青春をわれらに

さわりの紹介

 そこへ、友助さんが入って来た。美奈に文句を云われたことなど、ケロリと忘れたような上機嫌な顔で、
「さア、面白いものを見せてやるぞ」
「何ですか、おじいさん」
 と、正二が、云った。
「うん。わしは、この一ヵ月間、家族の者の帰宅の時刻をひそかにグラフにしていたんだよ」
「帰宅の時刻ですって?」
 と、周吉さんが苦笑した。
 なるほど、一枚のグラフに、家族の帰宅時間が、グラフに描かれていて、ところどころに、注が入っていた。
「周吉は、十二時過ぎに帰ったのが、七回もあるぞ」
「へえ、そんなにありますか」
「あるとも、これを見なさい。十一時が五回、まともに帰ったのは、たったの四回である。遅くなった原因は、みんな、宴会となっているが、周吉、ちょっと、多すぎるぞ」
「はい」
「頼子。お前さんも、ちょいちょい、遅くなっているぞ」
「あら、それは、お花を習いにいったり映画を見にいったり、ですわ。いやなおじいさん」
「美奈」
「知らないわ」
 美奈は、プッと横を向いた。
 すると、正二が、
「あッ、僕もグラフを作ったんだよ。見せようか」
 と、云って、部屋から出て行ったが、やがて、戻ってくると、得意そうに、
「これ、おじいさんの怒った回数を書いたんだよ」
「何んだって?」
 と、友助さんは、飛び上がらんばかりにおどろいた。
「先生が、何でもいいから、グラフをつくれ、と云ったから、僕は、おじいさんが、どれだけ、怒るか、統計にとったんだ。僕が、学校へ行っている間のことは、ヒロに聞いたんだから、間違いないよ」
 周吉と頼子は、顔を見あわせた。笑いたいような、笑ってはならぬような顔と顔であった。しかし、美奈と洋一は、わッとばかりによろこんで、
「見せて、見せて」
「まア。日に十二回と云うのがあるわ。すくなくても、七回よ。凄いわねえ、おじいさん」
 友助さんは、まるで、棒でも呑み込んだような顔で、
「これ、正二。それを、学校に持っていくのか」
「うん、明日」
「いかん。これ、絶対にいかんですぞ」
「だって、みんな、持っていくのに、僕だけ、持っていかないと、叱られるよ。それに、僕は、正直に書いたんだよ。おじいさんは、いつでも、正直の頭に神やどる、と僕に云うじゃアないか」
「そうよ、そうよ」
 と、美奈が嬉しそうに、応援した。
 流石の友助さんも、すっかり、閉口している。いつもの元気を、どこへやったのやら、と云うところであった。

作品の話

 「青春をわれらに」は、「週刊サンケイ」に1955年2月20日号から10月16日号まで35回にわたり連載された長編小説です。単行本は1955年末に新潮社から出版されました。

 源氏鶏太は、サラリーマン小説家と呼ばれたわけですが、その本質は、戦後の日本経済の担い手であった、サラリーマン家庭を舞台にその風俗を描いた作家と言うのが正しいと思います。源氏は、農家や自営の商店主などを主人公とした作品はほとんど書きませんでした。源氏の作品の登場人物は社長、部長、課長、係長、平社員、女事務員とその妻、両親、兄弟姉妹、子供といったサラリーマンの関係者ですが、主人公がサラリーマンでない例も珍しくありません。特に老人を主人公とした作品は多いと思います。

 「青春をわれらに」は、その典型です。

 主人公の南部友助さんは六十五歳、自ら創設した南部産業株式会社の社長を娘婿の周吉さんに譲って、悠々自適の毎日を送っています。しかし、老いてもますます盛んな友助さんは、家庭内では雷親爺として君臨して、周吉・頼子の娘夫婦や洋一、洋二、美奈の孫たち、そして女中のヒロまで煙たがられています。あまりの小言幸兵衛ぶりに閉口した周吉さん夫妻は、おじいさんに茶飲み友達でもあてがおうと見合いの計画を立てます。

 一方、友助さんが現役時代二号さんとして世話してきた明石八重子さんが現れ、娘の就職のあっせんを頼みます。八重子さんの娘の京子は、八重子さんのやっているお店を手伝っていますが、南部産業に勤める森山さんが好きで、結婚したいと思っています。しかし南部産業には、森山さんを狙っている後藤淑子がいます。京子は淑子への牽制のためにも南部産業に入りたい。友助さんは、前社長の意地を見せてやろうとしますが、周吉に断られます。

 孫娘の大学生、美奈にも好きな人が出てきます。でもライバルは大金持ちの一人娘。友助さんは、元二号の娘の恋愛と、自分の孫娘の恋愛、そして、八重子さんの再婚の騒動に、ひょんなことから知り合った六十二歳の朝倉保乃さんとともにかかわります。六十五歳と六十二歳のコンビネーションは素晴らしく、収まるところに収まって、大団円となります。

 1955年、昭和30年は、源氏鶏太が最も作品を量産していた時代です。それだけのパワーがあるようで、軽快でうまくまとまった作品になっています。また、昭和30年ごろの東京の様子が結果として見えるところも好ましいです。

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