愛しき哉(かなしきかな)
さわりの紹介
「会社へ由比さんから電話があったことは申し上げましたね。」
「断って下さったんでしょう?」
「勿論ですよ。ところが・・・・。」
「ところが?」
「さっき、ここへ来るために会社を出ましたら由比さんが表に待っていられたんです。」
「由比が?」
「二時間でも三時間でも、僕を待っているつもりだったらしいんです。」
「由比って、そういうところのある娘なんです。で、どうなさいましたの?」
愛は、上半身を乗り出すようにしていった。
「結局、お茶だけ付き合って、今後、こういうことをされては困るとはっきりいっておきました。」
「由比、それでうんといいまして?」
「いうもいわないも、僕の決心は、もう決まっているんですからね。」
「・・・・・・」
「こうなったらあなた一本槍ですよ。僕は。」
「・・・・・・」
「だから、あなただって、その覚悟をしていて下さいよ。」
桑井良作は、胸を張るようにしていった。必ずしも、自信に満ちているというのではなかった。何とかして、愛の心を掴みたいとの焦りが、桑井良作にそういう態度を取らせているに違いなかった。そして、そのことが愛にもよくわかるのであった。有りがたい、と思う。しかし、自分が、桑井良作を愛しているとは思われないのであった。こうやって会っていても、自分の心のどこかに冷たい一点のあることは否定出来ないのである。しかし、それだって、結局は、父の思惑を気にしてのことであったろうか。
コーヒーが来た。
「覚悟だなんて、あたし、困りますわ。」
「いくらでもお困りなさい。僕は、そのうちに、あなたのことをお父さんにいってもいいつもりでいるんですよ。」
「そんなことしたら、あたし、どんなに父に叱られるかわかりません。」
「叱られないように僕からうまくいいます。」
「そんなこと、無理ですわ。」
「しかし、本来なら二人は、結婚する筈だったんですよ。」
愛は、閃めくようにさっき見た垣田雪夫の姿を思い出した。
「でも、あたし、あなたを裏切ってしまったんです。」
「今の僕は、そのことをもう忘れています。今のあなたで十分なのです。今のあなたと結婚したいのです。」
「せっかくですけど、今のあたしには、そんな気がありませんの。」
「ということは、今でも、あの人が忘れられない?」
愛は、頭を横に振った。そして、そんな自分を、やっぱり哀しい女だ、と思わずにはいられなかった。
Tの感想・紹介
「愛しき哉」は、昭和40年5月から翌年4月にかけて、講談社発行の女性週刊誌「ヤングレディ」に連載された。
源氏鶏太は、サラリーマンを主人公とした痛快なユーモア小説を多数発表しているが、一方で、現代の生活で起きがちな断面をうまく切り取った風俗小説もよく書いていた。「愛しき哉」は恋愛小説であるが、登場人物の「恋」が全て一筋縄ではいかず、最後まで成就するとは言えないところが、源氏鶏太らしい明朗恋愛小説とは一線を画している。
本篇のキーマンは、豊和商事株式会社総務部長関沢周三である。周三には3人の娘がある。即ち、長女・愛、次女・由比、三女・節である。このうち、愛だけが周三と前妻との娘である。愛は、豊和商事の社長の甥である桑井良作との縁談があったが、プレイボーイの垣田雪夫と駆け落ち同然で結婚し、大阪に暮らしていた。けれども、愛は、垣田が別の女に子供を産ませていたことを知り、離婚して東京に戻ってくる。ここから話が始まる。
愛は、折合いの悪い妹・由比のいる実家には戻りたがらず、周三だけに連絡して、旅館に泊まる。由比は、姉との縁談がまとまらなかった桑井良作に心を惹かれているが、良作は愛のことを忘れられずにいる。節は、11歳年上の杉原啓二に結婚を申し込まれるが、杉原には別に女がいて、その女と、結婚後も付き合って行きたいと考えている。
周三の秘書役を果たしている宮崎路子は、妻子ある橋場秀夫と不倫関係にあり、そのことが相手の妻に知られ、会社や父親に言われる。路子の父親は不倫の相手と手を切らせ、さっさとお見合いで結婚させようとするが、路子は相手と手を切ることはできるが、すぐにお見合・結婚と行くことには抵抗があり、家出をする。路子は、このごたごたで親身に世話を焼いてくれた周三に愛情を感じている。
周三は愛と路子とを同じ旅館に入れ、アパートを探し、就職先も探す。その中で、愛は嫌っている妹・由比が桑井良作に接近していることを知り、桑井に連絡を入れる。桑井は自分を裏切った愛を受け入れ、また結婚したいと言うが、愛や周三は引け目を感じて、その気になれない。
結局、周三の3人の娘も、宮崎路子も傷つくだけで乗り越えることが出来ずに小説は終わる。ただ、乗り越えるための光が見えるだけである。
この作品は普通の意識の中で、処女性が重要視されていたころのもの。現代の感覚からすれば、純潔に対するこだわりがあらゆる登場人物にある。そういうこだわりや障壁が低くなっている今日からみると、古さを感じずにはいられないのだが、その古さの何が悪いのかとTは思う。話のつじつま合わせにかなり安直な所も有り、小説として特別優れているとは思わないのだが、人を恋する気持ちの不思議さ、という点では、発表された35年前も現在も大きな違いはないのではないかと思う。
講談社文庫に収載されていたが現在絶版。
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