湖畔の人

さわりの紹介

「僕は、何で、あの課長が大嫌いだか、いってあげようか」
「お願いします」
「この深井君が、あの課長を好きになっているからなんだ」
 洋子は、信じられぬように三七子を見た。三七子は、否定しなかった。洋子は、安心したようであった。
「が、その深井君に、僕は、惚れている」
 たちまち、洋子の顔色が、青ざめた。が、矢代は、こうなったら、いいたいだけはいうのだ、というように、言葉を続けた。
「ところがだよ。この深井君にも、ライバルがいるんだ。バアのマダムだ。何だったら、あとで、そこへ案内してやってもいい。要するに、あの課長は、女に惚れられるように出来ている。で、僕としては、高見の見物といきたいんだが。この深井君が好きなもんだから、残念ながら、今のところ、その渦中に巻き込まれてしまっている。そうなると、僕だけが、いちばん哀れな男に見えてくるだろう?」
「はい」
「しかし、世の中って、うまくしたもんで、課長は、バアのマダムから逃げているし、深井君にしたところで、先ず、見込みがないんだ」
「いいえ」
 三七子がいった。
「まア、君は、黙っていたまえ。今は、僕の時間だからね」
「勝手なのね」
「そう、女々しくなっているんだ。いいかね。深井君は、そのうちに、課長をあきらめて、僕の方へ近寄ってくるにきまっているんだ。そして、僕は、それを待っている。目下、こういう状態なんだ。ということは、一見、いちばん哀れに見える僕は、その実、いちばん、有望ということだ」
 三七子は、矢代が、これほどまでに、ズバズバといおうとは、思っていなかった。洋子は、唇を噛みしめるようにして、その辛さに堪えている。そうなると、三七子は、いわずにはいられなくなる。
「こんどは、あたしの時間にして」
「いいさ」
「あたしは、あのマダムさんに負けませんわ。そして、きっと、課長さんと・・・・」
「先ず、見込みがないね。君は、あの課長という男を、よく、知っていないんだ」
「いいえ、知っていますわ。だって、あたしは、課長さんの心の中にある湖を見たような気がしているんですもの」
 三七子は、夢中でいってしまった。
「湖?」
 矢代は、わからぬらしかった。三七子は、それにこだわらないで、
「そうよ、嘘だ、とお思いなら、課長さんに聞いてごらんなさい」
「湖がねえ」
「そうですわ」
「どういう湖なんだ」
「人にいえないほど、淋しくって、悲しい湖よ。山の中で、ひとりぼっちでいるような湖なんです」
「君は、それを見た、というのか」
「はい」
「君は、課長を、そういう男だ、といいたいのか」
 三七子は、嗤われるか、と思っていたのである。しかし、矢代は、嗤うかわりに、おどろきの眼で、三七子を見つめた。
「そうか」
 矢代は、ガックリと参ったように、ビールを飲んだ。しばらく、黙っていてから、
「それなら、僕の胸の中に、どういう湖がある?」
「知りません」
「しかし、あるのだ」
「感じたこともありません」
「残酷なことをいう」
「すみません」
「僕は、たった今、君の胸の中に、湖があるような気がした」
「どんな?」
「残念ながら、まだ、はっきりとは見えぬ。しかし、そのうちに、きっと、わかるだろう。が、あることは、たしかだ。これだけは、今、断言しておいてもいい」
 矢代にしては、珍しく、真剣ないいかたであった。あるいは矢代は、課長の胸の中の湖という言葉から、あてずっぽうにそういったのかもしれない。しかし、たとえ、あてずっぽうにしたところで、「三七子の湖」の存在を指摘した最初の男が、この矢代孝雄であった、ということは、三七子にとって、生きている限り、忘れられないだろう、と思われたのだった。

Tの感想・紹介

 「湖畔の人」は、昭和33年6月号より昭和34年6月号まで、13回にわたって、講談社の女性向き雑誌「若い女性」に連載された長編小説です。

 源氏鶏太は良識的な内容で、明朗でかつストーリーテーラーとしての能力にも優れたものが有りましたので、昭和30年代は新聞・雑誌のあらゆるジャンルに登場していた、と言っても過言ではありません。女性雑誌にも数多く執筆しており、傑作も少なくありません。男性を読者に想定した場合は、中産階級の「いいとこのお嬢さん」をヒロインの座に据えることが多かったと思いますが、一方、女性雑誌には、意志をしっかり持った女性を主人公にすることが多く、男性向け雑誌に書かれた画一的なヒロインよりも、生き生きとしています。

 本編のヒロイン深井三七子は、父が若い女を連れて家を出、姉は妻ある男の二号となっており、妹も妻ある上司と肉体関係をもつ、そういう家庭の娘です。この家庭の状況が原因で、婚約していた円山正吉から婚約破棄を言い渡されます。結婚の夢が破れたとき、彼女は銀座にいたのですが、彼女の前に一つの湖が現れてきます。この湖は、山に囲まれた高原の湖です。深く、青く、澄んでいる。無心に雲を映し、山を写し、鳥を写し、木々を写してあくまでも静まりかえっています。三七子は、過去に苦しいこと、悲しいことがあったとき、いつもこの湖を思い出すのです。その湖の湖畔に立って、しみじみひとりもの思いにふけって過ごす、そういうことを思うことで、三七子は癒されて来ました。

 銀座のまんまん中で、自分の湖を思い出すことによって、心の傷をいやそうとするところで、会社の課長、緒方覚太郎とばったり出会います。悲しみに沈んでいた三七子を、緒方は上手く慰めます。それを機会に、三七子は緒方に惹かれます。緒方は38歳、妻を亡くし、ひとり娘は小児麻痺。見た目は豪放磊落ですが、その心にある湖を三七子は気づきます。三七子と別れた後、緒方は交通事故に会い、入院します。見舞に行く三七子に対し、君には矢代孝雄がふさわしい、といわれます。

 矢代は、前々から三七子に好意を寄せていましたが、三七子は緒方の魅力にとりつかれてしまっていて、矢代の方を向きません。この矢代を愛しているのが、同じ課の育ちの言い娘、洋子。しかし、矢代の心は洋子のほうを向きません。その間、長姉比佐子は、パトロン桑野の妻に怒鳴り込まれて、別れざるを得なくなる、自分達を捨てた父親・房吉が大阪で危篤になり、三七子が訪ねた時にはもう亡くなっている、などの不幸が襲います。これらの不幸は、緒方・矢代の助力でなんとか納まりますが、妹・鹿子の妊娠など、トラブルは続きます。

 三七子を巡る二人の男性との関係は、結局最後までわかりません。病院を退院した緒方は、療養のため諏訪湖に向かいます。三七子はこれを追いかけますが、さらに矢代も三七子を追いかけます。白樺湖の湖畔で出会う三人。そこでこの小説は終わります。リドルストーリーです。書かないことによる余韻が、素敵です。

 映画化は、1961年11月にニュー東映(東京撮影所)によりされました。カラー作品です。佐伯清監督、脚本が秋元隆太、撮影が林七郎、音楽が小沢秀夫。出演者は、緒方覚太郎が 鶴田浩二、深井三七子が佐久間良子、矢代孝雄が江原真二郎、谷沢洋子が新井茂子、バー鏡のマダムが久保菜穂子、深井比佐子(三七子の姉)が故里やよい、三七子の母が於島鈴子、深井達子(三七子の父を奪った女性)が利根はる恵、円山正吉が北山達也でした。

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