わが町の物語

さわりの紹介

「ああ、やっぱりねえ」
 紳士は、感に耐えぬようにいってから、
「そっくりですよ」
「だれにですの?」
「あなたのおかあさんの若いときに」
「まア、あたしの母を知ってらっしゃいますの?」
「・・・・・、昔」
「昔って?」
「おかあさんが、今のあなたの年ごろに」
「まア、そうでしたの」
 友子は、この紳士に対して、急に、親近感を覚えた。彼女はニッコリと笑った。笑うと、両ほおに、エクボが出る。紳士は、すばやく、それを見つけて、
「そう、そのエクボの出るところも、似ていますよ。そうだ、顔だけでなしに、声も、からだつきも」
「そんなに似ています?」
「まるで、二十五年前のおかあさんが、再現したようですよ」
「まア」
 もちろん、友子は、大好きな母の若いころに似ている、といわれたことが、うれしくてならなかった。
「おじさん」と、友子は、親しそうに呼びかけて、
「どうして、あたしの母を、知ってらっしゃいますの?」
「そりゃア、同じS町の者ですからな、そのころのS町は、今より、ずっと、ちいさかった。人口にしても、一万に満たぬ町だったんですよ」
「今は、三万ぐらいになってるんでしょう?」
「そう、そろそろ三万五千ぐらいにはなっているかもしれない」
「おじさんのこと、じゃア、あたしの母も知っていますわね」
「そう・・・・・」
 ふっと、紳士の顔に、苦渋の色が、よこぎったようであったが、すぐ、なにげないように言った。
「おそらく、忘れていられるでしょうな」
「でも、あたし、家へ帰ったら、聞いてみますわ。おじさん、なんておっしゃるの?」
「そうだ、名刺をあげておこうかな」
 紳士は、ポケットから、一枚の名刺を取り出して、友子にくれた。その名刺には、『栗村林業株式会社社長栗村順三』と書いてあった。
「まア、社長さんなのね」
「なに、社長といったところで、たいしたことはない」
 と、栗村は、別に、自慢そうな顔もしなかった。
「あたし、新谷友子です」
「友子さんか。そして、おかあさんの名は、信子さんだったね」
「まア、ほんとうに、ご存じですのね」
「そりゃア」
 栗村は、あとのことばを、ぐっと、飲みこんだが、言外に、知っているわけがあるんだ、と、におわせたようであった。
 気がつくと、汽車は、止まっていた。友子は、窓の外を、チラッとながめて、
「次は、いよいよ、S町だわ」
 と、さも、うれしそうにいった。
「いよいよって、友子さんは、まるで、久しぶりで、S町に帰るようなことをいうんだな」
「だって、そうなんですもの。三年ぶりですのよ」
「三年ぶり?」
「ええ、東京に行っていましたのよ」
「三年も?」
「はい」
「しかし、おかあさんは、今でも、S町にいられるんだろう?」
「ええ、母と弟と」
「おとうさんは?」
「戦死しましたのよ」
 友子は、悲しそうにいった。
「そうだったのか」
 栗村は、深い声でいった。友子は、それを同情してくれてのことと思った。そして、この栗村には、なんでも言えそうな気がした。
「でね、あたしは、やっと、中学だけは卒業できたけど、高等学校には、入れてもらえそうになかったんです。だって、母は、タバコを売ったり、日用品を売ったりして、やっと生活をしているんですもの」
「今でも?」
「ええ。すると、東京にお嫁に行っている姉が、あたしを呼んでくれて、高等学校へいれてくれましたの」
「いいおねえさんだね」
「そのかわり、そこの商売、お薬屋さんよ、そのお店のおてつだいを、ずいぶんとしてあげたのよ」
「それで?」
「こんど、やっと、高校を卒業できたんです。すると、あたしは、急に、いなかへ帰りたくなったんですわ」
「東京よりも、S町がいいの?」
「ええ。そして、母や弟と、いっしょに暮したくなったんです。姉は、しきりにとめましたけれど、いったん、そうと思ったら、もう、むしょうに帰りたくなって」
「ふうむ。わしのむすことは、まるきり、反対だな」
「おじさんのお子さんも、東京へ行ってらっしゃいますの?」
「そう、そして、いくら帰れ、といっても、東京のほうがいい、というんで困るんだ」
「わたしは、S町のほうが大好きよ」
「偉いよ、あんたは」
 栗村は、もう一度、見直すように友子を見た。
 汽車は、S町に着いた。

Tの感想・紹介

 「わが町の物語」は、『面白倶楽部』1956年1月号より12月号まで1年間連載された長編小説です。源氏鶏太の流行作家時代の一編で、良く言えば手堅くまとめた、悪く言えば類型的な作品です。

 ただし舞台背景は珍しいものです。源氏の作品は基本的に舞台は東京か大阪で、それ以外の町を舞台にすることは極めて珍しいです。「三等重役」が大阪近郊の人口10万人ほどの町に設定したのと、「鬼の居ぬ間」の舞台がM市という地方小都市であるのを例外にすると、他にはなかったのではないかという気がいたします。その両作品にしても大阪と密接に関係しているのですが、「わが町の物語」の舞台はT県S町という完全な地方小都市で、主人公の新谷友子が東京から戻ってきた女性である点などを別にすれば、東京や大阪と接点もありません。話の内容は、単純なボーイミーツガールの恋愛小説ですが、舞台が舞台なだけに、牧歌的雰囲気が認められます。

 新谷友子は、東京で高校を卒業して、出身地のT県S町に戻ってきます。友子の家は、父親が戦死し、母親が細々と煙草屋で生計を立てており、本来高校に進学出来なかったのですが、東京に嫁に行った友子の姉が妹を高校に行かせてくれました。友子が田舎に戻ってきたのは、自分が勤めて弟の平一を高校に進学させよう、と思ったからです。

 東京の水で顔を洗った友子は垢抜けていて、中学時代の同級生の男子が早速タバコを買いに来ますが、同年代の男の子には心がときめきません。彼女は、田舎に帰るとき列車で一緒になった栗村に頼んで、彼の会社・栗村林業に入れてもらいます。会社で彼女の指導役になるのが須山で、友子は須山を憎からず思います。その彼女に熱を上げるのが、社長令息の謙太郎と、会社の得意先の伊藤材木店の若旦那、達之助です。達之助の妹・光子が須山と結婚したがっていることから、二人は行司役を須山に押し付けて、二人で友子の歓心を買おうとします。しかし、平一への助言や、母親の信子の入院時の対応で、須山と友子の心は急接近し、須山は友子にプロポーズします。

 源氏鶏太の力量をもってすれば、この基本のプロットをいくらでも膨らませることができると思うのですが、他の仕事との兼ね合いやら、色々なことがあったのでしょう。わりとすんなりとまとめています。類型的なB級作品で、源氏の代表作になるような作品ではありませんが、B級作品の中では一寸毛色が変わっていて面白いと思います。

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