天上大風

さわりの紹介

「専務。」と、山形が、田所の耳に口を寄せるようにしていった。
「うん?」
「あの南雲とかいう男、本当に、会社へ入ってくるでしょうかね。」
「社長がいうんだから、仕方があるまい。」
田所は、淡々といった。
しかし、心の中では、決して、淡々としていなかったのである。
(あんな若造に、何が、出来るものか)
そう思っていた。しかし、善太郎を、そんな心に追いやったことについては、やはり、失敗であったらしい、と認めぬわけにはいかなかった。

 田所は、前前から、善太郎が、社長の器でない、と見くびっていた。社長の器でない男が、社長をしていることは、本人にとっては勿論のこと、社員たちにとっても、悲劇なのである。

 その悲劇を未然に防いだのは、自分の功績だと、信じていた。

 もし、日吉不動産に、自分という男がいなかったら、今頃、どうなっているか、わからないのである。そんな自分に、白い目を向けはじめた善太郎を、可愛げない、と見ているのであった。
(こうなったら、すこしも遠慮することはないのである。)

薀蓄

「天上大風」は、昭和31年9月に出版された源氏鶏太の代表作のひとつである。総ページ数800ページ強の長編小説であるが、登場人物が多彩で、かつ物語が緊密なため、飽きずに一気に読み通すことが出来る。
登場人物を紹介しよう。

日吉善太郎: 日吉不動産社長。二代目。三年前結婚した妻美和子と結婚一年目で離婚。現在独身。社業は専務の田所に牛耳られ、発言権弱し。会社の実権を取り戻すため、大学時代の親友、南雲龍太郎を総務部長で入社させ、田所に対抗させようとする。

日吉高子: 27歳。社長の妹で美人。南雲に片思いしている。社長が社業に力を入れないのを見かねて、社長秘書で入社。南雲の入社をバックアップし、入社後も南雲の活動に最大の理解を示す。

日高常子: 善太郎の母。昔ながらの資本家夫人で、身分感覚に厳しい。他に善太郎、高子の兄弟として佐登子春子の二人の姉が出てくる。二人の夫は、田所に懐柔され、沢山の借金を負っている。

青田英吉: 青田病院副院長。通称「ヤブ」さん。龍太郎と善太郎の親友。善太郎が会社経営に困っているのを見かねて、龍太郎を日吉不動産に入社させようとする。バー「けむり」のホステス和子を好きになるが、結婚できない。

南雲龍太郎: 日吉不動産総務部長。本篇の主人公。31、独身。九州の会社にいたが、善太郎の苦悩を見かねて日吉不動産に総務部長で入社する。派閥のない、風通しのよい会社にしようと努力する。田所専務の画策による組合の排斥運動や賃上げ交渉に負けず会社内を纏め上げ、専務を退任に追い込む。

田所栄之介: 日吉不動産専務。本篇の敵役。先代の社長時代からの番頭役。息子を高子と結婚させて、会社の実権を握ろうとするが、高子に断られる。やり手であるが、裏金造りなどの不正も多い。現社長を社長の器でない、と見くびっている。そして、会社の実権を握るために、東洋不動産と日吉不動産を合併させようとしたり、日吉不動産の株式を集めたりする。

山形: 人事課長。田所の子分のひとり。

白石厚子: 白石和子の妹。姉が、バーで飲んでいた善太郎に入社を頼んだことで、日吉不動産に入社。社長に恩義を感じ、社長の応援団として働く。南雲にあこがれる。

白石和子: 白石厚子の姉。バー「けむり」のホステス。青田に惹かれるが、日吉不動産の大株主の一人岡をパトロンにして、「泉」という小さなバーを開く。

大間修治: 日吉不動産総務課社員。白石厚子の恋人。厚子に感化され、社長派の一員として活躍する。

岩田: 日吉不動産社員。営業課長代理だったが、田所専務に楯突いたため、大阪支店に平社員で左遷される。南雲が東京に戻し、南雲の右腕となって活躍する。組合で5割賃上げ論に反対し、田所派の組合執行部を退陣させる。

犬丸、中津: 日吉不動産労働組合の執行委員長と副委員長。田所専務の意を受けて、5割賃上げを主張する。

正木信子: 日吉不動産一のオールドミス。30歳。実力があり、男性社員に一目置かれている。社長と恋中になり、社長にすっかり骨抜きにされてしまう。

持田、岡: 日吉不動産の大株主

曽田沙恵子: 南雲の九州時代の会社の部長の娘。南雲の恋人。

この他にも、多数の端役がいる。

この作品を漱石の「坊ちゃん」の亜流であるという見方がある。
確かに南雲龍太郎は、快男児である。しかし、その人間性は「坊ちゃん」ほど単純でないし、その活躍の仕方もどちらかというと粘り強い。
源氏鶏太の作品は、多くは非常に戯画化され、典型的なパターン化された人物像が描かれることが多い。本作品では例えば、山形人事課長である。
しかし、本篇の主要登場人物は、皆陰影をもって描かれる。たとえば、日吉善太郎の鬱屈した感情とオールドミス正木信子にのめりこんで行く様子は、二代目の無能さと無責任さがはっきりと示されているし、田所専務にしても、無能な社長に仕える悲哀や家庭内の不幸を抱えながらの、権力への執念という二面性がある。
作品の大きな流れは勧善懲悪に違いないが、登場人物の造形の深さが、小説の立体感を生んでいるものと思う。

映画化

19561113日封切。東宝映画。瑞穂春海監督、池辺良主演。

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