明日は日曜日
さわりの紹介
総務課長代理の宮田さんは、朝から浮かぬ顔をしている。平常はきわめて明朗、しかも、人一倍仕事熱心な宮田さんが、ロクに仕事にも手がつかんというように、しょうぜんとしているのだから、いやでもそれが目立つ。何か、重大な心配事があるらしい。
そうなると、桜井大伍君は黙って見ていられない性分である。
「宮田さん。ちっとも元気がないようですね。どうか、されたんですか?」
「おッ、桜井君。きみにもそれがわかるかね」
と、宮田さんがいった。
「一目りょうぜんですよ」
「うーむ。そんなにぼくが意気消沈しているように見えるかね。無理もないや。なぜなら、目下のぼくは、青菜に塩的な、実に情けないような、腹立たしい気分を、しみじみ満喫しているんだからね」
と、宮田さんはぶぜんたる面持ちで言って、いよいよ情けなくてたまらんように、両目を重く閉じた。
大伍君の横の山吹桃子さんが、おかしそうに、クスッ、と声をたてて笑った。
宮田さんは目を開いた。
「おや、いま、だれか、笑ったようだね」
「はい、あたしです」
「そうか、笑ったのは、山吹さんか。なるほど、女という者は、男に対して、もともと無理解、かつ、非同情的にできているんだな」
「あら、ちょっと聴き捨てにならないことをおっしゃたんじゃないかしら?あたしは女性一般の名誉にかけて、断然、抗議を申し込みますわ」
「いやいや、目下のぼくは、いうなれば、女性恐怖症にかかっているようなもんだから、あまりおどろかさないでほしい。ときに、桜井君よ」
「はい。宮田さん」
「女性、ことに、女房となると、実に始末に悪いもんだよ」
「そうでしょうか?」
「ああ、そうにきまっている。きみなんか、今から肝に銘じておくべきだよ」
「では、先輩の意見を尊重して、今から、肝に銘じておくことにします」
桃子さんが、横から、思わず、いってしまった。
「あら、ダメよ」
Tの感想・紹介
「明日は日曜日」は、「面白倶楽部」の1952年7月号より1953年7月号まで13回に渡って連載された長編小説です。前年の直木賞受賞の後、流行作家として活躍し出した頃の作品で、それほど長いものではありませんが、源氏鶏太らしい上品なユーモアに飾られた佳篇です。
主人公でかつ狂言廻しの桜井大伍君は、御堂筋ビルディングにある、新大阪産業株式会社総務課に勤務するサラリーマン。三年前に東京の大学を卒業して入社しました。彼はお酒が大好きで、かつ人から頼まれると「イヤ」と言えない性格、というより人のトラブルに口を出したくなる性格で、ふところはいつも素寒貧。給料日の前は、同じ日に入社し、席も隣の山吹桃子さんに借金を頼みます。桃子さんは、こんな大伍君にお金を貸すことを決して嫌がっておらず、むしろ、大伍君の世話を焼くことを楽しんでいます。
この二人のコンビを襲うより事件の数々をオブニバス風に繋いで、各回とも二人の「明日は日曜日ね、このように過ごそう」という話で終るように構成してあります。
第1話「エレベーターガールの恋」は、同僚の山野君から、御堂筋ビルディングのエレベーターガール酒井杏子さんへの恋の橋渡しを頼まれた大伍君が、桃子さんを通じて訊いてもらった所、杏子さんの意中の人が大伍君だった、というすれ違いのお話。大伍君は、杏子さんを意識しておらず、共に失恋の憂き目。
第2話の「夫のヘソクリ」は、総務課長代理の宮田さんが、貰ったボーナスを誤魔化してヘソクっていたことが奥さんにばれ、夫婦喧嘩。奥さんが実家に帰ります。大伍君は、宮田さんの家に無理矢理泊められてしまいます。この夫婦喧嘩を上手く収める桃子さん。
第3話「好きになったり、なられたり」は二人の同僚の恋愛物語。第4話「恋人と残業」は、彼女とのランデヴーの資金を準備するために残業する同僚の話。第5話「手ごろな恋人」は、最近同僚同士でつきあいだした矢代君と安子さんのカップルが重役宅で開かれたダンス・パーティに出かけた所、その重役の息子に安子さんが見初められてしまうお話。
それ以外も含めて全13話、基本は恋愛ものですが、若いサラリーマンなら誰でも経験しそうなエピソードを源氏得意のデフォルメで描いています。しかし全体のトーンがほのぼのとしていて、嫌味なところがないので、ホッとする作品に仕上がっています。
映画化は連載中に行われ、封切りが1952年11月6日でした。大映(東京)の作品で、監督が佐伯幸三、脚本が須崎勝弥、出演が 菅原謙二、若尾文子、長谷部健、伏見和子、森繁久弥などでした。
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