがアンジェリーナを歌った舞台。このバルツァのアンジェリーナは本当に素晴らしくて、見ているうちに本当に身体が震えました。このような体験は、後述する「ばらの騎士」の三重唱などで経験しただけです。91年の藤原の舞台は、ルチア・ヴァンレッティーニ=テッラーニがアンジェリーナを歌い、彼女は必ずしも絶好調ではなかったのですが、ドン・ラミーロを歌った五郎部俊朗が抜群に良く、日本に真のテノーレ・レッジェーロが登場したと驚いたものでした。
第7位 カプレーティとモンテッキ 2021年11月13日鑑賞 NISSAY OPERA 2021公演
一般論としては、正確なテクニックで軽い声で歌うことの多いベルカント・オペラは日本人に向いていると思っています。ベッリーニの作品もその例外ではなく、素晴らしい公演が幾つもあったのですが、ただ一つ上げるとすれば2021年に日生劇場で見たこちら。山下裕賀のロメオが伸び伸びとした歌唱で素晴らしく、佐藤美枝子のジュリエッタも円熟の歌唱を披露しました。工藤和真以下の脇役も皆よく、立派な舞台だったと思います。鈴木恵里奈の指揮も頑張っており、これからも忘れられない公演になると思います。
第6位 セビリアの理髪師 2022年6月12日鑑賞 NISSAY OPERA 2022公演
「セビリア」も大好きで記憶に残る公演も多いのですが、ただ1本を挙げるとすれば2022年日生劇場における公演。小堀勇介のアルマヴィーヴァ伯爵が圧倒的に素晴らしく、最初から最後まで記憶に残る名唱を聴かせてくれたと思います。山下裕賀のロジーナも極めてよく、「今の歌声」のバリエーションは初めて聴いたものだったかもしれません。黒田祐貴のフィガロも闊達でしたし、久保田真澄のバルトロのとぼけた感じも良かったです。演出は粟國淳のもので2016年の再演だったのですが、歌手が良かったせいか、演出の切れも2016年の時とは段違いによかったです。沼尻竜典と東京交響楽団のサポートも素晴らしく、オールタイムベスト10に入れるのに何の躊躇もありません。
第5位 ランメルモールのルチア 2017年3月18日鑑賞 新国立劇場公演
「ルチア」も何度も見るオペラです。主役のルチアは狂乱の場など本当に大変だと思いますが、日本人の軽い声のソプラノはそれなりにこなしてしまうからすごいと思います。しかし、ここで上げるのは、2017年の新国立劇場の公演。この公演は現在最高のルチア歌いと言われるオルガ・ペレチャッコのルチアが抜群に素晴らしく、エンリーコ役のルチンスキーも大変すばらしい歌唱で、写実的な演出やオーケストラの伴奏も納得できるもので、ベルカントオペラ好きにはたまらない舞台でした。
第4位 愛の妙薬 1995年2月8日鑑賞@東京文化会館 藤原歌劇団公演
本当のことを言えば、多分もっと素晴らしい「愛の妙薬」があるのだろうと思います。でも私が高橋薫子の魅力を知ったこの公演が私にとってのベスト「愛の妙薬」です。高橋の歌唱は「ルチア」で聴いていました。ルチアの時の印象は決して悪いものではありませんが、まあ有体にいえば、今思い出せるような特徴のある歌ではなかったと思います。しかし、この晩は違いました。とってもコケティッシュで、見た目も華やかで、ネモリーノでなくとも恋するのはさもありなん、という感じのアディーナでした。歌もよかった。「冷たいイゾルデ姫は」から魅了させられました。正にブラヴァでした。この公演は往年の名バッソ・ブッフォ、タッディがドゥルカマーラを歌い、そこも素晴らしかったです。
高橋薫子はアディーナを最も得意にしていて、その後も何度も歌い、私も何度も聴いていますが、自分の中ではノスタルジーもあるのでしょうけど、この時のアディーナが最高でした。
第3位 ランスへの旅 1989年10月26日鑑賞@東京文化会館 ウィーン国立歌劇場来日公演
