結婚の条件

さわりの紹介

「いらっしゃい。」
 マダムがいった。
「やア。」
 石井はいっておいて、
「待たせたらしいな。」
 と、矢貝にいった。
「そうでもない。」
 矢貝は、答えた。
「約束通り、三好忠義君を連れて来たよ。」
 三好は、一歩前へ出て、
「三好です。」
「矢貝です。」
 二人は、名刺を交換してから、
「ここへくるまでに、石井君からいろいろと聞かされて来ましたよ。」
 と、三好がいった。
「そして、僕の方は、あなたがいらっしゃるまでに、ここのママさんから、水戸さんの義兄である桜井さんとあなたとの関係をきいたのです。」
 矢貝がいった。マダムは、
「初対面の挨拶は、それくらいにして、あとは飲みながら話しはったら? うちは、お酒を売るのが商売でっせ。」
「そうだよ。」
 石井がいったので、三人は、石井を真ン中にして、スタンドに向かった。石井と三好の前にも、ビールがおかれた。三人は、それぞれグラスを目の高さに上げてから飲んだ。
「早速ですが。」
 矢貝が三好にいった。
「どうぞ、何でもおっしゃって下さい。」
「あなたは、水戸まひるさんに立候補なさったということに間違いありませんね。」
「間違いありません。そして・・・・・。」
「そして?」
「いや、これは、直接あなたに関係のないことですから。」
 三好は、そういいながら、そのとき、まひるから、桜井係長の身辺の疑惑について探ってみてくれと頼まれたのであった、と思い出していたのである。しかし、せっかく頼まれながら、目下の処、何も掴み出すことが出来ないでいた。会社の誰彼に聞いてまわれば、あるいは、何かのヒントぐらい聞き出せるかもわからない。しかし、そういう軽率な真似はしたくなかった。いちばん大切なことは、誰をも傷つけないで、問題の解決をはかることなのである。そのためにも、自分の行動は、あくまでも慎重であらねばならぬ、と信じていた。しかし、あんまり慎重過ぎて、その間に、取り返しのつかぬことになっていたというのであっても困るのである。それでは、まひるの期待にそむくだけでなしに、結婚への希望も粉砕されてしまうことになりかねない。三好は、それを恐れていた。といって、いったいどうしたらいいのか、わからないでいるのだった。
 桜井は、あと二日で、出張から帰ってくる筈なのである。まひるは、義兄が帰ってくるまでに、といっていたのだ。
「実は、僕も、水戸まひるさんに立候補したのです。」
 矢貝は、胸を張るようにしていって、
「この際、あなたに立候補を辞退して貰いたいのですが。」
 同じく胸を張るようにして三好が、
「それは、僕の方からいいたいことなんですよ。」
「固く、お断りします。」
「勿論、僕も。」
「どうしても?」
「どうしてもです。」
「仕方がない。今夜から僕は、あなたを敵と認めますよ。」
「僕も、残念ですが。」

Tの感想・紹介

 「結婚の条件」は、昭和37年1月号より昭和38年3月号まで、15回にわたって、「婦人生活」に連載された長編小説です。

 源氏鶏太は1950年代に最も活躍した作家ですが、「結婚の条件」が発表された1962年も、彼の代表作の一つである「停年退職」を始めとする数多い長編作品が発表されています。そのなかで、この「結婚の条件」は、彼の小説家的野心でかかれた作品ではなく、むしろ、いわゆる『源氏鶏太』的内容で、読者の期待にそむかない良識的な作品です。全てにおいて安全運転で、悪く言えばマンネリ、良く言えば、源氏鶏太らしさが詰まった作品と申し上げられると思います。悪い作品ではないのですが、彼の代表作にはなり得ないB級作品と申し上げれば良いのでしょう。

 本編のヒロインは、大阪の御堂筋にあるK化学工業株式会社に勤めるOLで、22歳の水戸まひるです。まひるは両親をなくしたため、唯一の肉親である姉夫婦と同居しています。義兄は元々A商事東京支店に勤めていたのですが、転勤で大阪本社に移るとき、まひるもK化学の東京支社から大阪に移りました。まひるは、円満な姉夫妻が大好きで、理想的な夫婦だと思っていました。結婚するなら義兄のようなような人と、また結婚したなら、姉のようになりたいと思っていました。

 しかし、まひるには残念ながら恋人はいません。彼女は、同僚の女子社員の結婚退職の送別会で、結婚の条件が話題にのぼります。現実的な条件をいう同僚の中で、「愛情」、「誠実」、「勇気」の3つがまひるの条件だと思うのです。そして、相手に要求するばかりでなく、あたしもその持ち主にならなければ、と考えるのです。このように前向きであかるい娘は、源氏作品の典型的なヒロインです。

 恋人のいないまひるにも、突然恋人に立候補する男性が二人も現われます。一人は、まひるの同僚で最近東京から転勤したばかりの矢貝修治。もう一人は、義兄の部下の三好忠義です。どちらも好青年で、甲乙つけがたい。しかし、まひるには一つ心配事が起きています。それは、理想の夫である義兄が、恋人らしき女性と中之島公園に入って行くところを見たことです。

 義兄の相手の女性は亡くなった友人の未亡人である青山英子。義兄は、亡くなった友人のためにその妻の就職先などを紹介してやりますが、けっかとして恋愛感情が生じます。義兄にしてみれば、妻の座にすっかり胡座をかいて、義兄の世話をないがしろにしている妻よりも英子の方に魅力を感じます。彼は、九州出張の日を一日ごまかして、英子と深い関係になろうとしますが、まひるの機転でなんとかおさまります。

 そうこうしている内に、義兄にアメリカ転勤の話がまい込みます。これを機に、義兄と英子の関係は完全に断ち切れるのですが、まひるも家を出ることになります。まひるの選んだアパートは英子の住むアパートです。まひるは英子と話をするうちに、英子に惹かれ、そういう選択をしたのです。そして、最後にまひるの恋の行方。

 まひるの結婚の条件は、「愛情」、「誠実」、「勇気」の3つでした。源氏鶏太は、この作品のバックボーンに「愛情」、「誠実」、「勇気」を置いて、この作品を書いています。確かにB級作品ですが、その主張が明確なために、非常に良く書かれた作品だと思います。

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