夏の終わりの海

さわりの紹介

「それよりもあることって、どういうことでしたの?」
「うちの会社の内田君のことはご存じでしょう?」
「はい」
「その内田君の奥さんのところへ、正義の味方、と称する女から電話がかかって来たんです。あなたのご主人は、結婚の前に一人の女性を失恋自殺に追いやっているのだ、と」
「まア、何と言う厭な電話なんでしょう」
「内田君は、奥さんからさんざんしぼられたらしく、カンカンになって僕のところへ来たんです。犯人は、堂本左樹子さんに間違いないというんです」
「まさか。堂本さんは、そんなことをなさるお方ではありませんわ」
「そうなんです。僕もそう強くいったんですが、しかし、内田君は、そのことを知っている女は、堂本左樹子さん以外にない筈だからというんです。で、堂本左樹子さんに銀座まで出て来て貰って、三人で話し合ったんです」
会津康平は、そのときのことを簡単に話して、
「結局、犯人は、内田君が新宿のバーで喧嘩をしたとき、相手の秋山君といっしょにいた橋本久恵という女でないかということになったんです」
「結果は、どうだったんですか」
「その後、堂本さんから何の電話もかかってこないし、僕からもたしかめていませんからわかりませんが、恐らく堂本さんは、橋本久恵を白状させて、以後、そのような電話をしないように誓わせたんじゃアないですか。以来、内田君の奥さんのところへ、正義の味方から電話がかかってこないらしいんです」
「すると、内田さんも一安心というところですのね」
「そのかわり内田くんは、堂本さんの前で、悪かったと頭を下げたんです。いや、堂本さんの強い態度に、仕方なしに下げさせられたんです」

Tの感想・紹介

 「夏の終わりの海」は、1975年11月より翌年8月にかけて「週刊小説」(実業の日本社)に連載された長編小説。青年男性の恋愛と会社の資本関係の移動にかかわる社内紛争が絡まった、作者お得意のスタイルの小説。

 主人公は、資本金85億円売上約3000億円の東和化学工業に勤める28歳の青年サラリーマン・会津康平。ヒロインは、大手商事会社の東西商事の専務秘書・堂本左樹子である。
 会津は、会社の同僚内田の結婚式の帰りに寄ったバーで左樹子と出会う。左樹子は、東和化学の老田専務の令嬢と結婚するため内田が恋人を捨てたため、恋人が自殺した、ので内田に復讐をしたいという話をする。会津は、相田ユキと社内恋愛をしていたが、ユキが辻田営業部長の女であったことが、上司の立田総務部長の話により判明したため、ユキと別れる。老田専務-辻田部長のラインと日高専務-立田部長のラインは、社内で対立している。東和化学は亜東産業の系列にあったが、老田-辻田のラインは、これを東西商事の系列に替えようととして暗躍する。日高-立田は、これを阻止しようとする。会津は、亜東産業の大株主である小宮商事の社長令嬢・小宮彰子と付き合うようになり、この対立に巻き込まれる。
 一方、左樹子は会社の同僚秋山周吉に結婚を申し込まれるが、秋山には橋本久恵が猛アタックをかけ、ついに一夜を共にする。左樹子は会津のことを忘れられない。左樹子の父親はS産業の経理部長をしている。会津と左樹子を巡る人間関係を知り、立田を認める。それで、立田に応援して株の防戦買いに協力する。
 結局、会社は亜東産業系列から外れることはなく、日高が社長になり立田が専務になる。小宮彰子は、かつて失恋した由良加吉と復縁する雰囲気となり、会津と左樹子も良い関係になる。

 お話は以上ですが、さすがに70年代後半ともなると、このストーリーは一寸つらい。源氏鶏太はサラリーマン出身で、サラリーマン社会を舞台に選んだ小説を数多く発表しているわけですが、1956年にサラリーマンをやめ20年近くたっていること、また年齢も60台に入った事、から、同時代の青年社員事情、資本取引事情等をどれだけ取材したか疑わしい気がします。女性の処女性に関する感覚などは、当時のそれと比較して少し古くなって来ていたように思います。源氏鶏太は、ヒーロー、ヒロインに彼の倫理感覚で正義の人を与え、悪役に読み手にとって悪役と感じられるように描きます。その関係は非常に単純です。世の中の感覚が変わり初めてきた70年代の作品としては、一寸古い感じが致します。

 角川文庫で読めましたが、今は絶版。


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