家庭の事情

さわりの紹介

 五人の娘が揃った。五人は、これから父親が何を話すつもりであろうかというやや緊張した表情でいる。平太郎は、その一人一人の顔をゆっくりと見て行きながら、
 (どこへ出しても、一応、恥ずかしくない娘ばかりだ!)
と、思っていた。
 性格は、それぞれ違うし、顔立ちにも、父親似母親似の相違があるけれども、ひがまず素直に育てたつもりであった。これだけは、自慢していいと思っていた。
 「みんなも知っての通り、お父さんは、今日で会社を定年になった」
 すると、その言葉を待っていたかのように、一代が、
 「お父さん、永い間、ご苦労さまでした」
と、坐りなおすようにして頭を下げた。
 四人の妹たちも、
 「ご苦労さまでした」
 「ご苦労さまでした」
と、一代にならって、神妙に言った。
 平太郎は、目頭を熱くした。壁にかけられた亡妻の写真が、そんな情景を見おろしている。
 「そんなことは、まアいいよ。幸い、わしは、次の就職口があった。月給も三万円だから悪くないと思っている」
 「そうよ、上等だわ」
 志奈子がいった。
 「ところで、わしは、退職慰労金として税引きで二百万円を貰って来た。更に、この家には百万円の預金がある。合計三百万円だ。これがそれだよ」
 そういうと平太郎は、さっきから横においていた鞄の中から一万円の札タバを三つ並べて、
 「この一タバが百万円」
 五人の娘は、かん声を上げた。しかし、三百万円という大金もこうやって並べて見るとたいしたことはないのである。それにしても、平太郎がどうしてこんなことをするのかわからなかった。わからなかったが、二美子だけは、
 (ああ、この中から五十万円をお父さんから借りて、長田さんに出して上げたら・・・・)
と目を光らしていた。
 「問題は、この三百万円の処置なのだ。いちばん簡単なのはこれを銀行に預けておくか、貸付信託にしておくか、だ」
 「・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・」
 「わしは、それでいい、と思っている。しかし、こういう考え方もあっていいのではないか」
 「・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・」
 「この際、この三百万円をわしを加えた六人で平均にわけてしまうのだ。即ち、一人に五十万円ずつ」

 

Tの感想・紹介

「家庭の事情」は、昭和36年12月、文藝春秋新社刊。初出は調べていない。

源氏鶏太はサラリーマン出身の小説家で、描く対象が広義のサラリーマンが多いためか、登場人物が比較的戯画化されているのに対し、お金については、結構リアルである。よくOLの給料の話が出て、「給料は七千五百円になったら嬉しい」といった表記が見える。読み手としては、その作品が書かれた時代のOLの給料の相場が知れて、時代感覚がよく分かり、よい。

本書は、その「お金」の功罪をテーマにした源氏鶏太らしい作品。

三沢平太郎は、妻を亡くしながらも、五人の娘、長女一代(26)、次女二美子(24)、三女三也子(23)、四女志奈子(21)、五女五百子(19)を育て、定年を迎える。退職慰労金と貯金の合わせて三百万円を娘五人と自分とで六等分し、分け与える。50万円(今で言えば500万円ぐらいか)という大金を誰が一番活用して幸せになるか。

源氏鶏太は基本的に明朗作家なので、悲劇的結果に終わる娘はだれもなく、皆よき彼氏に恵まれるハッピーエンドになるのだが、そこまでの過程が異なる。
長女一代は、会社の上司の課長と不倫関係にあったが、関係を清算し、これを元手に喫茶店を始め、喫茶店を始める時に内装を設計した杉本と恋中になる。
次女二美子は、兄が不渡りを出しそうになっている、美男の恋人、長田にこの金を渡す。しかし長田はもっと多額のお金を援助してくれる娘と結婚しようとし、二美子は振られる。しかし、長田の不実を探り、二美子を守る石辺があらわれる。
三女三也子はいちばん目立たない。そのお金の一部で北海道でも旅行して、恋人を見つけたいと言うが、父親の再就職先の会社の竜田に見初められる。
四女志奈子は、三人のボーイフレンドに17万円ずつ預けて、いちばん利益を上げた人にキスを許すと言う条件で運用を競わせる。しかし、一番運用益の小さかった久保が一番好きだったことに気づく。
五女五百子はそれを元手に社内の男性に高利貸しを始める。その結果、一番最初に貸した広瀬と仲よくなる。

結局のところ、本書の読み所は、大金を手にした娘達が、それによって、どの様に人間の認識が変わっていくか、あるいはあからさまにされていくか、という所にあると思います。金に振りまわされたり、金で支配しようとしたり、金に色が絡んだり、金だけが人生ではないと悟ったり、金を軸とした万華鏡。なかなかの佳編です。

昭和38年に角川文庫に収録されたが現在は多分絶版。


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