堂々たる人生

さわりの紹介

「あたし、おもちゃのことはよく知らないけれど、ガスで動くおもちゃってある?」
「ないね。フリクション、すなわち、手で動かす玩具、次にぜんまいを使った機械玩具、それから電池とか電波で動かす電動玩具、この三種類だよ。」
「ガス玩具というのは、考えられない?」
「考えられないことはないが。いや、ある意味で、ガス玩具というのが出来たら、玩具界に一つの革命が起きるといっていいだろう。が、問題は、どうして、そういう特殊なガスを研究し、つくり出すかということだ。小資本の玩具会社では、とうていその研究費が出せないよ。実をいうと、過去にそういう研究をするからという男がいて、結局、四、五十万円の金をだまし取られたことがあるんだ。」
「だけど、こんどの場合、研究費は一円もいらないのよ。」
「いらない?」
「おわかりにならない?」
「どうも・・・・。」
 そこまでいってから周平は、
「君は、さっきの高宮の研究のことをいっているのか。」
「そうよ、名案でしょう?」
「しかし、あのガスというのは。」
「そんなこと、どうでもいいのよ。豆粒ほどの固体ガスで、強力無比なエネルギーを発散するというだけでいいでしょう? かりに、そのガスに、こちらの方で勝手にXYZガスと名をつけておくんだわ。」
「XYZガス・・・・。」
「大阪の興和玩具へ行ったら、こういうふうにいうのよ。目下、中部さんの友達が、大学の研究室でXYZガスの研究にかかっている。その研究の完成も間近い。完成したら、そのガスは、老田玩具で使用する約束になっています。そうなると、玩具界に革命が起りますし、その場合、興和玩具さんには、関西の一手販売権を差し上げてもよろしい。ですから、この際、どうかニ百万円を・・・・・、というのよ。」
 周平と小助は、顔を見合せた。ちょっと、いさみにしてやられた恰好であった。
「まだ、あるのよ。」
「どういうことだね。」
 小助がいった。
「このXYZガスと玩具の結びつきについては、週刊スターで、大々的に取り上げてくれることになっています。何と申しましても、かのウインキーのごとく、これからの玩具は、マスコミを利用しないといけません。ですから、この際、どうかニ百万円を。」
 こんどは、二人とも、うなりたくなっていた。
「そうか。」
 周平がいった。
「そうだ。」
 小助がいった。
「素晴らしい名案でしょう?」
 いさみは、得意そうにいった。
「認めるよな。周さん。」
「そう。」
「ついでにいってよ。すし屋の娘のままにしておくのは絶対に惜しい、と。やっぱり老田玩具に採用すべきである、と。」
「それも認めるよな、周さん。」
「そう。しかし、君がこれほど悪知恵が働くとは思っていなかった。」
「あら、悪知恵だなんて、失礼よ。今や、宣伝万能時代なんだし、あたしは、自分の実力をお二人に宣伝しているわけなのよ。おわかり?」
「わかったよ。しかし、周さん。さっきからこの人の案は、実際問題として、実現不可能だろうか。」
 小助が真面目な顔になっていうと、周平もしんけんな顔で、
「僕も、それを考えていたところだ。勿論、興和玩具には今の手を使うが、それとは別に、高宮と緒方によく相談しようと思っている。もし、実際に成功したら、これは素晴らしいことになるぞ。」
「そうなったら、老田玩具は、一躍玩具界の王者になれる。」
 二人の顔は、さっきまでとは見違えるようにいきいきとして来た。これで大阪での交渉に闘志がわいてくるのである。いさみを連れて来た、いや、いさみが勝手について来てくれたお蔭なのである。

作品の話

 「堂々たる人生」は、「週刊明星」の昭和35年11月13日号から翌36年9月3日号まで連載されました。源氏鶏太の量産期の作品で、「会社が舞台で、若き快男児が登場し、勧善懲悪で終る」という典型的な源氏鶏太のサラリーマン小説の一例です。しかし、いくつかの点で特徴的であり、それがこの作品を数多い彼のサラリーマン小説の中でも傑作に仕上げていると思います。

 その一つは舞台背景です。この作品の舞台となる会社は、浅草は蔵前にある倒産しそうな小さな玩具会社で、登場人物が行動する範囲も浅草を中心とした下町です。主人公は入社四年目の企画課の社員、中部周平で、彼が快男児に相当します。快男児に対応する女主人公は、通常良家の子女でOLというのが相場なのですが、本作品では浅草の鮨屋「すし竜」の一人娘・石岡いさみが配されます。この二人の廻りには、周平の同僚で行動を共にする紺屋小平、周平に心を寄せているバーのホステス弘子、会社の気の弱い二代目社長、先代から塚得ている頑固な支配人、そして、鮨屋を営むいさみの両親などが登場し、下町の雰囲気を醸し出します。

 源氏鶏太の作品の舞台は様々ですが、東京を舞台にするとき、会社は丸の内や銀座にあることが多いようです。また、ヒロインは普通のOLというパターンが一番多くて、商家の娘を持って来ている例は珍しいのですが、ここに石岡いさみを持って来たことで、小説の雰囲気がずっといなせになりました。そういった舞台背景の他に、この作品において他の作品と大きく違うのは、仕事の話がストーリーの上で重要な役割を占めていることです。

 源氏の作品は、会社が舞台になっていますが、その登場人物の多くは、総務部勤務や経理部勤務で、実際の商売の最前線である営業の人間を主人公にしている例は少ないのです。ですから、小説の舞台となる会社が金属会社であろうと、化学メーカーであろうと、登場人物の行う行為はみな同じです。派閥争いだったり、社内恋愛だったり。しかし、「堂々たる人生」は、潰れそうな玩具会社の金策の話が主筋なのですが、おもちゃの企画の話や開発の話が会社の金策と結びついてくる点で、舞台を玩具会社にする必然性が出て来ます。このようにビジネスの話が小説のテーマと直接関る作品は実に例外的です。

 本書における「仕事」の内容にどれだけリアリティがあるのかと言えば、それは十分なものではないと思います。しかし、そういう部分をはっきり出して、源氏鶏太の本流と言うべき勧善懲悪のユーモア・サラリーマン小説を書き示した、という点で、本作品は傑作となり得ています。勿論、紺屋小平の描き方であるとか、悪役の原大作の描き方など、どこかで見たような造形もあるのですが、それでも周平、いさみの魅力は、独自のものです。

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