うちの社長

さわりの紹介

 社員たちは、私のことを、
 「うちの社長」
と、いうのは当然として、時には、
 「うちの親父」
と、いってくれているようである。

 いつだったか、私が友人と渋谷のあんまり上等でない料亭で飲んでいると、襖越しに、話声が聞えてきた。数人で飲んでいるらしく、酔いがまわるにつれて、しだいにその話し声が大きくなって来た。
 「要するに、うちの社長は、二代目なんだよ」
 「しかし、二代目にしては、出来のいい方だな」
 「それは、認める。とにかく、話せばわかって貰えるかどうかは別として、一応、話を聞こうとするもの」
 「そう、が、いい直せば、うちの親父は好人物なのだ」
 「そして、気の弱い」
 「適当に、助兵衛で」
 「が、うちの親父は、とにかく、仕事熱心だな」

 私は、はじめのうち、聞くともなしに聞いていたのである。それにサラリーマンの酒席での話題というのは、社長として、大いに参考になる。いわゆる、下情に通じることになるのだ。だから、私は、ときどき、若い社員を連れて、飲みに行ったりする。しかし、私の前では、社員たちの口は、とかく硬いのである。
 「おい、まるで、君のことをいっているようだな」
友人が、私の顔を見ながら、ニヤニヤして言った。

薀蓄

 昭和38年(1963年)小説現代に11回にわたり連載された小説。80歳になりながら未だ元気な父親の先代社長を持つ二代目社長、麻布東吉の生活を一人称形式で描く作品である。
 「私」こと麻布東吉は、資本金五億円、社員総数1111人、本社が東京丸の内にある麻布産業株式会社の社長で55歳。中肉中背で自分では女性に持てると思っている。しかし、恐妻家でそれなりに倫理観もあって、浮気はままならない。先代社長は現役時代雷親父と恐れられ、二号さんも4人もいたという傑物で、周囲は、先代と比べてニ流社長だと思っている。
 適当に好色で「英雄、色を好む」とか「一流社長になるためには二号が必要」とか思わないではない。
 しかし、東吉は無理をしない。美人の秘書関口高子(23歳)をレストランに誘い、高子からかえって「社長は私の恋人」と言われ、高子のアパートまで送って部屋に入っても、お茶を飲んで帰る。要するに、そういったけじめをつけようとする人間である。勿論煩悶する。ハムレット流に言えば、「寝るべきか、寝ざるべきか、それが問題だ。」そして、自分をハムレット型の社長だと考える。
 ストーリーのエピソードは、芸者のパトロンに誘われて、お手当てが月20万円と聞いて二の足踏んだり(現在の20万円ではない。OLの給料が一万五千円の時代の20万円である)、父親のかつての二号から迫られて、遠慮したりする。息子が親のないOLと結婚したいと言ってきて、悩んだりもする。すこぶる人間的な社長である。最後に父親の先代社長の後押しがあって、息子の結婚を認め、
 「要するに、私とは、その程度の社長であったようだ」
といって、ハッピーエンド。

 ビジネスシーンが余り出てこず、社長像もかなり戯画化されているが、私は、麻布東吉は悪くない社長だとおもう。非常に自省的で、無理をせず、よく考えて行動に移す。豪傑ではないが、高度成長期を終了した現在から見たら、合理的かもしれません。

 一時角川文庫でよめた。現在絶版の筈。


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