今でこそ「ランスへの旅」はロッシーニの代表作として普通に上演されていますが、初演から150年間は完全に忘れられていた作品です。それを1970年代のロッシーニ・ルネッサンスの中で復元され、1984年、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルでアッバードの指揮で復元上演され、88年、アッバードがウィーン国立歌劇場に移った時にその舞台も持っていき、翌89年の来日公演の目玉として持ってきたものです。
指揮がアッバード、歌手はチェチーリア・ガスティア、ルチア・ヴァンレッティーニ=テラーニ、レッラ・クベレリ、ウィリアム・マテウッティ、フルッチョ・フルラネット、ルッジェーロ・ライモンディ、エンツォ・ダーラと当時の世界最高級のロッシーニ歌手が勢揃い。もう聴いていて夢見心地になるしかない名公演でした。
第2位 オテッロ 1990年1月6日鑑賞 コベントガーデン歌劇場公演
1989年から90年にかけての年末年始はヨーロッパへオペラ鑑賞ツアーで出かけました。その目玉がカルロス・クライバーが指揮をし、プラシード・ドミンゴのオテッロ、カーティア・リッチャレッリがデズデーモナを歌うヴェルディ「オテッロ」。その時点でカルロス・クライバーの公式の録音は全部聴いていて、自分にとって一番好きな指揮者だったのでということで参加したのですが、期待以上に素晴らしかったと申し上げます。
クライバーが振ると、オテッロの音楽の緊密さが、否応無しに、それも快く入っていくのです。オテロが何故、ヴェルディの最高傑作に数えられるかという点も直感的に理解させられました。オーケストラのレスポンスが素晴らしく、彼らもカルロスと音楽を作る喜びに嵌っていたのだろうと思います。歌手陣ではドミンゴはもちろんよかったけど、リッチャレッリが最高のデズデーモナ。「柳の歌」なんて、思わず涙が出るほどすばらしかった。持って生まれた美貌も相俟って演技もよく、まさにデズデーモナがあたり役という感じがしました。
第1位 ばらの騎士 1994年10月15日鑑賞@東京文化会館 ウィーン国立歌劇場来日公演
自分にとっての最高がこちら。多分これからもこの公演以上に感動できる舞台に出会うことはないでしょう。
カルロス・クライバーの正式のオペラ演奏の最後となったウィーン国立劇場の来日公演「ばらの騎士」は、全てが美しく素晴らしかった。オペラの最高が全て集まった舞台と申し上げても過言ではないでしょう。日本のクラシック音楽演奏史に残る名演とされていますがまさにその通り。当日私の坐った席は、1階1列目の中央という、カルロスの指揮を眺めるのには絶好のポジション。その位置にいると、どうしても舞台に集中することが出来ず、カルロスの指揮姿に目が行ってしまいます。まさにその姿は流麗そのものでした。音楽の流れと指揮の動きが見事に一致して、手をぐるぐる回す独特の指揮姿が音楽に全く溶けこんでいてなんらけれんを感じさせない所は、正に神業。ただただ驚きと感動とで一杯でした。
歌手も本当に素晴らしい。私は、元帥夫人といえば未だフェリシティ・ロット以外は考えられませんし、オクタヴィアンはアンネ・ゾフィー・フォン・オッターですし、ゾフィーはバーバラ・ボニーです。第三幕の有名な三重唱がいかに素晴らしかったか。三人が三様の別々の感情を歌っているのにひとつの音楽のなかに完璧なハーモニーが聴こえてくる美。もう筆舌に尽しがたい、と申し上げるしかありません。ばらの騎士の持つ保守的な爛熟美をこれまでに美しく表現する事は不可能なのではないか、と思えるほどでした。本当に完璧な演奏があるとすれば、この午後の「ばらの騎士」こそ、そういって許される演奏だったと思います。
表でのベスト10のまとめ
順位 | 鑑賞日 | 会場 | 主催/タイトル | 作曲 | タイトル | 形式 | 指揮 | オーケストラ | 合唱団 | 演出 | 主な出演者 | ||||
