七人の敵あり

さわりの紹介

 「なんだ、これは!」
 どなりつけるような声が聞こえた。壮介は、ハッとなって、課長席のほうを見た。どなったのは、課長の吉田英吉であった。そして、どなられたのは、友杉良作であった。
 いうまでもなく、吉田課長は、深谷系の社員なのである。そして、友杉は、旧大町系の社員なのであった。すでに、五十歳に近いのだ。それが、四十歳に満たぬ吉田課長の前で、うなだれているのである。
 どこの会社にも、こんな図はある。壮介がいた大阪の深谷産業でも、しょっちゅう、見られた。しかし、壮介は、一方が、深谷系であり、他方が、旧大町系である、ということで、こだわらずにはいられなかった。まして、平常から、吉田課長は、必要以上にいばるのであるまいか、と思っていただけに、よけい、そのように感じられた。
 「申しわけありません」
 友杉が神妙に言った。
 「これは、申しわけありません、ですむ問題だ、と思っているのか」
 「・・・・・・・・・」
 「君は、サラリーマンになってから、何年になるのだ」
 「二十五年です」
 「二十五年も、サラリーマンのめしを食いながら、こんなことぐらい、できないのか」
 「・・・・・・・・・」
 「もう、大町機械ではないんだぞ。深谷機械になってから、二年になるんだぞ。そんな仕事ぶりは大町機械時代になら通っても、深谷機械では通らないんだ」
 壮介は、それを聞いたとき、
 (ああ、そのことだけは、いってならぬのだ)
 と、思った。
 かりに、吉田課長のいうとおりであったとしても、それを聞く旧大町系の社員の耳には、特別に聞こえるに違いないのである。それこそ、占領軍が、被占領軍にいう言葉であって、今頃になってそれをいうのは、百害があっても一利もないはずなのである。
 壮介からは、友杉の顔は、見えなかった。しかし、その肩あたりが、ピクッと動いたようであった。そして、壮介の周囲で、熱心に仕事をするふりをしながら耳を傾けている旧大町系の社員の間にも、さっと、特別な感情が流れたようであった。
 (これだ!)
 深谷機械が、いまもって、所期の業績を上げ得ない原因の一つを、壮介は、まざまざと感じたようであった。

Tの感想・紹介

 「七人の敵あり」は、1960年1月〜12月にかけて雑誌「面白倶楽部」に連載された長編小説。源氏鶏太は俗にサラリーマン作家と云われ、サラリーマンやOLを主人公にした小説がほとんどであるが、舞台として会社を使っても、会社の中での仕事の話はあまり出てこない。実際の企業では問題になる営業方針の話であるとか、製品への苦情の話であるとか、そういった生々しい話は多分ほとんど無いと言ってもよいだろう。ひょっとすると、皆無かもしれない。しかし、その中で本篇は、乗っ取り後の会社を舞台にした、相対的に会社にありがちな出来事を描いている。

 とはいえ、そこは明朗・ユーモア小説の大家。主人公にいわゆる「坊ちゃん」タイプの青年を置いて、陰湿になりそうな話を、からっとまとめている。タイトルの「七人の敵あり」とは、言うまでもなく「男子家を出ずれば七人の敵あり」から来ています。この七人は大勢の意味。「七人の敵あり」には何人の敵が登場したのでしょう。

 主人公、桑田壮介は父が社長をしている桑田商事に勤めるのがいやで、大阪の深谷産業に勤めている。深谷産業は、一寸したコンツェルンで傘下に深谷電機株式会社、深谷商事株式会社など、十数社を収めている。その中に、深谷機械株式会社がある。深谷機械は、元々大町機械と呼ばれていた会社であったが、二年前買収してこの名前に変わった。その際、社長や重役には辞めてもらって、かわりに深谷グループ各社より幹部社員を送り込んだ。しかし、この深谷機械の業績が一向に上がらない。そこで、深谷産業の専務は、その真の理由を探らせるために、桑田壮介を平社員で深谷機械に送り込んだ。

 深谷機械では深谷産業など深谷系企業から送りこまれた幹部職員で「深谷会」を作り、植民地支配のための情報交換を行っていたが、壮介は、持ち前の正義感から脱退する。そういう行動により、旧大町系の社員から買収されそうになる。旧大町系にも二つの派閥があり、一つは、深谷機械の下請け企業の社長である岩野浩三を中心とするグループ。もう一つは、壮介の隣席にいるOL、上村昌子を含む大町前社長らのグループである。岩野らは、深谷系の幹部職員を個別に接待して骨抜きにして行く。その一方で株の買占めを行う。壮介は、岩野の行為が深谷機械を元の大町機械に戻すための活動ではなく、岩田個人の金儲けのための活動であることを見破り、大町前社長らと深谷産業の奥野専務らを動かして、岩田たちの陰謀を事前に防ぐように対応する。

 いわゆる「坊ちゃん」型社員が主人公となる作品。ただ、その主人公が乗っ取りを行って傘下に含めた会社の社員である、というスタイルは珍しい。

 Tは角川文庫で読んだが、既に絶版だろう。映画化は1961年3月東宝。杉江敏男監督、小林桂樹主演。

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