東京・丸の内
さわりの紹介
「ところで、中曽根さん。明子さんの話によると、葉山君は、高宮さんとあんなことがあった直後に、お見合いをしていたんです。しかも、相手が、うちの星山専務のお嬢さんとなのです」
「何、星山専務のお嬢さんと?」
中曽根は、顔色を変えた。 同時に、いつか、東部商事の総務課長から聞いた内紛のことを思い出さずにはいられなかった。
とっさに中曽根が思ったことは、
(葉山君の父親は、第一機械工業の星山専務と縁故関係を結ぶことによって、その勢力をまそうとしているのではあるまいか)
と、いうことであった。
かならずしも、考えられないことではない。そして、そうすることによって、第一機械工業と東部商事との関係が密接になれば、星山専務にとっても、大いにプラスになるはずである。
中曽根の聞いている範囲では、星山専務は野心家であり、一日も早く社長になりたがっている。が、現社長には、株主間に人望があって、思うにまかせず、あせっているとか・・・・。
中曽根は、思わず、曜子の方を見た。自分の一部下の恋愛問題が、全く思いがけない波紋を広げようとしているのだ。
(うかつに振るまえないぞ)
中曽根は、そのように自戒した。第一化学工業と第一機械工業とは、同じ資本系統にあるのだ。第一機械工業の星山専務の動きが、第一化学工業に全く無関係とはいい切れないものがあるような気がした。
現に、第一化学工業の青山社長は、星山専務に対して、かならずしも好感をいだいていないような噂を聞いている。
「びっくりなさったでしょう?」
加部がいった。
「そう。しかし、それは、たしかなのかね」
中曽根は、わざと何気ないようにいった。もし、このまま放っておいて、加部を自由に動かせておくと、そのため、あたら前途有為の一サラリーマンの将来をダメにしてしまうおそれだって生まれてくるのである。
「たしかなんです。僕は、昨日、葉山君に会って、それをたしかめたんですから」
「・・・・・・・・」
「僕は、それをたしかめる前に、僕たちの出しゃばりについて、一応、葉山君に頭を下げたんです」
「・・・・・・・・」
「本当は、いいたくなかったんですが、どうか、高宮さんと結婚して上げてくれ、と」
「・・・・・・・・」
「さらに、中曽根さんが、葉山君のお母さんにお会いしてもいい、といっておられる、と」
「・・・・・・・・」
「ところが、葉山君は、そんなこともう遅いよ、というんです」
「遅い?」
「その後の高宮さんの言動を知って、自分とは結婚する資格のない女だ、とわかったからというんです」
「・・・・・・・・」
「だいたい、結婚の約束もしていない、というんです。いちじ、ちょっと好きであっただけだ、と」
「・・・・・・・・」
「だから、僕に、君がそんなに好きなのなら結婚してやれ、功徳になる、とまでいいました」
「功徳?」
中曽根は、目の玉をギョロリと動かし、ついでに、曜子の方を見た。
Tの感想・紹介
「東京・丸の内」は、1961年5月20日から62年1月10日まで、「京都新聞」等地方紙10紙に連載された長編小説です。源氏鶏太は、新聞、週刊誌、月刊誌と何れにも多数の作品を発表していますが、傑作の割合が一番高いのが新聞小説、次いで週刊誌小説、一番少ないのが月刊誌小説だと思います。彼自身が、毎日小枚数中で、それなりに話を進める新聞小説の形式が一番フィットしていたのではないかと思います。本篇「東京・丸の内」も、OLの失恋物語が、会社の派閥争い、乗っ取りにまで発展するというプロットの妙味で、正に源氏鶏太でなければ書けない味を出しています。源氏鶏太の代表作のひとつだと思います。
まず、主要な登場人物を紹介します。
高宮曜子:主人公です。22歳のOL。資本金10億円で丸の内のSビルにある第一化学工業株式会社総務課に勤めています。両親は既に死別しています。
中曽根課長:曜子の直属の上司で、40歳。曜子の親代わりを自認していて、豪放磊落、行儀が悪くて、服装にも無頓着という豪傑です。
葉山信夫:曜子の恋人です。28歳。丸の内の太平機械工業に勤めていて、父親は、同じ丸の内の東部商事の取締役営業部長です。
加部一喜:曜子を恋い慕う青年。28歳。Sビルにある、第一化学工業と同系列の第一機械工業に勤めています。両社で共用している社員食堂で、曜子を見初めます。葉山とは大学時代の同級生で、お互いに嫌っています。
武山明子:加部を慕う女性。美人。大手の商事会社。加賀物産専務の娘。明子の兄・大造は、加賀物産に勤めている。
星山専務:第一機械工業の専務。自分の娘と葉山信夫とを結婚させて、バックの力を強くし、同社の社長の座を狙っている。
ほかにも、曜子の同僚やバー・ケントのママなど、多数の登場人物がありますが、それは説明がなくともいいでしょう。曜子は、恋人葉山との結婚を夢見ていますが、彼の母親と会って、身分違いを指摘され振られます。曜子はその失恋の痛手からなかなか立ち直ることが出来ません。加部は、曜子を愛しているのですが、曜子のために、葉山に思いなおすように言ったりもします。武山明子は、加部を愛していますが、加部は明子の方を振り向こうとはしません。曜子は明子の気持を知ると、「加部とは結婚出来ない」と強く思うのです。
葉山が曜子を振ったのは、自分に星山の娘との縁談が起きたためです。星山は、自分の娘と葉山信夫とを結婚させることによって取引先の東部商事と縁戚関係になり、お互いに株を持ちあって、社長を追い落とそうとしています。一方、星山は加部と明子の結婚を推進して、武山専務にも自分の後ろ盾になって貰おうとします。
武山専務は、曜子のようなけなげな娘が、政略結婚の犠牲となって失恋することに憤りを感じます。そのため、星山のやり方に対抗し、彼らを失脚に追い込みます。そして、自分の娘の心情を思いながらも、加部と曜子との恋愛の成就に心を配ります。
両親のいない不幸な娘、彼女を慕う快男児、オールマイティな力を持つ大人物。いかにも定型的な作品です。登場人物のキャラクターも明らかに戯画化されています。しかし、曜子が葉山を愛し、加部が曜子を愛し、武山が明子が加部を愛するというままならぬ恋愛関係を描きながら、背景にある会社乗っ取りの陰謀を上手なハーモニーで、描いて行きます。ひとつ間違うと大きく破綻するような内容を扱っていながら、きちんと大団円に落としこんでいく所は、ストーリーテーラー・源氏鶏太の面目躍如です。
映画化は1962年東映による。8月29日封切り。
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