新・三等重役

さわりの紹介

 ある日、世界電機工業株式会社の沢村専務取締役が、日課としている工場回りを終えて自分の部屋へ帰り、煙草を吹かしているところへ、社内随一のオールド・ミス箱田章子が入って来た。
 「なんだね。」
 沢村専務がいうと、章子は、にこやかに答えた。
 「お陰様で、この前、三千円のご寄付をいただきました女子職員の親睦機関みどり会が、漸く結成されまして、明日、発会式を開くことになりました。」
 「そうか、おめでとう。」
 「会長には、あたしが選ばれました。」
 「けだし、適任であろうな。」
 「副会長には、本間紀子さんと清沢美津子さんが選ばれました。」
 「それぞれ、わが社の一騎当千の女さむらいというところだな。」
 「恐れ入ります。それから、宮口鶴子夫人が、名誉顧問ということに。」
 「そりゃァいかん。」
 沢村専務が即座にいった。
 「しかし、もう、決まってしまったことですから。」
 「みどり会とあの婆さんとは、なんの関係もないじゃァないか。」
 「顧問になるかわりに、半期、一万円のご寄付をいただくことになったのです。」
 「一万円ぐらい、なんだ。」
 沢村専務は、吐き出すようにいった。鶴子夫人には、この前の社員教育で、もう、懲り懲りしていた。出来るだけ、会社に出入して貰いたくない、と思っていた。そのほうが無難なのである。が、みどり会の顧問ということにしたら、それを口実に、しょっちゅう、会社へやって来て、ついでに、重役に対して、あれこれと文句をいう可能性がある。まさに、百害あって一利なし、というところだ。
 「でも、一万円という金額は、みどり会にとって、大金ですわ。」
 「一万円ぐらいなら、僕が出してやる。」
 沢村専務は、いってから、しまった、と思った。やっぱり、一万円は、痛いのである。社長と割カンにしても、五千円ということになる。しかし、それでも鶴子夫人から、文句をいわれるよりはマシであろうとあきらめて、
 「そのかわり、あの婆さんの顧問というのは、断ってしまえ。」
 「すると、専務さんから断ってくださいますか。」
 「僕は、ごめんだよ。」
 「では、社長さんから。」
 「なお、いかん。君が会長なら、君から断ってしまえ。」
 「専務さんからおっしゃったとおりにいって、断ってかまわないでしょうね。」
 「そりゃア困る。」
 「でしょうねえ。」
 「何?」
 沢村専務は、章子を睨みつけた。しかし、章子は、涼しい顔をしているだけである。

作品の話

 「新・三等重役」は、「サンデー毎日」誌の1958年11月2日号から1960年6月19日号まで連載された、源氏鶏太の最も長い長編であり、恐らく、私(どくたーT)の一番好きな彼の作品です。源氏鶏太の出世作は、1951年同じ「サンデー毎日」に連載された「三等重役」ですが、「新・三等重役」は、「三等重役」を踏まえながらも、全く新しい意味あいを「三等重役」という言葉に盛り込んだ所が面白いところです。「三等重役」は、毎週完結のお話をオムニバス形式で繋いで行くものでしたが、「新・三等重役」は、毎週完結ではないものの、九つのエピソードから成る長編小説です。

 それぞれのエピソードのタイトルは、

第1話 社員教育
第2話 勤務評定
第3話 職場悲歌
第4話 将を射んとして
第5話 九州旅行
第6話 酒と女房
第7話 当たるも八卦
第8話 亭主教育
 です。

 もともと「三等重役」の意味は、戦後の公職追放で、本来重役であるべき人が追放されたため、棚ぼた式で重役になった人を揶揄した言葉です。この言葉は、戦後6年目の1951年には十分リアリティのある言葉でしたが、「新・三等重役」が発表された1958年には、もう過去の流行語でした。そこで、本書では、「三等重役」の意味を、大株主のわがままに右往左往する「重役」という意味で使われております。

 主人公は、世界電機株式会社専務取締役の沢村四郎43歳。彼は、同社の創業者でオーナー社長であった宮口五平の死後、専務取締役から社長になった坂口現社長によって、唯の営業部長から専務に取り立てられました。沢村専務は、酒もよく呑み遊びも好きですが、正義感が強く仕事もよくやります。十数年前、妻に死別してから独身です。

 このようなナイスガイである沢村専務の天敵は、前の社長の妻で、現在も世界電機の最大の大株主である宮口鶴子夫人です。鶴子夫人の行動は、いたるところに旋風を巻き起こし、その解決のために沢村専務がてんてこ舞いするのです。しかし、この沢村専務には強い味方がおります。一人は、派手な動きは全くありませんが、要所要所で手綱を締める坂口社長と、会社随一のオールド・ミスで沢村専務の忠臣・箱田章子です。章子は、直情径行型の沢村専務を上手くサポートして、鶴子夫人の巻き起こすトラブルを解決していくのです。

 第1話では、会社の受付嬢が、鶴子夫人をを飲み屋のおかみさんと勘違いしたことに端を発して、女子社員教育が行われることになります。しかも、その場所は、鶴子夫人のお屋敷です。この社員教育は、箱田章子の作戦ですぐに打ちきられますが、沢村専務が三等重役であって、彼は鶴子夫人に頭が上がらないことを全社員が知ることになるのです。

 第2話は、鶴子夫人が、女子社員の親睦団体「みどり会」の名誉顧問となって、社員の勤務評定をすると言い出します。沢村専務は恐慌をきたしますが、そのために、彼女は甥の不品行を知り、無念の涙を飲むのです。

 このような話しが全部で8話つながりますが、こうしている内に、沢村専務は箱田章子に目を向けるようになり、第7話の「当たるも八卦」で二人は婚約をし、最終話の「亭主教育」で二人は結婚し、新婚旅行に行き、そして、宮口鶴子夫人の一人娘、理美子の結婚話をまとめ、次の社長になることが決まる、というところでハッピーエンドとなります。

 この作品は宮口鶴子夫人の巻き起こす騒動に巻きこまれながらも、なんとか解決しようとする沢村専務、という線が一本あるのですが、それに関連して、サラリーマンの悲哀のようなものが数多く描かれます。勿論誇張が多く含まれ、現実にはあり得ないようなお話もあるのですが、そこに見えるものは、社長から女子社員に至るまで、サラリーマンは大変だな、ということのようです。

 沢村専務と箱田章子のかっこよさと、全体を貫くペーソスのバランスが絶妙で、そこが、私がこの作品を好む理由です。 

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