喜びと悲しみがいっぱい

さわりの紹介

(五郎さんなんだわ!)
 私は、そう直感し、自分の方からその自動車の方へ近寄って行った。ヘッド・ライトの中に、私の姿が包まれた。自動車は、停った。運転台の扉が開かれて、
「マミちゃん!」
 と、いいながら、五郎さんが飛び降りて来た。
 私は、この瞬間に、あらためて、
(たすかった・・・・・)
 と、思った。
「五郎さん。」
 そうはいったが、私は、不覚にも涙声になっていた。五郎さんは、私の前に立ち、
「よく電話をしてくれたよ」
「すみません。」
「いいんだよ、そんなこと。」
「だって、あたし。」
 さっきから我慢していた涙が、とうとう、溢れて来てしまった。私は、片手で目頭をおさえた。が、涙は、溢れてくるばかりである。私は、せめて、声を出すまいと努めていた。が、それもむだであった。私は、ついに嗚咽の声を洩らし始めていた。
「もう泣くことはないんだよ。」
「はい。」
「さァ、いい娘だから泣くのはおよし。」
「はい。」
 しかし、そんなに優しくいわれたら、ますます、泣けてくるのである。恐らく、そんな私を五郎さんは、心の中で、持て余していたのではなかろうか。が、それを口には出さないで、
「可哀そうに、余っ程、辛かったんだね。」
 と、いいながら肩に手をかけて来たとき、私は、夢中で、五郎さんの胸の中へたおれて行ってしまった。
 五郎さんは、そんな私の背中をいたわるように抱いてくれている。そのうちに、私は、悲しくって泣きはじめたのに、いつか、幸せ過ぎて泣いているような気がしてくるのであった。五郎さんの胸の中で泣けるなんて、私は、かつて想像したこともなかった。が、今は、そうなのだ。夢でなく、現実に、五郎さんの胸の中で、私は、涙を流しているのである。たしかに、数分前までは、不幸と不安のどん底にあった。が、今は、幸せの絶頂にある。私は、この瞬間が無限に続いてくれることを、神様に祈りたくなっていた。いつか、私は、嗚咽の声を洩らさなくなっていた。だが、五郎さんの胸の中で、小鳩のようにじっとしていたのである。
 やがて、五郎さんは、
「さァ、それくらい泣いたら、もういいだろう?」
 そういわれて、私は、五郎さんの胸の中にいることが、急に恥ずかしくなった。あわてて、五郎さんからはなれて、
「すみません。」
 と、あかくなりながらいった。

Tの感想・紹介

 「喜びと悲しみがいっぱい」は、1962年12月号から63年12月号まで1年1か月間、『女性明星』誌に連載された作品です。『女性明星』という雑誌は、私は知らないのですが、『明星』がアイドル雑誌だったことを考えると、若い女性をターゲットにした芸能雑誌だったと思われます。そういう雑誌の読者を想定して、円熟の流行作家が連載する。余裕の作品といってよいと思います。主人公の造形といい、話の盛上げ方、勧善懲悪、そして大団円と源氏鶏太らしい作品に仕上がっていると思います。

 主人公の中河麻美子は20歳。東京の某大手企業の受付嬢です。彼女は14歳で父親を、16歳で母親を亡くし、中学卒業と同時にこの会社に入社しました。母親が亡くなったとき、彼女は東京の叔父の家に、2歳年下の弟は大阪の叔母の家に引き取られ、現在弟は、働きながら定時制高校へ通っています。彼女の望みは、弟を東京に呼んで、一緒に暮らすことです。

 彼女の会社には、麻美子と同期入社の檜山五郎という青年がいます。五郎は、裕福な家の息子ですが、両親のいない麻美子を妹のように可愛がってくれています。そんな五郎に、麻美子は身分違いとは思いながらも、仄かな恋心を覚えています。

 お話は、五郎の母親が五郎を会社に訪ねてくるところから始まります。彼女は麻美子の応対に好感を持ちます。五郎の母が会社にやって来たのは、五郎の恋人である同僚のOL滝田昇子と一緒に食事をするためでした。昇子は、社内でも評判の美人ですが、気位が高く、そしてとかく噂のある女性です。麻美子のことを中学しか出ていない受付係、と蔑んでいるので、麻美子は昇子が嫌いで、兄とも慕う五郎が、昇子と結婚することはよくないことだと思います。

 一方、麻美子は叔父からお見合の話が持ち込まれます。相手を気に入らなかった麻美子はその話を断りますが、叔父は怒って、麻美子に出て行けといいます。麻美子は、叔父の家を出るのですが、行き先がありません。そこで、五郎が、なにか困ったことがあったら相談しなさいと言っていたことを頼って、五郎に相談します。すると、五郎は親切に、麻美子を自分の家においてくれます。そして、弟の就職先と姉弟の住む部屋まで見つけてくれるのです。

 この五郎の好意は、妹のように可愛がっている麻美子への好意です。それが、麻美子には不満ですが、両親がおらず中学しか出ていない自分が、五郎さんと一緒になれるはずがない、とも思うのです。この作品の悪役・昇子は、ヤクザじみた恋人鳴屋とホテルから出てきたところを麻美子に見つかり、縁談は破談になります。その後、五郎はアメリカ支店に転勤になり、そこから麻美子に手紙を出します。「僕は、二年たったら帰る筈です。そのときには、僕は二十九歳。そして、マミちゃんは、二十二歳。」

 この暗示的な手紙が幕切れです。一種のシンデレラストーリーでいかにも当時の若い女性が喜びそうな内容です。通俗小説としては特別優れた作品ではありませんが、プロの作家のプロ的な部分をうまく出した作品と言えるでしょう。

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