1 | 1994/10/15 | 東京文化会館 | ウィーン国立歌劇場 | R・シュトラウス | ばらの騎士 | 字幕付原語上演 | カルロス・クライバー | ウィーン国立歌劇場管弦楽団 | ウィーン国立歌劇場合唱団 | オットー・シェンク | フェリシティ・ロット | クルト・モル | アンネ=ゾフィー・フォン・オッター | ゴットフリート・ホーニック | バーバラ・ボニー |
2 | 1990/1/6 | コベントガーデンロイヤルオペラハウス | コベントガーデンロイヤルオペラハウス | ヴェルディ | オテッロ | 原語上演 | カルロス・クライバー | ロイヤルオペラハウスオーケストラ | ロイヤルオペラ合唱団 | エリヤー・モシンスキー | プラシド・ドミンゴ | カーティア・リッチャレッリ | フスティーノ・ディアス | ロビン・レガット | アン・メーソン |
3 | 1989/10/26 | 東京文化会館 | ウィーン国立歌劇場 | ロッシーニ | ランスへの旅 | 字幕付き原語上演 | クラウディオ・アッバード | ウィーン国立歌劇場管弦楽団 | ウィーン国立歌劇場合唱団 | ルカ・ロンコーニ | チェチーリア・ガスティア | ルチア・ヴァンレッティーニ=テッラーニ | レッラ・クベレリ | フランク・ロバート | ウィリアム・マテウッティ |
4 | 1995/2/8 | 東京文化会館 | 藤原歌劇団 | ドニゼッティ | 愛の妙薬 | 字幕付原語上演 | アントン・グアダーニョ | 東京フィルハーモニー交響楽団 | 藤原歌劇団合唱部 | アントネッロ・マダウ・ディアツ | 高橋薫子 | ピエトロ・バッロ | ジュゼッペ・タッディ | 牧野正人 | 家田紀子 |
5 | 2017/3/18 | 新国立劇場オペラパレス | 新国立劇場 | ドニゼッティ | ルチア | 字幕付原語上演 | ジャンパオロ・ビザンティ | 東京フィルハーモニー交響楽団 | 新国立劇場合唱団 | ジャン=ルイ・グリンダ | オルガ・ペレチャッコ | イスマエル・ジョルディ | アルトゥール・ルチンスキー | 妻屋秀和 | 小原啓楼 |
6 | 2022/6/12 | 日生劇場 | NISSAY OPERA2022 | ロッシーニ | セビリアの理髪師 | 字幕付原語上演 | 沼尻竜典 | 東京交響楽団 | C.ヴィレッジシンガーズ | 粟國淳 | 小堀勇介 | 山下裕賀 | 黒田祐貴 | 久保田真澄 | 斉木健詞 |
7 | 2021/11/13 | 日生劇場 | NISSAY OPERA 2021 | ベッリーニ | カプレーティとモンテッキ | 字幕付原語上演 | 鈴木恵里奈 | 読売日本交響楽団 | C.ヴィレッジシンガーズ | 粟國淳 | 山下裕賀 | 佐藤美枝子 | 工藤和真 | 須藤慎吾 | 狩野賢一 |
8 | 1991/2/14 | 東京文化会館 | 藤原歌劇団 | ロッシーニ | チェネレントラ | 字幕付原語上演 | アントネッロ・アッレマンディ | 新星日本交響楽団 | 藤原歌劇団合唱部 | マリオ・コッラーディ | ルチア・ヴァンレッティーニ=テッラーニ | 五郎部俊朗 | ドメニコ・トゥルマルキ | 小嶋健二 | 岡山広幸 |
9 | 2015/6/27 | 新国立劇場オペラパレス | 新国立劇場 | 松村禎三 | 沈黙 | 字幕付日本語上演 | 下野竜也 | 東京フィルハーモニー交響楽団 | 新国立劇場合唱団 | 宮田慶子 | 小餅谷哲男 | 黒田博 | 星野淳 | 吉田浩之 | 高橋薫子 |
10 | 2014/12/5 | NHKホール | NHK交響楽団 | ドビュッシー | ペレアスとメリザンド | 演奏会形式 | シャルル・デュトワ | NHK交響楽団 | 東京音楽大学 | ステファーヌ・デグー | カレン・ヴルチ | ヴァンサン・ル・テクシエ | フランツ・ヨーゼフ・ゼーリヒ | カトゥーナ・ガテリア |
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