夜の太陽

さわりの紹介

 円のなかにタカの羽根をぶっちがえた定紋入りの幔幕を張った家の前、自動車が止まっている。多くの人々が、その周囲に立って、なんとなくそうぞうしい。女のほうが多かったが、男の姿もまじっていた。男はいちようにてれくさい顔をしているふうだが、女はそうでなかった。女の表情には夢があり、そして、複雑である。
 たそがれどき、町に、もやがうっすらと立っている。自動車は、家の奥から出てくる花嫁を待っているのであった。
 中本芙路子は、偶然にここを通った。青地と六時に梅田で会う約束がしてあるが、まだ五時を過ぎたばかりである。ちょっとためらってから、見ていこうと、足をとめた。
 芙路子は人々の顔を、ゆっくりながめまわした。すると、肩越しに、知った顔が見つかった。布井藍子がいたのだ。しかし、藍子は芙路子には気がついていない。
 布井藍子とは何年ぶりであったろうか。いっしょに女学校を卒業して以来だから、四年ぶりということになる。藍子には、在学中からいいなずけがあるといううわさが立っていたし、卒業してからまもなく結婚した、ということをだれかに聞いた。そのだれかが、
「こんな時代に、二十歳で結婚できるなんて、幸福だわ」
 と、ため息をついて、いったように記憶している。
 それにしても、四年ぶりで見る藍子の横顔は、幸福な人妻というには、退廃のかげを帯びすぎているようだ。こんな時代、世帯やつれというのならわかるが、それとはちがっている、と芙路子は雑誌記者の直感で意識した。
 女学校時代から、美ぼうのほまれが高かった。背がすらりと延びて、鼻筋が通り、はだの白さは目だった。小麦色で小柄に近い芙路子とは、およそ対照的であった。どちらかといえば、芙路子の屈託しない気質とは反対に、非常に感情的に激しいくせに、いちめん、ふっともろいというところがあった。
 藍子は呼吸をひそめるように、花嫁の出てくるのを待っている。芙路子はなつかしさがこみあげてきた。そちらへ寄っていって、肩をたたいてやろうとしたとき、周囲が騒ぎたち、それが急にしいんとしずまった。
 仲人に手をとられた花嫁が、うつむいて、静々と出てきたのである。嘆声があちこちで起こった。
「おや?」
 と、芙路子はひとみをみはった。
 花嫁は、森田杏子であったのである。とっさに、藍子の結婚を、こんな時代に・・・・・とため息をついたのは、この杏子であったと思いだした。芙路子はあらためて、杏子の花嫁姿を見つめた。豪華な衣装につつまれた杏子の顔は、人形のように堅くなっている。
 杏子も芙路子と同じ二十四歳である。杏子は、自分の新しい出発をながめている人々のなかに、旧友の、しかもすでに結婚した藍子と、いまだに独身でいる芙路子が、それぞれの感慨を胸にこめて、まじっていようとは、想像もしていないだろう。その胸のなかに、ほのかな哀愁の思いがあったとしても、その底には、今夜から夫となるひとの姿が、くっきり描かれているに違いない。
 自動車はエンジンの音を残して、宵やみの町を、あっけなく遠のいていった。人々は散りはじめた。
 芙路子はふっと緊張感から解かれた。藍子のほうを見ると、ちょうどこっちを見ているところだった。口もとに、すこし気にかかるような微笑をうかべている。
「しばらくぶりね」
 と、芙路子が寄っていった。
「偶然に通りあわしたのよ。杏子さんの家が、こことは知らなかったわ」
「そう・・・・。あたしは杏子さんの結婚は、前々から知っていたから、わざわざ見にきたのよ」
「杏子さんとは、その後もつきあっていたの?」
「いいえ、ホールにくるひとが、杏子さんのお婿さんになるひと」
「ホールというと?」
「あたし、主人とわかれて、いまダンサーになっているのよ」
 藍子は顔色を変えないで、つっぱなすようにいった。あきれてみせる芙路子に、
「結婚なんて、女にとって、人生の墓場ってことば、あたっているわ。で、あんたは?」
「まだよ」
「結婚したい?」
「さア・・・・」
「やめたほうがいいわよ。杏子さんだって、そのうちにきっと泣くことがある。あたしには、それがわかっているの。だって・・・・・」
 という藍子の声は、自信にみちていた。

Tの感想・紹介

 「夜の太陽」は、1948年「婦人日日新聞」に連載された中篇小説。源氏鶏太のほとんど最初期の作品のひとつです。源氏鶏太は文楽青年で、昭和10年に「あすも青空」で「サンデー毎日」の懸賞小説で佳作になったこともあるのですが、実質的な作家活動は昭和22年の「たばこ娘」の発表からになります。そして、最初の長編的小説がこの「夜の太陽」だったようです。しかし、この作品は、内容、文体共にその後のサラリーマン・ユーモア小説の書き手であった源氏鶏太の作風とは一線を画しています。

 内容は、端的に言えば、大人の恋愛小説です。女学校時代の同級生の三人、一人は20歳で結婚したものの、その夫と別れてダンサーとして生活をし、お金持ちの二号さん的生活をしている藍子。もう一人は藍子のパトロンと結婚する杏子。そして、全体の狂言廻し的役割を果しながら、自分も妻子ある挿絵画家・青地との道ならぬ恋に迷う女性編集者・芙路子。以上三人の恋愛模様を描きます。

 真の主人公は藍子です。彼女は杏子の夫となる小堀を愛しているのですが、小堀が結婚するから別れて欲しいというと、莫大な手切れ金を要求したり、妻にわからないように現在の関係を続けていこうと言ったりします。一方で、杏子に対しては、夫の浮気をほのめかすような手紙を出したりもします。蓮っ葉な悪女として描かれているのですが、彼女の気持ちは小堀を誰にも与えたくない、というところにあります。この夜の太陽・藍子の光に反映される二つの愛が、芙路子の思慕と夫の不実に心を痛める杏子の愛です。この3つの違った愛が、底流では繋がっていることを、源氏は示したかったように思います。

 作品としての出来は、ありていに言って、中途半端だと思いますが、流行作家になる前の源氏の指向が読み取れて面白いです。

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