社員無頼

さわりの紹介

 「この間の汽車の中でいったこと、本当に間違いないんだな」
 さっきから、鬼田は、しつっこいほど、念を押していた。
 「間違いありません」
 「隈田さんに殴られても、我慢するんだな」
 「我慢します。そのかわり、柿原工業に雇って貰えるんでしょうな」
 「勿論だ。ただし、等分の間、臨時の使丁だよ」
 「結構です。本当に、困っているんですから、お願いします」
 「これでも、僕は、君のために、随分、骨を折ってやったんだよ」
 「恩に着ます」
 「あたりまえだ。はじめ、隈田さんは、そんなことは嫌だ、といわれるんだ。隈田さんは、もう、君の顔を見るのも嫌だ、といわれるんだ」
 「わかります」
 「そこを、僕が三拝九拝して頼んでやったのだから、どんなことがあっても、僕の顔をつぶすような真似だけはしてくれるなよ」
 「絶対に」
 小牧は、誓うようにいった。
 小牧は、すでに、光和工業の渡辺専務宛に、スパイ通信第一号ともいうべき手紙を出していた。が、うまく、柿原工業に潜りこむことが出来たら、もっともっと、探り出せるに違いないのである。そのためには、今夜、どんな我慢でもしようと、小牧は、心の中で、自分に言い聞かせていた。
 「隣の部屋に、誰か、いるらしいですね」
 小牧がいった。
 「よその客だろう。気にするな」
 「気にはしませんが」
 廊下に足音がして、襖が開かれた。そこに、隈田がニコリともしないで、立っていた。小牧は、隈田を見ると、この男への怨みの数々が、いっときに、胸底から燃え上がってくるような気がした。思わず睨みつけそうになった。が、その心をおさえて、うなだれるように頭を下げた。
 「隈田さん、小牧をお連れしました」
 鬼田がいった。
 「ふん」
 隈田は、不機嫌にいって、部屋の中へ入って来た。
 「この間から、何度も申し上げたように、小牧は、すっかり、改心しているのです」
 「わかるもんか」
 「いえ、今日は、そんな仕打ちでも受ける覚悟で来ているのです。なア、小牧君」
 「はい」
 「間違いないな」
 「間違いありません。なア、小牧君」
 「はい」
 「小牧」
 小牧は、顔を上げた。が、隈田と視線が合うと、ぐっと、睨みつけたくなってくる。しかし、彼は、罪人のようにうなだれた。

作品の話

 本篇「社員無頼」は、小説倶楽部に昭和32年8月から12月にかけて連載され、その後一時中断するものの、翌年の6月から34年4月まで連載された。

 当時は日本の高度成長が始まった時期で、大資本への系列化が進んだ時期である。そういう時期の「倒産」という嵐の前に敢然と立ち向かい、敢えて無頼たろうとする青年の物語である。とはいっても、内容は極端に戯画化され類型的。同じ会社乗っ取りを取り扱った作品でも「大安吉日」と比較すると、小説として深みがなく、成功作とは言えないだろう。

 主人公小牧雄吉は、柿原産業という中小企業に、3年前大学を卒業して入社したサラリーマンである。この柿原産業は業績不振で倒産寸前。しかし、大阪の光和工業という大手企業から6000万円の資金援助を受けることによって、倒産を免れる。その代わり、光和産業は、隈田司郎という先方では課長級の男を派遣して、経営権を握る。この隈田と言う男、鼻持ちならない男で、親会社の威光を傘に着て、勝手放題のことをする。

 小牧雄吉はそれが我慢出来なかった。社長に諫言するが、柿原社長は、金の力には勝てないと、むしろ小牧の行動を諌める。隈田は社内のそんな空気をいいことに、6000万円の資金のうち1000万円を着服して家を建てたり、毎晩のように自分の取巻きを飲みに連れていき、大盤振る舞いをしている。更には、雄吉の恋人である高沢美奈を秘書にして色目を使う。ある時、隈田と美奈とが新宿の温泉マーク(いまでいうラブホテル)から出てくるのを見たという話を聞き、小牧の怒りは爆発する。隈田に辞表をたたきつけた上で、隈田を殴り倒す。

 小牧は首になるが、隈田に対する復讐の念は燃え滾る。小牧は親友・由良の伝手で光和工業の渡辺専務と会う。光和工業内では社長派と専務派との派閥争いがあり、隈田は社長派だった。渡辺専務は隈田の行為が社長派の痛手になることを期待し、隈田を探る行為を10万円で小牧にやらせようとする。小牧はスパイ行為は嫌だったが、全てをしのんで、使丁として柿原産業に戻り、隈田の行為を克明に記録する。この情報は渡辺専務に逐一報告するが、その後の対応がなしのつぶて。大阪に行き調べてみると、社長と専務との間で妥協が成立し、君はもういらなくなったとにべもなく言われる。

 この主のストーリーには救いが無い。しかし、小牧雄吉を助ける二人の女性が登場する。田舎の病気の母親のために身を売る協子、とミステリアスな蘭子である。この二人の女性の力で雄吉は救われる。

 普通に考えてもかなり設定に無理があります。中小企業を資本力で傘下に収めるということは、今も昔も珍しいことではありませんが、運転資金として投入したお金の1/6も流用されたら、通常はその会社の資金繰りに問題が出る筈です。また、隈田のように実際何をやっているのかわからないような人間が入ってきても、業績は好転しないでしょう。親会社が人材を派遣するのは、傘下の会社の経営が安定することを期待するわけですから、それなりに有能な人間でなければ勤まらないのです。そういう意味で、敵役の隈田に現実感が無い。小牧雄吉だって別の意味で現実感が無い。そういった現実感の無さが、この小説の味を減殺しているような気がします。

映画化

映画は、1959年5月、6月に「社員無頼怒号編」、「社員無頼反撃編」として封切られています。東宝の作品。白黒。「怒号編」「反撃編」ともに、鈴木英夫監督。佐原健二、白川由美、団令子、水野久美、上原謙、藤木悠、有島一郎、志村喬 他の出演でした。

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