僕と彼女たち

さわりの紹介

 僕は、鹿野正子と結婚するためには、どうすればいいのだろうか、ということを考えていた。成程、過去の僕の品行を洗ったら落第に決まっている。しかし、その過去というのは、鹿野正子を知る以前のことなのである。問題は今後、であろう。
 僕は、長田理恵子のことは、昨日で完全に解決したものと思っている。理恵子に頼まれた通りの嘘をついてやり、その上、長田から殴られたのである。これ以上、どこからも文句は出ないだろう。もし、出たら、僕は、憤る。
 次に、若林裕子のことだが、裕子とは、あれっ切り会っていないし、電話もかかってこない。裕子に対しては、ちょっと可哀想なことをしたような気もしているが、しかし、あれはあれでよかった筈である。その後、裕子は、どのようにしているか知る由もないが、彼女は彼女の道を歩いていくに違いなかろう。数年後、たとえば、どっかの街角で会ったとする。恐らく裕子は、僕との間にあんなことがあったことなんか、けろりと忘れたような幸福な人妻となり、母親となっているだろう。そして、寧ろ、あの際、僕となんか結婚しなくてよかった、と。更にいえば、あの夜、指一本触れなかった僕に、心密かに感謝している・・・・・。僕は、裕子のために、ぜひそうであって貰いたいと祈る。そう祈ることによって、僕は、裕子のことから完全に解放される。
 さて、新山彰子である。僕は、彰子に対して、結婚の意志表示をしたことは、一度もない。が、金を借りたり、洋服のボタンをつけて貰ったりしている。そして、彰子のよさをある程度認めている。結婚したら、相当いい女房になるだろうとも思っている。だからこそ、近日中に彰子の家へ家庭料理を食べに行く約束をしたのだ。勿論、彰子の方には、僕と結婚する意志、大いにあり、と思って間違いなかろう。
 しかし、課長の紹介で横にいる鹿野正子を知るようになると、僕にとって彰子の影が何となく薄くなってくるような気がするのだ。
 容貌の方は、あるいは、彰子の方が上かもしれない。しかし、彰子の方は、商事会社の課長の娘に過ぎないが、正子の方は、重役の娘で、結婚したら家を建てて貰えるらしいし、持参金も百万円ぐらいあるらしい。どう考えても、彰子からはそのようなことは期待出来ない。勿論、僕は、自分の結婚について、正子のような有利な条件の娘を考えたことは一度もない。好きになったら、裸の娘とでもいい、と思って来た。しかし、そうひどく好きでも、また嫌いでもなく結婚するのなら、有利な条件の娘の方を選んだ方が利口ではなかろうか。これについて、良心に恥じるところは一つも無い筈である。その意味でも、僕は、彰子をよして、正子と結婚する方がよさそうだ。ましてや、課長の紹介なのである。恐らく結婚するとなったら、課長が仲人をしてくれることになるだろう。これは、僕の将来が、ある程度保証されたことにもなる。
(そうだ、明日から彰子を、なるべく敬遠することにしよう)
 勿論、その家へ行くこともやめにする。
 これで、とにかく三人の女の問題は、一応、僕の身辺から清算されることになる。が、最後に、成田伸子という大物が残っている。この伸子と切れない限り、僕は、絶対に落第なのだ。

Tの感想・紹介

「僕と彼女たち」は、1963年1月より12月にかけて月刊誌「若い女性」(講談社)に連載された長編小説。

 主人公、北沢浩平は28歳で月給30,000円。結婚の資格は十分ある。でも酒が好きで給料日の前になると、財布の中はほとんどすっからかん。この浪費癖と一年前、かねてより結婚しようと考えていた野原理恵子に、振られて失恋したことから、当分その気は無い。これというのも、浩平には、新宿のバー「パット」で夜だけアルバイトをしている、商事会社のOL成田伸子と半同棲状態にあるからである。成田伸子とはお互い「割りきった関係」として付き合っている筈で、どちらかが結婚する時には黙って身を引くことになっている。

 この浩平を、会社の同僚新山彰子と、取引先のOL若林裕子とが慕ってくれている。彰子は、自分の家に来て、ごはんを食べることを強く求めている。裕子は、ある夜、親の勧める相手が厭で、家を飛び出し、浩平の部屋に押しかける。そして、かつて自分を振った理恵子も、亭主の浮気の代償として浩平と一夜を共にしようとする。浩平はこの三人からの攻勢は、成田伸子に逃げることですべてしのぐ。要するに、「据え膳」は食べないのですね。

 そうしているうちに、課長から重役の娘鹿野正子を紹介され、見合い。さて、どうしようか。好漢、北沢浩平は悩むところである。

 源氏鶏太は、男女関係について、一貫して古風なモラルで書いている。しかし、その感覚は昭和20年代から30年代にかけては、当然ドミナントである。逆にいえば、明朗作家・源氏鶏太にとって、本篇のように、半同棲相手がいる青年を主人公とする小説を書くのは珍しい。もう一つ、本篇は一人称で書かれた小説である。これも源氏鶏太の作品では珍しい。これを本人は以下のように言っている。

<この小説で私は、珍しく「僕」という一人称で書いている。それなりの野心があった訳である。私は、彼女たちを色々のタイプに描いてみた。が、最も力を注いだのは、バーにアルバイトをしている伸子であった。ここに男が見た女の理想像のようなものを描いたみたかったのである。しかし、現実にこういう女がいようとは思われない。また、当然であろう。この理想像は、あくまでも男本位であり、虫がよすぎる>

 女性誌に連載した小説で「男の理想」の女性を書く。一つ間違ったら、読者に総すかんでしょうね。でも、成田伸子の描写が非常に優れていて存在感があるものですから、多分読者に支持されたのでしょうね。浩平の行動を介して、「伸子のよさ」が分るように書かれています。そしてラストでは、浩平は結局伸子を、将来の伴侶として選びます。

「伸子こそ、僕と結婚すべき女なのである。僕にとって、伸子のようないい女は、世界に二人といないのだ。ましてや、伸子との過去を考えれば、この伸子を捨てて、他の女と結婚するなんて、男の恥になる。いや、僕の不幸になる。恐らく、そのことを僕は、一生悔いながら暮らすことになるに違いない」

この判断が誰もが納得出来るように、伸子を描写する。そして大団円に持っていく。うまいものです。

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