男と女の世の中

さわりの紹介

 人々の目は、その靴に集まった。殊に、あさ子は、睨みつけるように見ていた。その目の前で、とみ子は、靴をぶらんぶらんと振って見せながら、
「どうお、おわかり?」
「何よ、そんな靴ぐらい」
 あさ子は、吐き出すようにいった。
「あら、おっしゃったわね」
 しかし、とみ子のいい方には、余裕があった。由利子は、とみ子の靴から、そうっと目をそらした。微かに溜息を洩らしたようでもある。
「第一、その靴が、信濃さんのお父さんから買って貰ったという証拠は、どこにもないじゃアありませんか」
「あんたって、随分と疑い深い性分なのね。その分では、結婚してからだって、良人の行動に絶えず百パーセントの疑惑の目を向けるようになるわ、きっと」
 とみ子は、靴を下ろしながら、浩介の方を見た。恐らく、
(こんな女と結婚したら、百年の不作だわよ)
 と、いう意味のことを知らせたかったのであろう。
「失礼だわ」
 あさ子は、柳眉を逆立てんばかりにしていった。マダムは、ただあきれているのだが、武子の方は、泰然としていた。浩介は、もうどうにでもなるがいい、と覚悟を決めているようだ。
「だったら、ごめんなさい」
「いいえ、あたし、許せないわ」
「では、どうなとご随意に。だけど、あたしが、小父さまからこの靴を買って頂いたのに間違いないことは、信濃さんだって、ちゃんとご存じですからね。でしょう、信濃さん」
「ああ、聞いている」
 あさ子は、口惜しそうに唇を噛みしめていたが、
「信濃さんのお父さんから靴を買って貰ったことと、信濃さんの心を掴んだこととは、まるで違うんですよ」
「でも、将を射んと欲すれば、先ず、馬を射よという言葉だってあるわ」
「あんた、何んにも知らないのね」
「どういうことよ」
「お可哀そうに、ということ」
「いっておきますが、あたし、あんたみたいな人から、かけらほども同情されたくないのよ」
「では、いって上げましょうか」
「どういうことよ」
「あたしと信濃さんの仲について」
「知ってるわ。接吻したというんでしょう」
 とみ子は、平然といってのけた。由利子は、口の中で、あっといったようだった。あさ子にしてみれば、接吻のことをいって、とみ子を失望のどん底に叩き落してやるつもりでいたのである。が、とみ子は、それを知っていただけでなしに、うわべだけにしろ、ケロリとしているのだ。しかも、そういうことをいわせて、浩介は、あわてもしないで黙って酒を飲んでいるのである。あさ子は、自分の立場が、ますます不利になっていくような気がして、早くも逆上しそうになっていた。

Tの感想・紹介

「男と女の世の中」は、昭和36年9月11日号から37年5月7日号まで、週刊新潮に連載された長編小説です。

本篇は、源氏鶏太の数ある作品の中でも、男性の理想に一番忠実な作品といってよいかもしれません。スマートなかっこよさもまた第一級で、男のおとぎ話とも言えると思います。

主人公である信濃浩太郎は47歳。7年前に妻を亡くし、23歳の化粧品会社に勤める息子浩介と気ままな独身生活を楽しんでいます。職業はグラフィックデザイナーで、銀座に事務所を構え、月収が30万円以上と裕福です。しかし、ある夜、バーのマダム・勝子と大人の浮気を楽しんだ後発熱し、床についてしまいます。お手伝いの咲子は、病気の主人に対し冷たく当り、心細くなった浩太郎は再婚を真剣に考えるようになります。

浩太郎には、再婚の候補が三人います。まず、彼の事務所で働いている、鈴江香代子。30歳で結婚歴がなく、密かに浩太郎に思いを寄せていますが、新劇の俳優・夏木久夫とデートをしています。二人目は、大阪で、H電気工業の社長秘書をしている、三谷英子です。英子は、浩太郎との結婚を、一方的に期待しています。三人目は、息子の浩介が推薦する印刷会社の女社長で未亡人の、栗田武子です。

浮気な浩太郎は、これら3人の女性を比較検討致します。その間、三谷英子とはベッドを共にします。しかし、一方で、再婚の前に身辺を綺麗にしようと、3年前から2号として関係している、新宿のバー「はと」のホステス成子と別れようとします。ところが、成子は浩太郎との間に子供が出来た、といって別れるのを拒みます。しかし、浩介が成子の後輩達子に取り入って、成子がバーテンと浮気していることを見つけます。

浩介も父親に似て、艶福家です。やはり、結婚を考えてもいい女友達が三人います。山で遭難死した友人の妹、港由利子、女事務員の粕谷とみ子、浩介の会社の同僚で、接吻の関係にある黒沢あさ子です。3人とも、浩介との結婚を夢見ています。浩介もまた、比較検討に余念がありません。

結局、色々あって、最後は浩太郎は鈴江香代子と、浩介は港由利子と結婚することになるのですが、この作品では男の意志が最後まで優先します。選ぶのは男であり、選ばれるのは女です。その意味で、非常に男性的な作品ですが、浩太郎・浩介の親子がなかなか爽やかで、嫌らしい所がないので、作品に陰がなく、すっきりと仕上がっています。

父親の女性問題を、息子が解決するなど、普通じゃ考えられませんが、本作品の中ではさもありなんと思わせる所が、源氏鶏太の腕なのでしょう。

映画は、昭和37年9月公開。大映東京の作品で、シネマスコープ・カラー作品。企画・三輪孝仁、監督・島耕二、脚本・斎藤良輔、主な出演者が、船越英二、本郷功次郎、三条江梨子、万里昌代、中田康子であった。


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