天下を取る

さわりの紹介

 新入社員たちは、ふたたび、ぞろぞろと、専務室から廊下に出た。ふっと、溜息を吐く男もいた。しかし、あとは、社長室だけなのである。
 ところが、その社長室の前まで来て、人事係長がいった。
「ここが、社長室であるが、社長は、生憎と昨日から大阪へご出張中だ。だから、お帰りになったら、あらためて、ご紹介することになるだろう。」
 そのあと、人事係長は、ふと、気が変わったように、
「しかし、特別に、社長室を諸君に見せておこう。何故なら、今後、当分の間、諸君が社長室へ入るチャンスがあろうとは、ちょっと、考えられないからだ。」
 そういって、社長室の扉を開いた。
 広さは、さっきの専務室と変わりがないようだった。が、流石に、社長室だけあって、万事が重々しく、威厳を備えていた。机の方は、でっかいというよりも立派、という感じだった。
 新入社員たちは感嘆して、見惚れていた。いつの日にか、あの社長の椅子に腰を掛けられるであろうか。そこから、全社員、全重役を叱咤激励することこそ、男子の本懐であろう。
「ちょっと、失礼。」
 一人の新入社員がいうと、つかつかと、社長机の方へ寄って行った。そして、何んのためらいもみせないで、深々と社長椅子に腰を下ろして、胸を張ったのである。
「こいつはいい。まさに、天下を取ったような気分になれる。」
 その男は、嬉しそうに、ぬけぬけといった。他の新入社員たちは、まるで、してやられたように、まだ、社長椅子にふんぞり返っている男を見つめた。
 たしか、大門大太という名だった。お義理にも、美男とはいいがたい。しかし、一種の愛嬌と、一種の茫洋さと、更に、一種の精悍さを兼ねあわせているというようなおかしな顔だった。
 無邪気のようにも見えるし、不敵のようにも見える。人事係長は、苦笑していた。本来なら、叱りつけてやりたいところだが、入社早々だし、それも大人気ない、と我慢していた。
(これは、とんでもない奴を入社させたらしい)
 何故なら、人事係長は、かつて、こういう男を知らなかったからである。過去、何回となく、新入社員を連れてまわり、社長不在のことも、いくどかあった。そのつど、後学のため、特別に、社長室を見せてやったのだが、大門大太のような恐れ多い真似をした男は、一人だって、いないのである。現に、人事係長自身すら、いっぺんでいいから、深々と社長椅子に腰を掛けてみたいと思いつつ、いまだに、それを実行していないのだ。
 今、大門大太のやっていることは、何でもないことかもわからない。しかし、考えようによっては、重大なことだ。人事係長は、そう思うのであった。
(この男、末が、思いやられる)
 機会があったら、うんと、とっちめておいてやる必要があるようだ。

Tの感想・紹介

 「天下を取る」は、1959年7月19日号から1960年2月14日号まで、「週刊現代」(講談社)に連載された長編小説です。単行本は1960年に出版されました。

 快男児を主人公にして、その爽やかな活躍を描くのは、源氏鶏太の最も得意とするジャンルで、同工異曲の作品が多いのですが、1959年という源氏鶏太が一番精力的に作品を執筆、発表していた時期の作品だけあって、勢いがあります。

 東洋物産株式会社は、東洋財閥の中の商社部門を担当する会社で、従来は、一流大学卒業生しか採用しませんでした。東洋物産の取扱高の約70%は東洋財閥内の会社の代理店としての売り上げであり、それ以外の取扱高は30%にしかすぎません。そのことに危機感を覚えた社長は、頭は良いけれどもチャレンジ精神の足りない一流大学卒業生では、会社の現状を打破できないと考え、他の重役の反対を押し切って、初めて二流大学卒業の大門大太と亀村兵治の二名を採用しました。それにしても「だいもんだいた」とはよくつけました。「大問題た」ですからね。主人公の名前をこうつけただけで、この作品が戯画的作品であることは明らかです。

 大門と亀村は、二人で「天下を取る」決心をします。大門が大将として、亀村はその参謀として二人三脚で進む決意です。まずは、社長の代わりに行くことになった銀座のバー「湖」に行って、そこで出会った東洋財閥の総大将である鬼平五左衛門の前で、ホステスのユリ子の膝を枕にして、「豪傑節」を歌うというパフォーマンスを見せます。勿論これは、鬼平の秘書から大顰蹙を買います。一方、亀村は新橋のトリスバーのホステス・キミ子を東洋機械の西野と張り合います。

 このような型破りの新入社員に、もうまもなく定年を迎える人事係長は、気が気でありません。そこで、人事係長は、自分の姪で今年の新入社員でもある安原沢子に、二人のスパイを命じます。後はもう典型的な源氏鶏太ワールドです。沢子が大太に惚れていくところ、西野が、東洋機械から係長で東洋物産機械部に出向し、大門と亀村を眼の敵にして虐め、倉庫の伝票整理をやらせるシーン。そこを、万年平社員の桐野が二人を助けて、西野の鼻を明かすところ。そして、これまで取引のなかった、磯田重工業が自動車産業に参入するという情報を耳にして、その商権を取るための駆け引き。結局は、「天下を取る」と宣言した新入社員二人と、それを助ける万年平社員のコンビが、大きな仕事を勝ち得ます。

 どこかで見たようなストーリーですが、こういう作品を書かせると、源氏のうまさが光ります。

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