二十四歳の憂鬱

さわりの紹介

「戸田さんとは、これからもときどき、お会いになりますの?」
「そういうことになるだろうな」
「あたし、心配だわ」
「何を心配しているんだ」
「だって、未亡人で、お金持で、大株主で、それに、青地さんに対して、好意をお持ちのようでしたもの」
「君は、そんなことを気にする必要がないんだよ」
「いつだって、安心していていいんですのね」
「・・・・・・・・」
「ねえ、そうだとおっしゃって」
「・・・・・・・・」
「どうして、黙ってらっしゃいますの?」
みき子は、えたいの知れぬ不安を覚えながらいった。

「別に・・・・・。それよりも、今夜、東京駅で会った気持のいい青年」
「三森さんのこと?」
「あとで、戸田さんとも話したのだが、あの青年は、たしかに君に惚れているね」
「そんなこと、ございません」
「いや、そうに違いない」
「かりに、そうであったとしても、あたし、問題にしていません。あたしにとっては、青地さんだけ」
「・・・・・・・・」
「それで、こんなに幸せなんです」
「・・・・・・・・」
「ですから、もうあの人のことなんか、おっしゃらないで」
「そうもいかん」
青地は、珍しく強い口調で言った。

「まッ、どうしてですの?」
「僕は、三森君の君への態度を見て、あらためて、二人の仲の不自然さについて考えさせられたんだ」
「嫌よ、あたし」
みき子も亦、強い口調で、いい返した。
「しかし、不自然であることには変りがないだろう?」
「いいえ、あたしにとって、今こうやって、あなたと二人でいられることが、いちばん自然なんです」
「実は、戸田さんからも、そのことで皮肉をいわれたよ」
「皮肉って?」
「あんた、罪が深いわよ、と」
「そんなことあるものですか。それでしたら、あたし、明日にでも戸田さんにお会いして、あたしが今、どんなに幸せであるかということを申し上げますわ」
「そんなことは、意味のないことだよ」
「いいえ」
「まア、黙って、聞きたまえ」
「はい」
「今頃になって、僕が、このようにいうのは卑怯かも知れぬ。それなら、はじめからこのような関係にならなければよかったのだ。このことで、今日まで、随分と迷った。悩みもした。が、迷ったあげく、悩んだあげく、やっぱり、いわずにはいられなくなったんだよ」
みき子は、もう真っ青になっていた。

Tの感想・紹介

 「二十四歳の憂鬱」は、1962年6月より翌年4月にかけて「週刊サンケイ」(産経新聞社)に連載された長編小説です。このサイトで何度も指摘しておりますが、源氏鶏太の作品で傑作となり得ている作品の多くは新聞小説で、週刊誌小説は玉石混交、月刊誌小説はそれなりのレベルのものが多いです。本作品は、週刊誌を発表舞台とした作品の中では、詳細が非常によく書き込まれ、ストーリーにあまり無理が無く、中々の佳編に仕上っていると思います。

 主人公は滝沢みき子、24歳。東京丸の内のA商事で働くOLです。彼女は、K産業株式会社大阪支店長である青地東介42歳と不倫の関係にあります。青地東介は、みき子の課長の宮下のクラスメートで、青地が宮下を会社に訪ねたことで、二人が知り合うことになりました。みき子は、母親を既に亡くし、父親は、若い愛人と駆け落ちして大阪に住んでいるという境遇にあり、そういう境遇が災いして縁談が破談になり落ち込んで居ました。その前に現われた青地と知り合い、遂には、愛人関係となります。

 青地は普段大阪に居ますので、月に1回程度上京する時に、二人があって泊まるという関係が1年ほど続いてきました。ある日上京する青地を迎えに、東京駅に出かけたみき子は、そこで、同僚の三森三男と出会い、愛の告白をされます。この上京の時、青地は、美人で大金持の未亡人・戸田元子と一緒に電車を降りてきます。青地にとって、この上京は、会社に対して事業上の大きな提案をすることと、その根回しが大きな目的でした。

 三森がみき子に対してプロポーズしたことを知った青地は、みき子を愛しながらも、別れようと決めます。みき子は、妻子ある青地との関係をいつまでも続けていくとこが不可能なことは分かっているのですが、今別れるのは、堪え難い苦痛です。一方で、断ったはずの三森からは、激しい求愛が続き、青地との関係のことも話して断ろうとするのですが、三森はあきらめません。この別れと次の求愛は、みき子の憂鬱です。

 結局、愛人関係の終焉と、次の三森との恋愛の開始を予感させながら、この作品は終りますが、背景には徹頭徹尾、モラリスト源氏鶏太の姿があります。

 作品が書かれた時代が昭和30年代後半ではありますが、みき子の性的倫理観は、古典的です。青地と不倫関係にあることを、彼女自身の心の中ではどうしようもないことであるという意識はあるのですが、そういう穢れた自分がまともな結婚が出きるはずがない、と思いますし、もっと言うなれば、まともな結婚をすることが女の幸せである、という点に疑いをもっていないです。また、彼女は、自分が青地とそういう関係にありながら、父親が愛人を作って家を出ていったことを未だ許すことができません。

 そういう中で、三森の出現は、みき子に対する救いであるという位置付けのようです。当時の読者もまたそういう展開を望んだのでしょう。そういう風に考えると、風俗小説はその時代を映す鏡なのだな、と思います。

 講談社文庫で読めましたが、既に絶版になりました。


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