青年の椅子

さわりの紹介

 「首をしめられた?」
 太郎は、あきれたようにいった。
 「ええ、だけど、それも私をためすためだったらしいのです。」
 「しかし、悪い趣味だな。」
 「自分でもそういっておられました。」
 「まア、自分でわかっているのなら、どうにもしょうがない。」
 太郎は、苦笑した。
 虎彦は、
 「私の場合には、背負い投げにするか、されるところだったんですよ。」
 と、そのときのことを簡単に話した。
 美沙子は、K温泉での畑田社長の無礼な態度を思い出していた。あのときは、殴りつけてやりたいぐらいに思ったのだが、しかし、今は、そういう悪い印象は、一切、消えてしまっていた。癖があるが、いい人なのだ、と思っていた。すくなくとも、自分たちの味方であることには間違いないのである。
 「で、それ以来、私は、何とか認められたらしいのですが、木瀬君だって、大いに認められて、自分の会社へこないか、といわれたくらいなんです。」
 「勿論、私は、一言のもとに断りました。」
 「断ったのか。」
 太郎は、満足そうに言った。
 「私は、一生、矢部商会に勤めさせて頂きます。」
 「頼むよ、木瀬君」
 「そのためには、何としてでも、田崎氏を追い出したいのです。ああいう男は、矢部商会にとって、百害あって一利もない存在ですからね。」
 木瀬は、情熱的な口調でいった。どちらかといえば、さっきからすこしし沈んでいたのである。それが、田崎の名を口にする頃から、急にいきいきとしてきた。
 美沙子は、そういう木瀬に、
(おや?)
 と、思ったようであった。
 多少、見直したらしいのである。それも、さっき、静子から太郎が、この木瀬と自分とを結びつけることを考えているといわれていたからであったろうか。
 しかし、美沙子の気持ちは、あくまでも変わらなかった。虎彦一本槍なのである。虎彦以外の男との結婚は、考えたくないし、考えられなくなっていた。
 美沙子は、虎彦を見た。そのとき、虎彦は、十三子のお酌を受けていた。あるいは、そのとき、二人は、美沙子に見られていることに気がついていなかったのかもわからない。しかし、美沙子は、そこに寄り添うものを感じたのである。虎彦は、一度だって、美沙子に対して、あんな打ちとけた態度をしめしてくれたことはなかった。いつだって、他人行儀であり、消極的であった。
 美沙子が虎彦の態度よりも、そのときの十三子の表情に、愕然とさせられていた。
かつて、十三子は、虎彦と美沙子の結ばれるように努力するといい、自分には、別に恋人がある、といっていたのである。
(しかし、嘘だわ)
 美沙子は、はっきりとそれを感じた。
(十三子さんは、だれよりも高坂さんが好きなんだ!)
 美沙子は、顔から血の気の引いていく思いに堪えていた。

作品の話

 「青年の椅子」は、中日新聞、北海道新聞、西日本新聞のいわゆる新聞三社連合に1960年8月8日より263回にわたり連載された新聞小説です。単行本は、1961年に講談社から出版されました。

 源氏鶏太の最も典型的な、正義感あふれるサラリーマンの快男児を主人公として、悪だくみをする奴らをやっつけるという勧善懲悪型作品です。そういう意味では、極めて類型的な作品ですが、1960年という源氏の最も創作意欲の盛んな時期の、更には、彼の最も得意とする新聞連載小説ということもあり、単なる類型的勧善懲悪作品を突き抜けた力ある作品です。

 日東電気工業の営業マン、高坂虎彦は28歳の独身社員。最近九州の工場から転勤してきました。東京での仕事に慣れないうちにK温泉でのお得意様の招待会で、酒癖の悪い畑田商会の社長が、矢部商会の社長の名代で出席していた矢部美沙子に嫌がらせをしたため、彼を投げ飛ばしてしまいます。これで、虎彦の悪評は全社に広まりました。虎彦と一緒に招待会のお手伝いに出ていた伊関十三子は、虎彦の堂々たる正義感と清潔な雰囲気に惹かれていきます。

 投げ飛ばされた畑田社長は、正義感の強い虎彦を気に入ります。一方、日東電気工業社内では、営業部長の湯浅を追い落とそうとする陰謀が菱山総務部長を中心に起きていました。他方、矢部商会は社長が若い後妻の尻に敷かれ、長男の太郎は、女給出身の静子との結婚に反対されて家を出ています。後継ぎの太郎がやっていた総務部長には、後妻の遠縁の田崎がなっています。田崎は美沙子と結婚して、次の社長を目指していますが、美沙子は田崎を嫌っています。

 田崎と菱山は結託して、お互いの目的を果たそうとします。そこを畑田社長の応援を得た虎彦が頑張って邪魔をします。田崎と結婚したくない美沙子は家を出て一人暮らしを始めます。そのような行動に出た背景には、自分の虎彦に対する深い思いがありました。一方菱山は、ある営業部員にリベートを貰わせるというやり方で、湯浅部長の監督責任を問おうとします。しかし、その悪だくみがばれ、田崎、菱山は退職処分になりました。

 両手に花の虎彦ですが、最後は庶民の娘の十三子を選んでハピーエンドとなります。

 作品のテンポが良く、小説として丁寧に書き込まれているところが、この作品の良さだろうと思います。源氏鶏太のサラリーマン小説の最も典型的など真ん中を行く作品ですが、丁寧な作りが読者を楽しませます。このような作品を読むと、源氏鶏太が新聞小説にいかに適性があったかを深く感じます。

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